「今後、議論の経過が公正なものであったか、市民による検証がなされることを期待したい」
2023年12月18日、刑事手続きのIT化(デジタル化)について議論していた法制審議会の部会で、1人の委員がこう言い残した。
法務大臣の諮問機関である法制審をめぐっては、刑事裁判をやり直す「再審」制度の見直しでも、委員構成や議論のあり方について「結論ありきだ」などの批判が相次いだ。
法律のあり方を左右する法制審。その内側で、何が起きているのか。
冒頭の発言をした久保有希子弁護士に、法制審の中から見えた問題について聞いた(インタビューは2026年4月に実施)。(弁護士ドットコムニュース・一宮俊介)
●反対意見が「なかったことに」…取りまとめ過程は「ブラックボックス」
──2023年12月18日の部会の議事録には、久保弁護士が「この部会での議論の経過についても強い疑問を持っています」「なぜか事務当局案を根拠付けるような委員からの説明がなされることが多くありました」と発言した記録があります。どのような問題を感じていたのでしょうか。
たとえば、私が何か反対意見を述べたときに、再反論がなかったにもかかわらず、そのままなかったことにされ、議論されないことがありました。
外国の法制度について調べていただくことになったのに、回答がないまま終わったものもあったはずです。
すべてに応答してほしいとまで申し上げるつもりはありませんが、重要な論点であっても、なぜ私の意見に正当な理由がないといえるのか、その説明がないまま取りまとめ案が作られていく。
そうした委員の意見を取りまとめる過程がブラックボックスなんです。
──久保弁護士はこれまで4度、法制審の委員をつとめています。
初めてのときも、発言はしましたが、そもそも何をどうするべきだったのか、よくわからないまま終わりました。
2回目は刑事訴訟法改正に関するテーマで、個人特定事項の秘匿という刑事弁護の実務に直接関わるものでした。1回目の経験も踏まえて、「ちゃんと意見を言っておかなければいけない」と思って発言しました。
4回目になると、法制審の雰囲気もわかっています。最初からエンジンをかけて、ためらわずに言おうと思っていました。
●刑事弁護の実務家は「私1人」…委員構成への疑問
──「刑事手続のIT化」を議論した法制審では、最終的に賛成9人、反対1人となり、久保弁護士は反対しました。
この時は、委員のうち、刑事弁護の立場から参加していたのは私1人でした。
「刑事手続のIT化」は、実務を大きく変えるような話なのに、刑事弁護をしている委員が1人というのは、およそ考え難い。
他の法制審では刑事弁護の立場から2人出るのが慣例でしたし、「刑事手続のIT化」についても少なくとも2人は必要だったと思います。
ただ、その人数を決めるのは法務省なんです。
●スポーツに例えると「一方のチームがルールや審判を決める」
──再審制度の見直しをめぐる法制審でも、外部から委員構成の偏りを指摘する声が上がりました。委員の選び方そのものに問題があると思いますか。
法制審では、法務省の刑事局が事務当局を務めますが、その多くは検察官が出向しています。
事務当局は、委員や幹事のうち、弁護士会と裁判所から推薦される人以外、実質的に決めることができると言っても過言ではありません。
また、どこまでを議題にするかを決め、議論で出た意見のうちどれを取りまとめに反映するかを決め、法制審が終わった後には法務大臣や国会議員への説明も担います。
スポーツにたとえると、チームの人数やメンバー、適用される競技のルール、試合をする日、審判、そして審判に対して不服を申し立てた際の判断の過程に関わるもの、そのすべてを一方のチームである検察官がほとんど決めています。そういう場なんだと思います。
そのため、反対の立場の意見が経過に反映されにくい。
ものすごく公正な人であっても、人間なので難しいと思います。どうしても自分の本来の職種に寄って立ってしまうはずですし、少なくともそう見られる以上、透明化が不可欠です。
たとえば、法制審に関わっていた法務省の職員が、数カ月後には検察官として事件を担当しているということも普通にあります。それが自然な構造になっていることが、決定的な問題だと思います。
●問題は「学者」ではなく「選び方」…「選挙権を与えていない」
──委員に選ばれる学者の顔ぶれについては、どう考えていますか。
一人ひとりの学者の先生方は立派な方ばかりで、個別の先生方について私は何も思うところはありません。
議事録を見た方々からは、私が相当な分量の発言をしていると指摘されます。それは、部会長が、私に発言の機会を下さったからだと受け止めています。
仮に学者委員が法務省に忖度して、あるいは示唆を受けて自身の本来の考え方と違う意見を言っているのであれば問題ですが、学者にもいろんな立場や考え方があります。単に自分と異なる意見であるということには思うところはありません。
問題は、もし法務省が特定の立場の人ばかりを最初から選んでいるとすれば、議論の過程で少数派の意見が出てくるはずがないということです。
学者の方は様々な論文等を出されていますから、どのような方向性での発言をされるのか、あらかじめ想像はできます。
つまり、少数派の意見が適切に反映される仕組みになっていない。「選挙権を与えていない」ようなもので、少数派はそもそも議論の場に参加すらできません。
さらにいえば、選ばれなかった立場が本当に少数派なのかどうかを確かめる機会すらありません。
法務省以外のルートから委員や事務当局を推薦できるような仕組みにしなければ、多様な意見が適切に反映されないと思います。
●法制審でも民事系と刑事系で違い 「公正さの保持が構造的に難しい」
──今の法制審には、どのような問題があると感じていますか。
同じ法制審でも、民事法系と刑事法系では違う特徴があります。
民事法系は、参加する委員がさまざまな立場に立ちうるという前提があります。たとえば、同じ弁護士が企業側の代理人になることもあれば、従業員側の代理人になることもあります。反対側の立場に立つということが想定しやすいのです。
一方、刑事法系には基本的に検察官と弁護士という対立構造があります。それぞれの立場や利益が明確になっている中で、一方当事者である検察官が中心の法務省がルールメイキングをする。これでは、公正さを保つのは構造的に難しいと思います。
刑事裁判では、検察官と弁護人が互いに相手方の主張を批判し合い、議論を尽くした上で、証拠に基づいて判断が行われます。それが適正手続の保障です。
ところが法制審は、刑事裁判のルールである「刑事訴訟法」について議論する場であるにもかかわらず、一方の立場が制度設計を主導し、その枠組みによって、反対意見をどの程度取り上げるか自体が左右されます。
反対意見に答えないまま、多数で決めたというだけで、議論の公正さが保障されるといえるでしょうか。
適正手続の保障を定めるルール作りにふさわしいような、異なる立場の人の意見が正面から検討され、反論があればさらに議論する場であることが望まれます。
──それでも法制審で意見を言い続けたのは、なぜでしょうか。
その後の国会での議論では、私が法制審で述べた意見を踏まえて、国会で発言して下さった議員が複数いらっしゃいました。問題意識を共有していただき、少なくとも附則や附帯決議につながった面はあったかもしれません。
そのように国会に向けて発言する意味はあると思っています。
また「刑事手続のIT化」は、実は運用に委ねられているところが多く残っています。その意味で、法制審で是正できずとも、法律の運用で是正できることもたくさんあります。
現場の裁判官や検察官に重要な問題意識を共有しておくことにも意味があると考えています。
●2027年に本格化する「刑事手続IT化」への懸念
──刑事事件の捜査や裁判の手続きをIT化する改正刑事訴訟法は、2027年3月までに全面施行されます。特に懸念していることはありますか。
一番お伝えしたいこととしては、すでに施行されている「電磁的記録提供命令」の問題があります。
捜査機関が収集したデータは、その捜査の過程に違法な点があったとしても、当然に消去されるわけではありません。
そうすると、違法に集めたデータでも手元に残りうるため、歯止めが弱くなります。
たとえば、捜査機関が提供命令によって、被疑者や被告人、さらには第三者から、事件と関連性のないデータまで包括的に取得したり、黙秘権があるためパスワードを供述する義務がないにもかかわらず、令状を呈示(ていじ)されればスマホのパスワードまで出さなければならないかのように誤信させたりすることが起きるおそれがあります。
来年から刑事IT化が本格施行されるので、そこからさまざまな問題が出てくると思います。