「放送倫理・番組向上機構」(BPO)の青少年委員会が公表した9月の委員会の議事概要で、ある連続ドラマの暴力描写が問題視されていたことがわかった。
議事概要によると、連続ドラマの第2シーズンについて、視聴者から「午後9時からの放送であり、社会的な影響を考えてほしい。子どもの成育に悪影響があるだろう」などの意見が寄せられたという。
番組名は伏せられているが、内容からTBS系の日曜劇場「VIVANT」の続編とみられる。
委員からも「銃撃されて血が飛び散ったり、暴力を受けた側の顔面の特殊メークが誇張されたりしていて、より残酷に見えたと思う」「初回シーズンより、今作のほうが過激な演出が多いなと思って視聴した」といった声があがった。
地上波のドラマとして考えれば、こうした指摘はもっともだと私も思う。
しかし、世界の配信市場でヒットを狙う大作ドラマとして見れば、評価はまったく変わってくる。むしろ、暴力描写の迫力やリアリティが足りないとすら感じるのだ。
地上波では「過激すぎる」、配信では「物足りない」。この矛盾をどう乗り越えればいいのか。
テレビ業界で働いてきた経験を踏まえ、地上波と配信の両方でヒットを狙うことの難しさについて考えてみたい。(テレビプロデューサー・鎮目博道)
●日曜午後9時は「子どもが見ている前提」
たしかに「VIVANT」の続編には、銃撃や拷問などのシーンが多い。私自身、視聴していて「小さな子どもに見せるには適さない演出だ」と感じる場面が少なくない。
一般的なテレビ業界人の感覚からすれば、「日曜午後9時から放送する地上波のドラマとしては、ちょっとどうなのか」と疑問を抱くのではないだろうか。
日曜午後9時は、家族でテレビを見ることが想定される時間帯だからだ。
かつて、家庭でテレビを見る場所は「お茶の間」と呼ばれた。しかし、生活スタイルが多様化し、一人ひとりが好きな時間に好きな番組を見るようになった今、家族全員がテレビの前にそろう機会は少なくなった。
それでも、週末の夜は家族でテレビを見る機会が比較的多い時間帯だろう。
だからこそ、日曜午後9時という放送枠では、子どもが見ていることを前提に番組を制作するという意識が、テレビ業界では常識となっている。
そこに、拷問や死体、切断された身体の一部などが映し出されるドラマを放送するのは、やはり「難しい」としか言いようがない。
医療ドラマですら、子どもが見るような時間帯では血を直接映さなかったり、血の色を調整したりすることがある。これも地上波ならではの「配慮」だ。
そう考えれば、今回寄せられた視聴者の意見も、BPOの委員の指摘も、もっともだと思う。
●見逃し配信の時代でも、放送時間帯への配慮は必要
一方で、「そもそも時間帯に配慮して番組を制作する意味があるのか」と疑問を持つ人もいるだろう。
今やリアルタイムでテレビを見る人ばかりではない。TVerなどの見逃し配信を利用し、好きな時間に番組を楽しむ人も増えている。
しかし、それでも地上波のテレビ局には、放送時間帯に視聴する可能性のある人たちへの配慮が求められる。
テレビ放送は免許事業であり、公共性を持つメディアだからだ。
スポンサーにとっても、どの時間帯に放送される番組かは重要だ。子どもが見る可能性の高い時間帯であれば、その内容にも一定の配慮が求められる。
もちろん「過激なシーンが含まれます」といった注意喚起のテロップを入れる方法もある。実際、「VIVANT」の最近の放送でも、そうしたテロップが使われている。
制作サイドからすれば、注意喚起のテロップは「これから迫力あるドラマが始まる」という期待感を高める演出にもなりうる。むしろ積極的に使いたいと考える制作者もいるだろう。
しかし、営業サイドからすれば、事情が異なる。スポンサーから「そもそも注意喚起テロップが必要になるような演出は避けてほしい」と求められる可能性があるからだ。
●世界の配信ドラマと比べれば「物足りない」
ところが、視点を変えると話はまったく違ってくる。
「VIVANT」を、世界の配信市場でヒットを狙う、制作費をかけた本格ドラマとして見た場合だ。
正直に言えば、私には「VIVANT」の銃撃シーンも拷問シーンも、物足りなく映る。
たとえば、世界的な配信プラットフォームで公開されている韓国のノワールドラマなどと比べると、暴力描写のリアリティや迫力に差を感じる。
言葉を選ばずに言えば、「ショボい」「安い」とさえ感じてしまう場面があるのだ。
●国内で大ヒットした「VIVANT」、世界ではどうだったのか
前作の「VIVANT」は国内で大変な話題となり、大ヒットした。
しかし、テレビ業界内では「国内では当たったけど、世界ではイマイチだったよね」という声も聞かれた。
「やっぱり日本のドラマは世界ではダメなのかな」といった自虐的な意見を耳にすることもあった。そうした事情もあってか、続編の放送にあたり、TBSは異例ともいえる規模でPRに力を入れている。
制作にも相当な費用をかけているとみられ、今度こそ世界の配信市場でも大ヒットさせたいという意気込みがひしひしと伝わってくる。
では、前作が海外でイマイチだったとすれば、その理由は何だったのだろうか。
私は、その一つに、韓国ドラマなどと比較した際の「迫力不足」「リアリティ不足」があったのではないかと考えている。
もちろん、海外での評価は暴力描写だけで決まるものではない。それでも世界市場を意識するほど、アクションシーンなどの表現をより迫力あるものにしたいと考えるのは自然なことだろう。
今回の続編で過激な演出が増えた背景にも、そうした狙いがあったのではないか。もしそうだとすれば、世界を意識して表現を強めた結果、今度は地上波の視聴者から「子どもに見せられない」と批判される。
なんとも皮肉な構図である。
●地上波と配信の「二兎を追う」のは無理ゲーなのか
そもそも私は、「地上波のゴールデンでヒットさせたドラマを、そのまま世界の配信市場でも大ヒットさせる」という発想自体に、無理があるのではないかと思っている。
まさに「二兎を追う者は一兎をも得ず」というやつだ。
世界の配信市場では「過激な演出で視聴者をドキドキ・ハラハラさせること」がヒットの重要な要素になる。一方、地上波では、「子どもを含め、お茶の間の誰もが安心して見られること」が大事だ。
この二つを一つの作品で両立させるのは相当難しい。いわば「無理ゲー」なのだ。
そもそも地上波と配信では、メディアとしての性質がまったく違う。演出方法も、コンテンツの長さも、PRの手法も、それぞれ適したやり方がある。まして、アクションシーンの多い作品であれば、なおさらだ。
もちろん、地上波と配信の両方で成功する作品が生まれる可能性を否定するつもりはない。しかし、二兎を追うならば、最初から別々のバージョンを制作するという選択肢もあるはずだ。
TBSは優秀なテレビ制作者の集団である。地上波と配信の違いについても、百も承知のはずだ。
それなのに、なぜ日本のテレビ局は、地上波向けに作ったドラマを、そのまま配信にも展開するという方法を繰り返すのだろうか。
地上波では「過激すぎる」と言われ、世界の配信市場では「物足りない」と感じられる──。
このジレンマを解消しない限り、日本のテレビドラマが世界で勝負する難しさは、これからも続くのではないだろうか。