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一日中ソリティアをして過ごす「働かないオジサン」をクビにできない社会でいいのか?
倉重公太朗弁護士

一日中ソリティアをして過ごす「働かないオジサン」をクビにできない社会でいいのか?

「働かない正社員を解雇できる社会にしたい」。そんな刺激的なタイトルのインタビュー記事がこの春、プレジデントオンラインに掲載されて論議を呼んだ。記事の中で、オリックス元会長の宮内義彦氏は、雇用が安定している正規社員と不安定な非正規社員の格差にふれながら、「きちんと働かない人の雇用を打ち切れるように、解雇条件をはっきりさせることが必要でしょう」と述べたのだ。

このような意見に対しては、企業の利益を増やすだけで労働者は幸せにならないという批判が、労働者側に立つ弁護士から出ている。では、企業側の立場で労働法務を扱う弁護士はどう考えているのだろうか。「現在の労働法制には問題がある」という倉重公太朗弁護士に話を聞いた。(取材・構成/関田真也)

●労働法の保護を受けるのは「一部の大企業」の正社員だけ

――現在の労働法は、どのような点に問題があるとお考えですか?

「解雇権濫用法理」によって、解雇が認められる条件が厳しくなりすぎ、労働法のひずみを生み出しているという問題があると思います。普通解雇の場合で考えてみましょう。

与えられた仕事をさぼるといった「勤務態度不良型」であれば、仕事をしていない事実を示せばいいので、比較的立証は容易です。しかし、そういった例は多くありません。

一般的に問題となるのは「能力不足・仕事のミスマッチ型」の場合です。本人としては仕事をしているつもりでも、その成果が伴わないことの立証することは難しいです。なぜなら、「仕事について繰り返しミスをし、何度注意しても改善しない」というプロセスのすべてについて、会社側が立証する必要があるためです。

そして、仕事の出来が悪い人には与えられる仕事がなくなって「社内失業」となる場合もあります。こうした人はそもそも仕事をしないので、ミスをすることもありえない。ですから、絶対に解雇できないという状況が生まれるわけです。仕事を与えればミスをするので重要な仕事をさせられないが、仕事をさせないと解雇理由がなくなってしまうという点で、企業はジレンマに陥ります。

――「解雇権濫用法理」は労働者を保護するためのものですが、これが現実にどのような悪影響を及ぼすのでしょうか?

労働法の保護といっても、実際に恩恵を受けるのは一部の大企業に属する正社員に限られるということになり、極めて公平性を欠く状況が発生するのです。

「解雇権濫用法理」は、2つのダブルスタンダードを発生させます。1つは、正規・非正規の格差、2つ目は、一部の大企業とその他の企業における遵法状況の格差です。

まず、1つ目ですが、賃金原資が限られている以上、企業としては正社員の採用を抑制する行動に出るのは自然な流れです。その結果、非正規・派遣が増加することになります。そして、労働法の保護を受けるのは、基本的に正社員に限られますから、正規と非正規との間で大きな格差が生じることになります。

特に、新卒採用時点で非正規になってしまうと、その後のスキルアップも望めず、生涯賃金に大きな差が出ます。私自身、大学卒業時は就職氷河期だったので、一度「正社員ルート」を外れると復帰困難な現状には違和感を覚えます。

今、厚生労働省が行っている非正期対策が功を奏していないのは、この根本に目を向けていないからです。「全ての労働者を正社員にする」ことができれば理想的なのは間違いありませんが、これができないのであれば、正規・非正規という身分制のような枠組みで考えるのが本当に正しいのか、改めて考えるべきでしょう。

そして2点目ですが、正社員に強い保護が与えられているといっても、これだけ厳しい規制があると、すべての企業が現実に法を守ることは難しくなります。その結果どうなるかというと、一部の大企業は法律を遵守するが、その他の中小零細企業においては法律を遵守している例が少ないというダブルスタンダードが発生することになります。

「働かないオジサン」という言葉も話題になっていましたが、大企業で、かつ、コンプライアンス意識が高いところは、「窓際」と言われて社内で仕事がない従業員でも、正社員という立場だけで給料が支払われ続け、手厚い保護を受けます。極端な例でいえば、仕事がないことに危機感を感じるどころか、給料をもらえるのをいいことに、一日中ネットサーフィンやソリティアをして過ごす人もいるのです。

 一方、残業代や解雇などの問題を含めて、中小企業では、労働法が厳密に守られることはほとんどないといえる状況であることは、周知のことだと思います。これは、ブラック企業として昨今批判を浴びている企業に限られる話ではありません。法律の規制が現実にマッチしていないからこそ、法律の保護を受ける労働者が一部に限られてしまっているのです。

●「転職が当たり前」の世の中にしていくべき

――問題点を解決する具体的方策としては、どのような方法が考えられるでしょうか?

解雇の問題について「金銭解決制度」を確立し、解雇規制を緩和するべきだと考えます。

今の解雇紛争は、「復職」することを前提として労働審判や交渉を行います。しかし、そのほとんどは、解決金として「給料の○ヶ月分」といった金銭を手にして和解することで退職しています。

紛争になる時点で関係が壊れてしまっていることもあり、労働者も使用者側も、共に復職は考えていない事が多いです。それにもかかわらず、労働者は戻るつもりもない企業に対して「復職する!」と言い張らなければなりません。復職しなくて良いというと、解決金相場が下がってしまうからです。しかし、このような「化かし合い」を行うことに何の意味があるのでしょうか。

しかも、この解決金を得るには、わざわざ弁護士に依頼して、労働審判や交渉を何ヶ月か行い、弁護士費用を払わないといけないのです。むしろ、行政手続によって、簡易・迅速・無料で裁判と同様、あるいはそれ以上の解決金がもらえるとなれば、労働者保護に欠けるところはなく、早期に転職したいという実際の意向にも沿う結果となります。

そして、金銭解決制度が普及した場合、正社員の雇用終了は今よりも容易になりますから、正規と非正規を区別する必然性は乏しくなります。正規か非正規かだけで保護の度合いが大きく変わる今の制度は、合理性があるとは思えません。この立場を接近させる必要があると思います。

解雇や退職は、世界の終わりではなく、従業員にとって「新たに世界を再構成する機会」となる必要があります。会社にも評価されず、従業員本人も居心地が悪い場所で嫌々働くことは、労働効率の面でも社会的な損失です。

――しかし、「解雇」は労働者の生活基盤を根底から揺るがす可能性があるものですから、これだけを緩和することは問題が多いのではないでしょうか。

もちろん、出口としての規制緩和をするだけでは、失業者が増えるだけであって、雇用の流動化にはつながりません。雇用流動化のためには、入り口の問題を解決する必要があります。この、出口論、入口論は必ずセットで行う必要があります。

そのためには、新規採用を促進する政策によって「転職が当たり前」といった世の中にしていくことが重要です。 

現在、労働者個人のスキルについては、TOEICや簿記などしか統一的指標がなく、採用のミスマッチが生じる原因となっています。ビジネススキルの客観的指標を作成し、これを第三者機関に評価させて、ジョブカードにして明確化するなど、労働者個人のスキルの「見える化」を促進する必要があります。

 そのほかにも職業訓練の拡充や、一定の中途採用を行った企業に法人税の減額など直接のメリットを与えて、インセンティブを持たせることなど、さまざまな政策が考えられるでしょう。

●今の法律は本当に完璧なのか?

――すべての労働者が常にスキルを向上させて競争力を保っていくというのは、可能なのでしょうか。現実には、年齢の壁など、さまざまな問題があるように思います。

たしかにスキルアップがうまくできず、仕事を得られない人が一定程度発生す

る可能性は否定できません。しかし、そうした人達をどのように経済的に保護していくかは、社会保障の問題です。それは、国家が労働法の枠組みとは別に対策すべきことであって、一企業にその責任を押し付けることはおかしいと思います。

40歳を超えたからといって、スキルの向上を怠ることが許されるわけではありません。グローバル化は必然の流れであり、一度就職すれば終身雇用されるという旧来の考えはもはや通用しませんし、世界の労働者と競争することも避けられません。企業だけではなく、労働者側の意識改革も必要だと思います。

日本が将来人口が増えて、経済規模も拡大していき、内需だけで経済が回って行くような展望があるのであれば、今のままの法律でよいかもしれません。しかし、先々人口減が確実なことは明らかで、国内市場だけに期待することは難しいでしょう。「高度経済成長期よ、もう一度!」という夢は、現実的にありえないことです。

――これからの労働法制を考えていく上で、どのようなことが重要だとお考えですか。

現在の日本で、労働問題については、議論すること自体が許されないような空気があります。しかし、今の法律は本当に完璧なのでしょうか。「法律はこうなっているから違法」というだけでは生産性がない。現実に即して、どのように変えていくべきか、もっと議論するべきだと思います。

私は、競争が激しいからといって、経営者の利益だけを追求し、労働者を犠牲にしてよいとは全く考えていません。労働者の生活を確保する賃金原資の分配を適正なものにし、働く人に不公平感なく賃金が分配されることを目指すことが、重要だと思います。

労働問題については、経営者側と労働者側、正社員と非正規社員、男性と女性といった、いろいろな立場があります。自分にとってどのような答えが正しいかと聞かれれば、それぞれの利益を考えた、さまざまな答えが返ってくるでしょう。しかし、それだけを言っていては、社会は回りません。

どのような政策を取れば、マクロ的に見た労働市場全体の満足度が一番高くなるのか。労働法における本当の「正義」とは何か。特に若い世代の方には、自分の身に置き換えて、よく考えていただきたいと強く思います。

※本インタビューの見解は倉重弁護士の個人的見解であって、所属事務所の見解ではありません。

(弁護士ドットコムニュース)

プロフィール

倉重 公太朗
倉重 公太朗(くらしげ こうたろう)弁護士 KKM法律事務所
第一東京弁護士会労働法制委員会外国法部会副部会長。日本人材マネジメント協会(JSHRM)理事、日本CSR普及協会理事。経営者側の労働法専門弁護士として、労働審判・労働訴訟の対応、団体交渉、労災対応等を手掛ける他、セミナーを多数開催。著作は25冊超、Yahoo!ニュース個人「労働法の正義を考えよう」等も行う。日本経済新聞社「第15回 企業法務・弁護士調査 労務部門(総合)」第6位にランクイン。

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