大学の経営が悪化する中、教職員の雇用も不安定になっている。特にここ数年は非正規教員の雇止めが目立つ。
最近でも信州大学で教えていたイギリス国籍の准教授が、雇止めを無効として長野地裁松本支部に提訴している(提訴は4月30日)。
訴状によると、原告は非常勤講師、助教授、准教授と立場を変えながら信大に約20年勤務。主に1〜2年生向けの英語の必修授業を担当していたという。契約はいずれも有期雇用で、准教授としては2007年から1年契約を4回更新、2012年から3年契約となり、2015、2018、2021年と契約を更新している。
大学側から契約を更新しない旨の連絡を受け、2024年1月に無期転換を申し込んだが、受け入れられず同年3月末の契約満了をもって雇止めとなったという。
一般に無期転換の申し込みのためには、有期雇用の期間が5年超必要とされる。どうして約20年も働いていたのに無期転換させてもらえないのだろうか。大賀浩一弁護士に聞いた。
●大学教員に使われる「特例」
——有期雇用の場合、5年勤めると無期転換の道が開けるのでは?
たしかに改正労働契約法18条1項では、同法が施行された2013年4月以降に結ばれた契約を起算点として、契約期間が通算5年を超えると無期転換申込権が発生します。労働者が無期転換を申し込むと、使用者は断ることができません。
ただし、いくつかの例外があります。そのひとつが「大学教員任期法」(大学の教員等の任期に関する法律)です。
この法律は「労働契約法の特例」として、有期雇用の大学教員については、無期転換申込権が発生するまでの期間を「5年」ではなく「10年」としています(同法7条)。
ただし、誰にでも使えるわけではなく、適用には「多様な人材の確保が特に求められる教育研究組織の職に就けるとき」という条件があります(同法4条)。
具体的には「先端的、学際的又は総合的な教育研究であること」などの場合です。裁判では、これらの条件に当てはまっているかが争点となり、「研究要素の強さ」がポイントになることが多いです。
労働契約法の例外には、研究者について同じく“10年特例”を適用するとした「科技イノベ活性化法」(科学技術・イノベーション創出の活性化に関する法律)もあります。
●「研究の側面は乏しい」として適用を否定した事例も
——具体的にどういう裁判例がありますか?
有名なものとして、大学教員任期法に関しては、介護福祉士養成コースの専任講師が控訴人(第1審原告)となった「羽衣国際大学事件」(大阪高裁令和5年1月18日判決)、科技イノベ法に関しては、外国語の非常勤講師が原告となった「学校法人専修大学(無期転換)事件」(東京地裁令和3年12月16日)が挙げられます。
前者の大阪高裁判決は、控訴人が担当していた授業の大半は介護福祉士養成課程のカリキュラムに属するもので、福祉施設における介護実習に向けた指導や国家試験の受験対策をしていたことからみて、研究という側面は乏しく、多様な人材の確保が特に求められる教育研究の職には該当しないと判示して、雇止めを無効と判断する“逆転判決”を出しました。
後者の東京地裁判決は、原告が学部生に対する初級から中級までの英語の授業、試験や関連業務にのみ従事していたことからみて、研究者には該当しないと判示して、雇止めを無効と判断しました(なお、この判断は最高裁でも維持されました)。
とはいえ、これらの判決が出るまで、労働者側が敗訴するケース、あるいは「10年特例」が争点にもならなかったケースが多かったように思われます。裁判所は元来、法律や契約書の条文をそのまま評価する傾向がみられるため、この種の裁判は労働者にとって難易度が高い側面がありました。
しかし、労働者が声をあげ、代理人弁護士が知恵を絞ってきた結果、かような判決が出されるようになり、「10年特例」の争い方が確立してきたと言えるのではないでしょうか。
——今回の事件ではどうでしょうか?
労働実態がポイントになりそうです。
本件の原告は、専任講師や非常勤講師ではなく、独立した教育・研究者として位置づけられた「准教授」なので、それだけ研究の側面が強いと見られるかも知れません。
とはいえ、専修大の事件と同様、もっぱら教養課程で外国語を教えていたということであれば、研究の側面は必ずしも強いとはいえない可能性もあります。
●そもそも20年働く労働者との契約を切ってよいのか
——約20年も働いていた職場から雇止めされるのは酷にも思えます
労働契約法は、有期雇用契約が過去に反復して更新されており、使用者による更新拒絶に合理的な理由を欠き社会的に相当といえない場合、あるいは、労働者において有期雇用契約が更新されるものと期待することにつき合理的な理由がある場合は、雇止めができない旨定めています(同法19条)。
かかる期待権(更新期待権)の有無は、勤務期間や契約更新の回数、更新手続が形式的なものか、使用者の言動、同様の地位にある労働者がこれまで雇止めを受けているかどうか等の事情を総合的に考慮して判断されます。
ですから、仮に本件の原告に教員任期法の「10年特例」が適用されると判断されたとしても、期待権が認められて雇止めが無効になる可能性もあります。とはいえ、裁判所がそう簡単に「期待権」を認めてくれるとは思えないので、やはり「10年特例」の適用の可否が主戦場になるのではないでしょうか。
●「大学の国際競争力が削がれてしまうのではないか」
——大学内の労働紛争が増えているように感じます
弁護士として大学関係の労使紛争を扱っていて感じるのが、大学自治のありかたが大きく変わったということです。
かつて国立大では教職員の無期雇用が当たり前であったのみならず、教授会自治も機能しており、こうした労使紛争は起きにくかったと思います。
しかしながら、2003年の国立大学法人法制定や、2014年の学校教育法・国立大学法人法一部改正等、相次ぐ大学改革で教授会の権限が制限され、代わりに学長等の権限が大幅に強化されました。
少子化や国からの交付金削減等により大学の経営が厳しくなる下、少なくない大学で労働者に厳しい対応がとられているものと思われます。
このままでは、日本の大学の国際的な競争力もどんどん削がれてしまうのではないかと危惧しています。