口頭で採用を告げられ、転職しようと今の会社を退職したところ、急に採用の内定を取り消されてしまったーー。インターネットのQ&Aサイトに、こんなトラブル事例が投稿されている。
投稿者は、面接時に口頭で採用を告げられ、内定通知の書面をもらう前に、現職の退職手続きをとった。さらに、他の転職先候補の内定も断ったそうだ。ところが、不意に採用取り消しを伝えられてしまったという。
こうした場合、会社側に損害賠償を請求することはできるのだろうか。岡村勇人弁護士に聞いた。
●採用内定によって労働契約が成立しているかどうかが重要
そもそも採用内定とは、法的にどのような意味をもつのか。
「『採用の内定』といってもその実態は多様です。採用内定が法律的にどのような意味を持つかは、個々の事案によって異なり、使用者(会社側)と労働者との間のやりとりなど、具体的な事実関係によって判断されます」
面接時に採用を告げられているのだから、労働契約が成立したということにならないのか。口頭ではダメなのか。
「労働契約は、『労務(労働)を提供する』という労働者の意思と『それに対して対価(給料)を支払う』という使用者の意思の合致(一方の「申込み」に対し、他方が「承諾」することによる合意)によって成立します。この合意は口頭によるものであってもかまいません。
一般的には、(1)使用者が労働条件などを記載した求人広告等により、労働者を募集する(法律用語では『申込みの誘引』といいます)→(2)これを見た労働者が求人に応募する(労働契約締結の『申込み』)→(3)面接等の選考を経て使用者が労働者の採用を決定し(採用内定)、これを労働者に通知する(労働契約締結の『承諾』)という流れで労働契約が成立することが多いです。
したがって、『採用内定』が通知されることによって労働契約が成立したといえる場合が多いと思われますが、内定の通知は、一般に文書によって行われ、内定通知書には、健康状態の悪化、虚偽申告の判明、犯罪による逮捕など一定の「内定取消事由」が定められている場合が多いです。このため、内定から実際に入社する日までの労働契約は、『内定取消権(解約権)の留保付きの契約』だと評価される場合が多いでしょう。
ただ、内定が告げられた場合であっても、その時点で給与等の労働条件が具体的に決まっていない場合や、労働者がその会社で働くかどうかを決めかねていて、その返事をすることになっているような場合などは、採用内定時点ではまだ労働契約が成立していないと判断されることもあると考えられます
●内定取消しの意味
では、内定によって労働契約が成立している場合、内定を取り消された労働者は会社に対して、どのような要求ができるのか。
「労働契約が成立している場合、『内定取消し』は、法的には『解雇』を意味し、内定を取り消すことについて、『客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合』には、内定の取消しは無効となります(労働契約法16条)。
内定取消しが無効である場合は、使用者(内定先)との労働契約が継続しているということになるので、内定先に対し、従業員としての地位を主張することができます。具体的には、使用者が内定取消しが有効であると主張して出勤を拒み、そのため実際に仕事をさせてもらえなくても、労働者は労働契約に基づいて入社日以降の所定の賃金の支払を請求することができます(民法536条2項本文)」
労働契約が成立していない場合には、内定を取り消されても何も言えないのか。
「採用内定の時点でまだ労働契約が成立していない場合は、『内定の取消し』は、労働者の労働契約締結の申込みを『承諾しない』という意味しかありませんので、労働者は、内定先の従業員としての地位を主張することはできません。
ただ、労働契約が成立していない場合や『内定取消し』が有効と認められる場合であっても、企業側が信義則上必要とされる説明を行わなかったことなどを理由に、一定期間の給与相当額や慰謝料の支払を命じた裁判例もあります。
あくまでケースによりますが、内定取消しの理由や企業側の説明に問題があるような場合に、労働者側が他の内定先を断ったり、従前の勤務先を辞めたりしたことに関する損害賠償が認められることもあると考えられます」
今回のケースについてはどう考えればいいのか。
「口頭で採用内定を告げられただけで、内定通知の書面をもらっていないということなので、採用の内定を受けたことを証明すること自体苦労しそうですが、採用担当者とのメールのやりとりなどを含めた具体的な事実関係から労働契約が成立していたといえるかどうかが判断されることになります。
その上で、今回の内定取消しがどのような理由によるものか、採用内定や内定取消しについて採用担当者がどのような説明をしていたのか、投稿者が現職を退職し、他の転職先候補を断ることと採用担当者の説明にどのような関係が認められるのかなどの事情によって、会社側に何か請求できるのか、請求できるとしてどのような請求ができるのかという結論が異なることになります」