人間ではなく、アルゴリズムが提示したルートに基づいて、飲食物などを配達するウーバーイーツ配達員のように、プラットフォームワーカーと呼ばれる人たちが世界的に増えている。
彼らは、労働法で保護される労働者なのか、それとも、自営業者なのか。労働基準法の「労働者性」については、40年前に厚労省の研究会で議論されたものが今でもベースとなっているが、再検討のタイミングを迎えており、厚労省は今年5月、「労働者性」について議論するための研究会「労働基準法における『労働者』に関する研究会」を立ち上げた。
今回の研究会の意義や、「労働者性」の再検討が働き手にどのような影響を及ぼし得るのか、労働政策研究・研修機構(JILPT)の濱口桂一郎研究所長に聞いた。(ライター・有馬知子)
●「指揮命令」の範囲に関する議論が中心になるのではないか
ーーなぜ今、研究会でこのテーマを議論することになったのでしょうか。
最大の要因は2010年代以降、世界的にプラットフォームワーカーが急増し、業務委託契約を結んでいながら、実態は雇用とほとんど変わらない働き方が広がったことです。イギリスやフランス、スペイン、イタリア、米カリフォルニア州などの司法機関で、プラットフォームワーカーの労働者性を認める判決が相次ぎ、スペインでは配達員を労働者とみなす「ライダー法」も制定されました。
さらにEUで2024年、「プラットフォームワーカーの労働条件改善に関する指令」が正式に採択されたほか、国際労働機関(ILO)でも今年から、プラットフォームワークに関する討議が始まり、来年には国際労働基準が示される見通しです。
こうした海外の動きに後押しされる形で、日本でも議論の必要性が高まりました。研究会では検討内容を元に、指針(ガイドライン)などの形で時代に合った「労働者性」の判断基準が示されることになるでしょう。
ーー労働者性に関しては、1985年の「労働基準法研究会報告」で、働き手が事業者の指揮命令を受けているかどうかが基準として示され、長く判断の根拠となってきました。この基準が大きく変わることは考えられますか。
「指揮命令」という判断基準が、大きく変わることはないでしょう。諸外国でも基本的に、指揮命令を中核に置いた基準が設けられています。ただ1985年以降、テクノロジーの進展などによって新しい仕事がいくつも生まれる中で、「指揮命令」の範囲は広がる傾向にあります。さらに近年、AIやアルゴリズムの指示で働くプラットフォームワーカーも現れました。このため研究会では基準そのものより、人ではないAIの指示も「指揮命令」と見なすか、といった指揮命令の範囲に関する議論が中心になると考えています。
一方、建設業の1人親方やトラック運転手のような、昔から存在するタイプの個人事業主の判断基準に、基本的に大きな変化はないと予想されます。ただ、例えばかつて業務請負の運転手の大半は自前で高額なトラックを保有し、それが「事業者」と見なされる根拠のひとつになってきました。しかし今は会社にトラックを借りて運転だけする人も多く、こうした時代の変化に応じて、改めて労働者性のあり方が議論される可能性はあります。
●フリーランスとして扱われてきた人が「労働者」になる可能性も
ーープラットフォームワーカーの多くは業務委託契約を結んでいるため「フリーランス」と位置付けられ、労働者の受けられる雇用保障や労災保険の加入義務、労働時間規制などの対象から外れています。こうした実態にも変化は生じ得るでしょうか。
昨年11月に施行された「フリーランス新法」は、名実ともに自己裁量で働く「フリーランス」を契約上の不利益などから守ることを目的としており、「労働者性」が認められる場合は、同法ではなく労働基準の枠組みで保護される、という建て付けになっています。「指揮命令」の範囲が広がった場合、フリーランスとして扱われてきた人が新たに労働者とみなされ、労働法制で保護されることは起こり得ます。
また具体的な例を示した指針が示されれば、事業者側も裁判などになる前に、どのような働き手を労働者として保護すべきかを認識しやすくなります。こうした変化はプラットフォームワーカーに、大きなメリットをもたらすことになるでしょう。
ーー完全なフリーランスでもないが厳密な労働者性は認められないといった、中間的な立場にいる人たちへの保護については、議論されるのでしょうか。
例えば昨年、労災保険の特別加入制度の対象が全業種に拡大され、2025年5月には、事業者の労働安全衛生対策の対象を個人事業主などに広げる労働安全衛生法改正案が成立しました。このように本来の基準では「労働者」と認められない人に、特例的に労働法を適用する動きが加速しています。
検討会でも「保護を必要とする働き手が増えている」という問題意識の元で、中間的な働き手に関する一定の議論はなされるでしょう。ただ、主要な議題はあくまで労基法上の労働者性ですし、労働者と自営業の間に「第三のカテゴリー」を設けるといった議論も現実的ではないと考えています。
●指針が示されれば、労働基準監督官にとって有益なツールに
ーー働き方をチェックする行政、司法にはどのような変化が起きると考えられますか。
労働基準監督官にとって、これまで労働者性の判断材料は1985年に出された「労働基準法研究会報告」だけで、報告書が難解だったこともあり、労働者かどうかを判断できないケースもたくさんありました。指針という分かりやすい形で基準が示されれば、監督官にとって非常に有益なツールになるでしょう。
司法に関しては現在、労働者性に関する判例は明確に類型化できているわけではなく、裁判官の判断次第という面も否めません。しかし指針は六法全書に記載され、司法の領域で一定の「権威」を持ちます。これによって裁判官が、指針を判断材料のひとつとして考慮するようになり、結果的に判例に一定のインパクトを与える可能性はあります。
ちなみにEU指令では、労働者性の有無に関する立証責任を、働き手ではなくプラットフォーム事業者に課すことが盛り込まれました。しかし日本では厚労省の検討会が、民事訴訟法の立証責任に関する判断を示すのは難しいでしょう。ただ今後、プラットフォーム労働に関する訴訟が増えた時、裁判官が立場の強い事業者側に立証を求め、その運用が蓄積することで事実上、立証責任が事業者に帰する可能性は考えられるかもしれません。
ーー研究会が労働者性を議論する上で、必要なことはありますか。
研究会の1回目の会合では、労働者性をめぐる多数の判例を集めた資料が示されましたが、職場でトラブルが起きた時、訴訟にまで発展するケースはごく少数です。また、研究会の議論の大きな部分を占めるであろうプラットフォーム労働については、まだ司法判断はなく、準司法的行政判断としてたった1件、2022年に東京都労働委員会が、ウーバーイーツの配達員を労働組合法上の労働者と認定した決定だけです。また内容も労働基準法ではなく、配達員に組合を結成する権利があるかという、労働組合法上の判断でした。
私が2021年、労働基準監督官が扱った「労働者性」に関連する事案、計122件の内容を調べたところ、1人親方に加えて運転手や接客業、美容、料理人など実にさまざまな職場で、労働者性を判断すべき場面があることが分かりました。当時、プラットフォームワークはあまり普及していませんでしたが、今同じ調査を行えばプラットフォームワーカーの事例もいくつか出てくるでしょう。判例だけでなく労働行政の事案など、より多くのケースを把握することで、実態に即した「労働者性」を議論できるのではないかと思います。