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母の遺体を5年半放置した無職男性、法廷で語った絶望「友だちに子どもが生まれて…それに比べて自分は…」
京都地裁(クロチャン / PIXTA)

母の遺体を5年半放置した無職男性、法廷で語った絶望「友だちに子どもが生まれて…それに比べて自分は…」

母親が自宅で亡くなった後も、その遺体を約5年半にわたって放置し、年金など約1100万円を不正に受け取り続けたとして、死体遺棄罪や詐欺罪に問われた男性(逮捕時40代後半)。

被告人は事件の約15年前から無職で、母親の年金などを頼りに生活していた。

なぜ、母親が亡くなっても届け出なかったのか。なぜ、5年半もの間、遺体を放置し続けたのか。

10月8日に京都地裁で開かれた公判では、被告人の口から、事件の背景にあった「自暴自棄」な思いが語られた。

「友だちに子どもが生まれて……それに比べて自分は……」

高齢の親が、無職などのまま年齢を重ねた子どもの生活を支える「8050問題」。今回の事件も、そうした問題を想起させる。

法廷で浮かび上がったのは、母親の死を放置した男性が、自分自身の人生にも向き合えなくなっていたのではないかという疑問だった。(裁判ライター・普通)

●母親の年金で生活、仕事を辞めたきっかけ

法廷に現れた被告人は、大柄な身体にゆったりとしたスウェットを着ていた。背中は少し曲がり、その表情からは生気があまり感じられなかった。

被告人質問などによると、父親は事件の10年以上前に死亡。その後は母親と2人で暮らし、母親の基礎年金や父親の遺族年金などを頼りに生活していた。

事件当時は無職だったが、高校卒業後に働いていた時期もあったという。

弁護人:そこで大ケガをしてしまうわけですよね?
被告人:えーっと、股関節を脱臼しました。

弁護人:今でも後遺症の痛みとかあるんですよね?
被告人:ありますね…冬場になると少し痛みが…。

弁護人は、ケガの影響で働くことが難しかった事情を強調しようとしているように見えた。

しかし、被告人の受け答えからは、本人がその事情をさほど重視していないような印象を受けた。

事件を起こし、身柄を拘束されたことによる憔悴とも違う。どこか、自分の人生そのものに関心を失ってしまったような無気力さが感じられた。

●遺体の周囲には殺虫スプレー

被告人は、当時72歳だった母親と同じ部屋で寝ていた。しかし、母親がいつ亡くなったのか、正確な時期は把握していないという。

声をかけても反応しないことが以前から多く、異変があってもしっかり確認しなかったと説明した。

その後、母親が死亡したことを認識したものの、役所などに届け出ることなく、遺体を自宅に放置し続けた。

やがて遺体には虫が湧くようになった。

約5年半後に発見された遺体はミイラ化しており、周囲には何本もの殺虫スプレーが転がっていたという。

検察官は、その状態を「劣悪な環境」と表現した。

なぜ、母親の遺体を放置し続けたのか。

被告人は、年金を受け取り続けなければ生活できなかったことを認めた。

しかし、理由はそれだけではなかった。被告人は当時の心境について「自暴自棄」「どうでもいい」とも語った。

長年一緒に暮らした家族を失えば、悲しみや喪失感、将来への不安から、何も手につかなくなることはあるだろう。

だが、被告人が自暴自棄になった理由として挙げたのは、母親の死そのものではなかった。

「友だちに子どもが生まれて……それに比べて自分は……と」

友人は家庭を築き、子どもを育てている。一方、自分は仕事もせず、母親の年金に頼って暮らしている。そんな自分の境遇を、友人と比べて悲観していたというのだ。

弁護人は、最後にこう尋ねた。

弁護人:事件を経て、今どんな思いですか。
被告人:ちゃんとした気を持ててれば、起きなかったことだなと。

弁護人:国からお金を騙し取ったことは?
被告人:ちゃんとしたことをできず、ちゃんとさえしてれば起きなかったと思います。

何度も繰り返された「ちゃんと」という言葉。しかし、なぜ「ちゃんと」できなかったのか。その答えは、最後まではっきりしなかった。

●「5年半もあったのに」裁判官が問いかけた疑問

母親の遺体を放置していた約5年半、被告人は一度も働かなかった。不正に受け取った1000万円を超える年金などは、ほとんどが生活費に消えたという。

その間、事件を終わらせる機会がなかったわけではない。親戚や自治体の関係者、警察が自宅を訪れたこともあった。

それでも、母親の死を打ち明けることはなかった。理由を問われた被告人は「自暴自棄で冷静にいられなかった」と説明した。

一方で、買い物のために外出し、公共料金を支払い、家電量販店にも足を運んでいた。最低限の社会生活は送っていたのだ。

裁判官も、そこに疑問を抱いたようだった。

裁判官:別にずっと気分が滅入っていたわけではないですよね。 被告人:それはそうですね。

裁判官:であれば、どうして途中で事件を止めることができなかったのかと思いますか。
被告人:…………。

裁判官の疑問はもっともだろう。5年半という長い時間があった。母親の死を届け出ることも、不正な年金受給をやめることも、できたはずだ。

しかし、被告人は何もしなかった。なぜなのか。法廷でのやり取りを聞きながら、筆者には一つの考えが浮かんだ。

被告人が「どうでもいい」と感じていたのは、母親の死への対応だけではなく、自分自身の人生そのものだったのではないか。

友人が家庭を築いていく一方、自分は無職のまま、母親の年金に頼って生きている。

そんな現実から目を背け続けるうちに、母親の死という重大な出来事にさえ、向き合えなくなってしまったのではないか。

もちろん、それは事件を正当化する理由にはならない。

ただ、法廷で感じた被告人の無気力さと、「どうでもいい」という言葉が、筆者の中では重なって見えた。

●検察は「拘禁刑4年6カ月」を求刑

検察官は、母親の遺体を劣悪な環境で長期間放置したことについて、死者の尊厳を著しく害する行為だと厳しく非難した。

さらに、不正に受け取った年金などが1100万円に上ることから、結果は重大だとして、拘禁刑4年6カ月を求刑した。

一方、弁護人は、この求刑を「あまりにも重い」と批判した。

弁護人は、被告人が自分の人生を悲観するうちに、ずるずると時間が過ぎてしまったと説明。被告人は人間の弱さを理解できない人物ではなく、約4カ月に及ぶ勾留期間中に反省を深めているとして、執行猶予付きの判決を求めた。

こうして、裁判は結審した。判決が言い渡され、確定すれば、刑事裁判としての手続きは終わる。

しかし、被告人の人生はそこで終わるわけではない。

母親は亡くなり、生活を支えていた年金も失った。長年仕事から離れていた被告人が、これからどのように生活を立て直していくのか。

法廷では、その道筋が具体的に示されることはなかった。

公判で「どうでもいい」という言葉を聞いて、筆者は考えずにはいられなかった。刑罰を受けた後、被告人は再び、自分の人生と向き合うことができるのだろうか。

この記事は、公開日時点の情報や法律に基づいています。

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