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裁判員の「辞任理由」はなんでもアリ? 開廷30分前に「携帯なくした」 裁判所が認める
画像はイメージです(Caito / PIXTA)

裁判員の「辞任理由」はなんでもアリ? 開廷30分前に「携帯なくした」 裁判所が認める

覚醒剤密輸事件をめぐり、2020年12月に千葉地裁で開かれた裁判員裁判で、裁判員の一人が第3回公判の始まる約30分前に「紛失した携帯電話を探すため」という理由で辞任していたことがわかった。

裁判員の辞任については、裁判員法や政令で病気や介護などの条件が定められているが、裁判所の裁量の広さが明らかになった形だ。

被告人側は「裁判員によっては異なった内容の判決にいたる蓋然性がある」などとして、辞任を認めたことの違法性を争ったが、2021年11月、合法という判断が被告人の有罪とともに確定した。

確定判決は「裁判員に過重な負担を負わせない必要性も認められる」などとして、裁判所の裁量の範囲と判断した。

●一審判決後に辞任理由が判明

この裁判員裁判は、2020年12月11日に第1回公判があり、同月18日に判決が言い渡される全4回のスケジュールだった。

裁判所の記録によると、同月15日には午前10時半から第3回公判が始まる予定だったが、午前9時55分ごろ、裁判員の一人から辞任したいという電話連絡があったという。証拠調べはすでに終わっており、この日は論告・求刑がある予定だった。

この裁判員の辞任は、弁護人にも伝えられたが、「紛失した携帯電話の捜索のため」という辞任理由は、控訴審になって初めて明らかになった。

被告人側は適正な裁判手続きを受けられなかったなどとも主張したが、東京高裁は裁判所の裁量の範囲と判断。2021年11月2日付で最高裁が上告を棄却し、有罪判決が確定した。

●幅広い裁量

裁判員法と関連する政令では、裁判員の辞任について、病気や出産、介護、仕事上の重大な事情などと条件が定められている。今回のケースでは、これらの条件に合わない事情を拾うための包括条項で辞任が認められた。

「〔前略〕期日に出頭することにより、自己又は第三者に身体上、精神上又は経済上の重大な不利益が生ずると認めるに足りる相当の理由があること」(裁判員法第16条第8号に規定するやむを得ない事由を定める政令6号)

この手の規定を設けるにあたっては、当然その範囲の広さが問題になるが、当時の法務省刑事局長だった大野恒太郎氏は、「範囲の拡大はない」と答弁している。

「これら(編注:病気や出産など法令で示された事例)と同様に、あるいは同程度に裁判員としての職務を行わせることが困難であると認められた場合であるというふうに考えております。すなわち、政令案6号によって、辞退を認めるべき範囲が拡大するというものではないというように考えております」(2007年10月31日、衆議院法務委員会

今回の辞任について、裁判に提出された記録には「紛失した携帯電話の捜索」としかなく詳細は不明だが、はたして当初想定していたようなレベルの辞任理由と言えるだろうか。

●審理への影響はあったか?

裁判員裁判では、6人の裁判員のほか、最大6人の補充裁判員が加わる。補充裁判員は評決などには加わらないものの、最初から審理に立ち会い、裁判員に欠員が出れば、代わりに裁判員を務める

この裁判でも、携帯電話をなくした裁判員が辞めたあとは、補充裁判員が代わりの裁判員となって審理が進められた。その意味では判決への影響は限定的という見方もできる。

一方で、控訴審の弁護人だった倉地智広弁護士は次のように主張する。

「自白事件ならともかく、今回は有罪・無罪を争う否認事件でした。裁判員制度は、事実認定にも市民感覚を反映させようという趣旨で始まりました。補充裁判員がいるからと、裁判員の辞任を、法令の要件を無視して、いとも簡単に認めてしまうのは、裁判員の主体性を否定し、幼稚園児扱いしていることになると考えます。

J.S.ミルは、トクヴィルのアメリカのデモクラシーの書評において陪審制は『公共精神の学校』と説いたことはよく知られています。携帯をなくしたことを理由として『学校』や『会社』を休むでしょうか。裁判員となることは法律上の義務と理解されていることも付言しておきます。

『最終的な結論を下すのは裁判官だから、誰が裁判員でも一緒だ』という、裁判官による裁判員のお客様扱いの姿勢が透けて見えると思います」

●辞任させたほうが、他の裁判官への負担は減る

携帯電話を紛失したという当該裁判員の辞任連絡には「電話」が使われていることから、自宅の固定電話が使われていたのかもしれない。そうなると、仮に公判に出席できたとしても、大幅に遅刻していたと考えられる。

元裁判官で法政大学法科大学院の水野智幸教授(刑訴法)は「裁判員が出頭しない場合、開廷時間を遅らせたり、日程を変えたりする必要があり、いろいろな人に負担がかかってしまう」と話す。

今回の辞任について、裁判所は当該裁判員の負担ではなく、公判スケジュールや他の裁判員への影響を考慮して、早々に辞任を認めたという可能性もある。経緯からしても、携帯電話の紛失について、真偽を精査することはなかったはずだ。

●高い辞退率

裁判員は、候補者の中からくじで選ばれるが、負担の大きさなどから、候補者の辞退率は63.3%(制度施行~2021年8月末・速報値)と高い水準にある。一方、2020年はのべ5221人の裁判員が選任されたのに対し、辞任は同175人となっており、裁判員になってから辞任する割合は相対的に低い。

「国民一般からすれば携帯電話の紛失は一大事で、辞任を認めないと、かえって裁判員制度の信頼を損なってしまうと考えます。安易に辞任するような人は最初から裁判員を辞退するので、携帯電話の紛失で辞任を認めても、辞任があいつぐことはないでしょう。ただ、弁護人の指摘も理解でき、制度の悩ましさが出ている事例だと思います」(水野教授)

裁判員法は、広く国民の司法参加を求めるという趣旨から裁判員となることを国民の義務とする一方で、負担軽減や公平性の確保のために一定の辞退事由を定めている。

裁判員候補者の高い辞退率を考えると、制度維持のためには裁判員の負担は軽くする必要がある。かといって、「お客さま扱い」が過ぎるようなら、国民の参加は形式的なものに過ぎなくなり、そこまでして維持しなくてはならない制度の存在意義・効果が問われる。今回のケースは、裁判員裁判の抱えるジレンマの1つと言えるだろう。(編集部・園田昌也)

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