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「原稿料を10%引き上げて!」フリーランス労組が呼びかけ 背景に危機感「報酬が30年間上がっていない」
画像はイメージです(maroke / PIXTA)

「原稿料を10%引き上げて!」フリーランス労組が呼びかけ 背景に危機感「報酬が30年間上がっていない」

部数減、廃刊、休刊……、紙の出版業界は、冬の時代が続いている。紙媒体での仕事は減少し、業界で働くフリーランスはウェブ媒体でも仕事を請け負うようになったが、報酬はおおむね紙媒体より少ない。また、報酬額が一度設定されれば、値上げを持ちかけることはなかなか難しい。

こうしたなか、出版業界でフリーランスとして働く人の労働組合「出版ネッツ」は今年(2022年)、報酬の10パーセント引き上げを求め、業界団体に初めて要望を行った。 フリーランスとして働くライターや編集者、カメラマンなどで構成されている同組合の執行委員長・樋口聡さんにその取り組みと、フリーランスの置かれている現状を聞いた。(ライター/高橋ユキ)

●「報酬は30年間ぐらい上がっていないのではないか」

──1月の春闘宣言では、業界団体へ初めての要望を行うことが発表され、ニュースとしても取り上げられていました。その後、要望をどこに、どういった形で行ったのでしょうか。

「結果として10パーセント上がった人がいるかというと、なかなか厳しいというのが現状だろうと思っています。

フリーランスの私たちには交渉相手がいないので、それぞれの会社に対してそれぞれが個別に行っていく交渉になります。ですが、個人(フリーランス)の立場は非常に弱い。交渉相手は発注者でもありますので、なかなか交渉にまで発展しづらかったのだろうと思います。

何のために春闘宣言まで出したかといえば、バブルの崩壊やリーマンショック、長引く出版不況などもあり、報酬は30年間ぐらい上がってないのではないか、という肌感覚がありました。

フリーランスの報酬はコストだと捉えられており、コストは抑えなければならないというのが常だと思いますので、なかなか上がらないし、上がる材料もない。それが私たちの困り感であり、現状だったと思っているんです。

コストや経費がかかってしまった場合は、フリーランスの報酬が切り詰められる。『ちょっと泣いてください』とか『ちょっといつもより低いですが我慢してください』というような、そういう現状をなんとかしたい。

そのような、何10年も報酬が上がってないことに対して、せめて上げてください。下げてはいけないんですよ、という意思表示の意味合いがありました」

●「消費税分下げてくれませんか?」「喜んで下げますよ」

──春闘宣言で組合員の皆さんが個別に発注側に報酬を上げてほしいと交渉したとのことですが、実際、フリーランスが待遇の改善や、報酬額の交渉を持ちかけるのは、すごく勇気がいることだと思うんです。たとえば、上げてほしいと交渉しても「じゃあ他の人に頼む」となるのではないかという心配があります。

「先方から言ってくれない限りこっちから言い出せないっていう人は多いと思いますし、場合によっては、長期的に発注してもらうために自ら値引きするという方もいます。

『消費税分下げてくれませんか?』っていうように持ちかけられ、『喜んで下げますよ』と応じるような……力関係の中で不本意だけど飲まされてきたり、交渉の段階ですごく安めに言ってしまうということは、大いにありうることだと思うんですよね。『カネ、カネってうるさいから切ったよ』みたいに本当に仕事を切られることも、普通にありうると思いますので、個別に強気に出るしかないような風潮があります。

ですので『下げない』を維持しながら『上げていく』という方向性を打ち出したい。それを地道に続けていくことによって業界全体の方向性の変化につながればよいと考えています。出版社やネットメディアの社員編集者たちの給与は上がっていくのですから、フリーランスであっても何10年前の水準で据え置きというのは苦しいんだよ、っていうことは伝え続けたい、ということですね」

●なくならない1文字1円案件

──出版業界におけるフリーランスの報酬としては、数10年前と変わらない状態が続いているのでしょうか?

「そうだろうと思いますね。フリーランスは自営業者という位置づけになっているので、自由競争、個別の契約という原則があり、多分報酬を増やすきっかけがないのだと思います。さらに、ウェブを中心とするライターたちが集まるクラウド型のマッチングサイトでは、破格に安い原稿料が流通している実態があります。

ブログはプロのライターでなくとも書くと思います。ウェブにはプロではないライターも参入できるためか、クラウド型のマッチングサイトでは『1文字0.5〜1円』といった破格な低報酬の案件がやりとりされています。

質の低い記事が掲載されるWELQ騒動などをきっかけに、社会的な注目が集まったことによって、あまりにも低い報酬で成果物を制作することが悪いことなんだという意識は一定醸成された時期もあったように思います。それでもなお、下げる圧力は厳然と存在するとは思っています」

●「記事の質が低いから減額だ」と一方的に言われる

──報酬が低い問題以外にフリーランスの方から寄せられるご相談は、どういったものが多いですか?

「やはり報酬未払いは圧倒的に多いです。事情は色々あるでしょうけども『記事の質が低いから減額だ』ということを一方的に言われて、納得がいかない、といったケースや『コストがかかったから、ライティングでちょっと泣いてくれよ』と言われて減額といったケースなど。または『経営不振だから払えない』みたいなこともあります。

ほかには、理不尽な原稿の直しや、何度も修正を要求されるとか、企画ががらりと変わってしまって全面やり直しといったこともありますが、それはコミュニケーションの問題でもあるでしょう。

受発注の関係の中で、フリーランスはいわゆる下流と言われています。上から、出版社の編集者、制作会社の編集者、そこからフリーの編集者、ライター、デザイナー、カメラマン、校正者……下流に行けばいくほど立場が弱い。替えはいくらでもいるんだから金や仕事の内容についてうるさく言うんだったら切るぞという、そういう風潮の中でのトラブルは、やはりあります。

あとはもちろん立場が弱い中でのパワハラ、セクハラもありますね」

●未払いトラブルの根本的原因は?

──未払いトラブルについては、出版業界における契約書周りの杜撰さが影響しているのでしょうか。書籍の仕事でも、本来は仕事に取り掛かる前に契約書を締結するのが適切だろうと思いますが、書籍ができてから出版契約書を結ぶ出版社が多いように感じています。

「報酬を事前に示さない口約束の発注が横行していたのが20世紀でした。まだまだですが、そこから少しは進展してきたのではないでしょうか。出版ネッツとしても啓発を重ねてきて、契約書を交わすことを当たり前にしたいというのは、悲願だったところではあります。

小さな仕事の場合は契約書を結ぶのは大袈裟に思うかもしれません。そういうときはメールなどで記録に残しておくことが重要です。事前の打ち合わせで決まった報酬や内容、納期などを覚書にして、メールなどで相手に送るようにするといいでしょう。

確かに最近では、報酬も言わないで発注するようなことは、あまりなくなっているんだろうとは思います。契約に基づいて仕事するという感覚は若い方々に浸透していると感じますね。かつてのように、口座に振り込まれて報酬を知ったり『あの仕事こんなに安かったのか』って、後になって知るみたいなことが少しずつ減ってきたのではないでしょうか。

ひとつひとつの仕事の重みは、今の方があるのかもしれないと感じております。右肩上がりの時代は玉石混交で、ものすごく報酬の良い仕事がある一方、口約束で受けた時給100円みたいな仕事が中に紛れていたことも。それでも、なんとなく仕事も増えて稼ぎも増していくんだろうなという空気は、その時代にはあったろうと思うんです。ただ、業界全体が縮小均衡の局面に入っていくと、ひとつひとつの契約や仕事を、しっかり確実なものにしていかないと、と。今の時代の空気みたいなものもあるように思います」

【プロフィール】高橋ユキ(ライター)。1974年生まれ。プログラマーを経て、ライターに。中でも裁判傍聴が専門。2005年から傍聴仲間と「霞っ子クラブ」を結成(現在は解散)。主な著書に「木嶋佳苗 危険な愛の奥義」(徳間書店)「つけびの村 噂が5人を殺したのか?」(晶文社)など。好きな食べ物は氷。

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