美容外科の女性医師がネット上に献体の写真を投稿した問題をめぐり、全国の大学で、献体を申し込んでいた人が献体を断っていたことがわかった。少なくとも10件以上の申し出があり、実際に6人が献体を取りやめたという。
大学などで作る篤志解剖全国連合会と、啓発に取り組む日本篤志献体協会が調査していた(今年1月17日〜2月17日)。2団体は日本解剖学会とともに、このほど、献体解剖の際に守るべき倫理指針を作った。
倫理指針では、実習室にスマートフォンの持ち込みを禁じたり、教員や学生、医療従事者らに、献体解剖で経験したことを第三者に伝えることに慎重さを求めたり、特にSNSなどを使って発信しないよう注意喚起している。(弁護士ドットコムニュース編集部・塚田賢慎)
●同じことがまた起きる危機感
倫理指針の内容は、まるで小学生にでも言い聞かせるような内容だが、これまで献体と向き合う心構えは、教育や献体解剖の場で繰り返し伝えられてきたはずだった。
しかし、ネットやSNSを通じた献体解剖に関する不適切な情報の拡散を抑制することは、もはや難しいという現状があり、さらに教員と学生との間で価値観の共有を得ようとしても「非言語的にそれを達成することは難しくなりつつある」(倫理指針)といい、明文化の必要性があったという。
指針はさらに、献体解剖は本人の遺志だけでなく、家族がいればその承諾もあって初めて実現されるものだとして、解剖にあたって礼意を失うことは、決して許されないと強調している。
また、献体解剖は、医学部などの学生や医師に自動的に与えられる権利ではなく、死体解剖保存法と行動規範の遵守が前提となって、特別に許可される行為であると指摘している。
倫理指針をつくった日本篤志献体協会理事長で順天堂大学特任教授(解剖学)の坂井建雄さんによると、この倫理指針は3月15日以降、日本解剖学会の会員に通知されたほか、篤志解剖全国連合会の総会で公表された。
●献体を前に「なぜ雑談してはいけないの?」と語る学生
美容外科医のネット投稿の問題をめぐって、坂井さんは、また同様の出来事が起こる危機感をもったという。
「医療者としての技術向上と倫理的問題とのバランスの判断を間違えた感じがします」
献体解剖の学習の場では、解剖体を前に「なぜ雑談してはいけないのか」と口にする学生もいるという。
坂井さんは「これって当たり前だよね、という倫理観の前提が通用しなくなった」と話す。
このような危機感を解剖学会も共有し、明文化された倫理指針がつくられた。
これに合わせて、美容外科医の投稿がどれだけの影響を及ぼしているのか把握するため、全国の大学にアンケートをとったところ、献体を登録していた人から取りやめの申し出があったことがわかった。実際には、登録者の家族が抗議したのだという。
この倫理指針は今後、解剖学会から日本医学会連合に通知される予定。医学会連合を通じて、美容外科の学会にも伝えられる見込みだ。また、解剖学会から文科省に働きかけて、全国の大学医学・歯学部、医科大学に発信するよう求めるとしている。