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「ネパール料理店」厨房に潜む歪み 来日コック、健康診断もなく過酷労働
ビゼイ・ゲワリさん(写真:塚田恭子)

「ネパール料理店」厨房に潜む歪み 来日コック、健康診断もなく過酷労働

2010年ごろから、大都市だけでなく、日本各地で急増したインド・ネパール料理店。日本語学校に入学するネパール人留学生も増えていたこの時期、すでに店を経営していたオーナーがネパール人留学生向けに新たに店を開いたことも、全国で増えた要因の一つだった。

インド・ネパール料理店の増加は、日本でも食を通じてネパールへの関心を高めるきっかけになったが、その一方、需要と供給の均衡を欠いた状況は、在日ネパール人にさまざまな問題をもたらしている。

この春、刊行された『厨房で見る夢―在日ネパール人コックと家族の悲哀と希望』は、昨夏まで14年間、日本で暮らしたネパール人、ビゼイ・ゲワリさんが、コックをはじめ日本で働く在日ネパール人が直面している問題を伝えるために執筆した一冊だ。

多くの在日ネパール人のメンタルヘルスの問題に関わってきたゲワリさんに、現在、彼が勤務しているネパールの首都カトマンズのクリニックで話を聞いた。(取材・文/塚田恭子)

『厨房で見る夢―在日ネパール人コックと家族の悲哀と希望』 『厨房で見る夢―在日ネパール人コックと家族の悲哀と希望』(ビゼイ・ゲワリ著、田中雅子 監訳・編著、上智大学出版)

●臨床心理士として在日ネパール人の話を聞いてきた

2007年、日本語学校への留学を機に来日したゲワリさん。その後、進学した国際医療福祉大で臨床心理を学び、日本で初めてネパール出身の臨床心理士となった。この職業に就いたきっかけについてこう話す。

「カトマンズで鍼灸を勉強していたので、初めは東洋医学の学校に進学したいと思っていました。ただ、学費も高く、日本語も1級レベルが求められるなど、外国人に対して門戸が開かれていなかったんです。

そんなとき、日本語学校の先生に教えられたのが臨床心理というジャンルでした。いろいろ調べていくと、ネパールで鍼灸師として診ていた患者さんも、フィジカルの不調だけではなくメンタルに問題があったのだと気づかされて。これはネパールでも活用できる仕事だと思って、大学の先生に手紙でやりとりをして、進学先が決まりました」

医療福祉学の博士号を取得し、2012年からは臨床心理士として、東京のカウンセリングセンターで多くの在日ネパール人の話を聞いてきたが、そこでゲワリさんはネパール人の中でも、とりわけコックとその家族が抱える問題に目が向いたという。

「コックとして来日するネパール人は2010年ごろから急増しています。その理由を調べ始めると、2つの傾向が見えてきました。1つは元々インドにコックの仕事をしに行っていた人たち、もう1つは元マオイスト兵士の存在です。いずれも西ネパール出身者が多いのですが、このころから、彼らがコックとして日本に来るようになりました」

●ネパール人コックが急増した背景にあるもの

ゲワリさんの話を理解してもらうため、簡単にネパールの政治状況を説明しておきたい。

まずマオイストとは、ネパール共産党毛沢東主義派のことを指す。1990年に民主化したネパールでは、長く政治的に混乱状態が続いていた。1996年には、王制打倒と共和制を掲げるマオイストが、政府に対して武装闘争を開始。2006年に停戦が合意されるまで、11年間、内戦状態にあった。

内戦が深刻化した2000年以降は、治安の悪化した国を逃れ、多くの人が仕事を求めて海外に渡り始めた時期でもあった。

2014年をピークに海外への出稼ぎ労働者の数は減少傾向にあるものの、ネパールの海外送金の対GDP比率は32.3%に上る(※)。南アジアでも突出して高いこの数値が示すように、ネパールでは海外出稼労働者の送金に依存する経済構造が今も続いている。

こうした政治状況以前に、国内に大きな産業のないネパールでは、若い男性はイギリス軍やインド軍の傭兵を志願してきた歴史もある。とりわけ多くの兵士を輩出してきたのが、山岳系民族のマガル族、グルン族の人口比率が高い西ネパールだった。

「停戦合意を迎え、武器を捨てたマオイストたちに、国は60万ネパール・ルピー(約60万円)を与えました。ほかに選択肢がない人たちは、これを資金に中東に働きに行きましたが、もう少しお金を足すことができる人たちは、中東よりも就労条件のよい日本を目指したのです」

ビゼイ・ゲワリさん(写真:塚田恭子)

●技能ビザがブローカーの取引対象に

出入国在留管理庁(入管)が定めた在留資格には「技能」というジャンルがある。外国特有の料理をつくる専門スキルを持つ人=コックには「技能」が認められ、日本のインド・ネパール料理店のオーナーから招へいされるかたちで、彼らはこの在留資格を取得する。

法務省に申請書類を提出する際、印紙代などはかかるものの、本来、在留資格そのものはお金のかかるものではない。だが、需要と供給が不均衡になれば、そこにビジネスチャンスを見出すのが仲介業者(ブローカー)だ。

「日本で正規就労を望む人は多く、技能ビザがブローカーによって取引されだしたことから、コックの志願者は周囲に借金をしてでも、120~180万円前後の仲介料を払って、来日するようになりました。

高額の手数料を払うだけではありません。彼らは長時間労働や低賃金といった不利な条件を強いられました。なぜコックたちがそれを受け入れたのか。技能ビザを取得できれば、配偶者や子どもたちも家族ビザで日本に滞在できるからです。

ただし、扶養できるだけの給料がなければ、ネパールから日本に家族を呼ぶことはできません。家族を呼ぶため、彼らは書類上、実際の数字以上の給与をもらっていることにしているんです」

●睡眠不足で身体がボロボロな状態のコックたち

給与の少なさは、当然、生活を苦しくさせる。だが、話はそれだけではすまない。税金や保険は書類上の給与に対してかかるため、彼らの経済的な負担はさらに大きくなるのだ。

具体的なケースについては『厨房で見る夢』に譲るが、わたし自身、日本で働くためにお金を払ったという話は、コックとして働く複数のネパール人から聞いている。

こうした条件を受け入れるのは、家族ビザで来日した配偶者らは、週28時間の就労が認められているからだ。コックの妻たちは、ホテルのベッドメイキングや総菜・弁当の製造現場など、人手が足りず、かつ日本語力がなくても仕事が成り立つ職場で働きながら、家計を支えている。

「カウンセリングセンターで働いているとき、あるコックの妻が『夫がストレスで夜中に大声をあげる』といって、彼をセンターに連れてきました。話を聞くと、夫は朝8時から夜中12時まで働きながら、帰宅後、慣れないベッドメイキングの仕事で腰痛を訴える妻が翌日も働けるように、自分も睡眠不足で身体がボロボロな状態なのに、彼女にマッサージをしてあげていたそうです。

店をやめれば、本人も妻もビザも失ってしまう。ネパールにいる子どもが大きくなるまでは、苦しくても頑張らなければと彼らは我慢しているけれど、これはカウンセリングではどうにもならない経済的な問題です。いわば罠にはまったようなものだと思いました」

ゲワリさんの調べでは、2011〜2020年までに少なくとも30人のネパール人が自殺している。そのうちの半数が、コックとして来日した人だという。彼らがそこまで追い込まれる背後に、日本・ネパール両国の経済、そして労働力をめぐる問題があることに疑いの余地はなく、この状況をすべて当人の自己責任としていたら、問題はいつまでも解決しないだろう。

●労働力がほしい日本、仕事がないネパール

ゲワリさんが来日した2007年、約1万人だった在日ネパール人の数は、2021年には9万7000人と、この15年で10倍近くに増えている。

現在、日本に約45万人いるベトナム人の場合、在留資格の半数近くを技能実習生が占めるが、ネパール人は、他の国では少ない技能の資格者が約13%、留学生が約24%、そして最も多いのが家族滞在の33%となっている(2020年末の数字)。

なぜ、彼らは高い仲介料を払ってでも来日を望むのか。その理由をゲワリさんは2つ挙げる。

「まず、ネパールには仕事がないからです。そして現状、お金を払わずに行けるルートがないからです。特定活動があるというかもしれませんが、この制度は、試験に受かっても家族を帯同することができないし、給料も高くありません。それなら学生ビザで行って、バイトを掛け持ちしたほうがいいと、人々は考えます。

搾取を止めるためには、日本とネパール、両国の政府が日本語能力を含めた技能試験をおこなったうえで、就労希望者が働くことができる正式なルートをつくり、最低賃金や就労時間が守られているか、モニタリングすることが必要です。こうしたことは政府同士で話し合いをしなければ、実現が難しいことです」

仲介業者をなくし、正式なルートで試験を通過した者が日本で就労できる枠組みをつくることに加え、ゲワリさんは、日本でも外国人就労者は入国前に健康診断を受けるべきではないかと指摘する。

「外国人就労者を多く受け入れている中東諸国では、事前に必ず健康診断をおこなっているのに対して、日本のような先進国で健康診断なしに就労者を入国させていることには正直、驚きました。入国後に既往症が発症し、仕事ができなくなれば、就労者と受け入れ側、両者にとって負担になるので、これは日本でもぜひおこなうべきだと思います」

●移民労働者を守るための制度づくりに着手すべき

技能ビザを高値で取引することは、不均衡な需要と供給の中で生じたインフォーマルなシステムだ。

自分の利益のために同胞を搾取する仲介者、本来ビザが出る条件をクリアしていない申請者に「お金を出すなら、何とかしてあげる」と偽造書類の作成に手を貸す行政書士、こうした状況が続いていることを知りつつ、制度の不備に目を向けようとしない両国の政府。そのしわ寄せの多くをコックたちは背負っている。

日夜、厨房内で仕事に従事するコックは、同じように店で働くホールで接客するスタッフのように日本語を聞く機会も、話す機会も少ない。来日後も日本語が上達しないため、店から解雇されたら先がない、弱い立場にあることも、彼らが搾取されることにつながっている。

コックたちが自らの窮状を率直に話すことができたのは、ゲワリさん自身、日本語学校生として苦労しながらキャリアを重ねた同胞の臨床心理士だったからだろう。外からは、なかなか本当のところは見えにくい外国人の就労問題、その実情を当事者が問題を可視化したことの意味は大きい。

たとえば料理店で働く人が社会保険に加入できれば、それだけで解決される問題もあるだろうとゲワリさんは言う。

「社会保険に加入していれば、お金がないから病院に行かない、ということはなくなるし、失業しても多少の手当てが出るので、ひどい条件を我慢し続ける必要はなくなるでしょう。社会保障があれば、コックたちも強くなることができると思います」

ゲワリさんが問題を可視化したことで、変化も生じているという。

「料理店のオーナーからは、どうやってコックに健康診断を受けさせればよいか、また、コックからは自分がどうやって休みを取り、家族をサポートすればよいか、相談されるようになりました。健康診断は、行政がサポートしているケースがあり、国民健康保険で人間ドックを通常の5分の1から6分の1の値段で受けられたりするので、こうした制度も伝えています。

多くのコックたちは、せっかく日本に来ているのに、日本の良さを味わう余裕がありません。山手線に乗れば、駅ごとに違う音楽が流れているし、1日の終わりに居酒屋を訪れれば、そこで出される料理の工夫を見るだけで笑顔になれたりするのに、コックや留学生の大半は、日本人、日本社会との接点がないまま日本に滞在し、日本の文化に触れることのないまま帰国しているんです」

厳しい就労環境から逃げ出す技能実習生の話があとを絶たないが、狭くて窓のない、換気も不十分な厨房で、コックたちは長時間労働を強いられている。

最終的に彼らを受け入れている日本が、国として、移民労働者を守るための制度づくりに着手しない限り、問題はかたちを変えていつまでも続くのではないだろうか。

【プロフィール】
ビゼイ・ゲワリ/1982年ネパール西部バルディア郡生まれ。臨床心理士。鍼灸師。2007年日本語学校生として来日。国際医療福祉大で臨床心理を学び、自殺防止の啓発などメンタルヘルスの問題に取り組む。一般社団法人インターナショナル・サポート・プログラムのメンバーとしても活動。2021年夏、ネパールに帰国。

※「図説 ネパール経済2022」
https://www.np.emb-japan.go.jp/files/100362590.pdf

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