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「賞与・退職金」と「手当・休暇」で判断割れる…「非正規訴訟」最高裁判決に整合性はあるか?
各裁判の原告ら(編集部で加工)

「賞与・退職金」と「手当・休暇」で判断割れる…「非正規訴訟」最高裁判決に整合性はあるか?

有期雇用を理由とした不合理な差別を禁止する「旧労働契約法20条」をめぐり、非正規労働者が賞与や退職金など、格差是正を求めていた訴訟で最高裁がそれぞれ判断をくだした。

10月13日に第三小法廷で判決があった大阪医科大事件とメトロコマース事件では、賞与と退職金の不支給がそれぞれ不合理な格差ではないと判断された。

一方、15日に第一小法廷で判決があった日本郵便事件(東京・大阪・佐賀)では、手当や休暇について格差が違法だと判断されている。

日本郵便事件後の会見の様子(2020年10月15日、編集部撮影)

日本郵便事件を労働者側で担当した森博行弁護士は、判決後の会見で次のように話した。

「賞与と退職金は資金的に大変だということで経営者側をみた。一方、金額が下がる手当は、労働者側を向くことで、最高裁はバランスをとったのだと思う」

しかし、そうなると判決の整合性をどう考えたら良いのだろうか。非正規労働者は現在2100万人ほど。労働者の約4割を占め、当事者はもちろん、経営側からも今後の影響に関心が寄せられている。

●裁判官の全員一致にならなかった「仕事上の相違」

アルバイトに賞与を認めないことも、契約社員に退職金を認めないことも不合理ではないーー。労働者側の逆転敗訴となった13日の判決は、多くの非正規労働者を落胆させた。

この日に判断がくだったのは、元アルバイト秘書が賞与を求めた大阪医科大事件と、東京メトロ子会社で売店の運営をしていた元契約社員が退職金を求めたメトロコマース事件の2つ。高裁判決では、前者が正社員基準の60%、後者は25%の支給が認められていた。

賞与は大きな格差を生む。大阪医科大事件後の原告側会見では「不当判決」との見方が示された(2020年10月13日、編集部撮影)

不合理な格差かどうかを判断するうえでは、責任や業務内容の違い、配置転換の有無などが考慮される。

最高裁は、それぞれの事件について、正社員にはプラスアルファの業務や配置転換の可能性があることに言及している。

さらに「その他の事情」として、いずれの職場でも、試験による正社員などへの登用制度があることや、組織改編などの影響で正社員全体からみると、原告らが比較対象としている同種業務の正社員が少数・特殊であることをあげ、格差は不合理ではないとしている。

ただし、たとえばメトロコマース事件では、裁判官の一人が、正社員と契約社員の職務内容などに大きな相違はないとして、反対意見を投じている。裁判官によっては評価が変わるような微妙な差異であったとも言える。

●「有為人材確保論」の強調に懸念

こうした職務などの相違に加えて、最高裁が格差を肯定したある根拠に、労働者側の弁護士たちは警戒を強めている。

労働問題にくわしい中村優介弁護士は、「最高裁がこれまで採用していなかった『有為人材確保論』をとったことを懸念しています」と話す。

「有為人材確保論」とは、正社員を厚遇することで、良い人材を確保し、定着してもらおうという考え方だ。これが認められると、格差是正のハードルは高くなってしまう。

この有為人材確保論は、同一労働同一賃についての前例となる「ハマキョウレックス事件」の高裁判決でとられたが、その上告審では採用されなかったという経緯がある。

中村弁護士は、「今回、最高裁で採用されてしまったことで、格差が固定化される恐れがある」と話す。

13日の最高裁判決では、ハマキョウレックス事件だけでなく、同事件と同じ日に判決があった労契法20条の先行判例「長澤運輸事件」の引用もなかった。

メトロコマース事件後、労働者側弁護団は長期雇用のインセンティブを前提とした裁判官の発想を「古い」と批判した(2020年10月13日、編集部撮影)

●手当は、制度の性質がより細かく検討された

一方、別法廷が担当した日本郵便事件では、年末年始勤務手当や扶養手当、有給の病気休暇など、最高裁で争われていた5項目について、労働者側がすべて勝利した。日本郵便はもちろん、扶養手当などは他社でも再考が求められる可能性がある。

判決文によれば、大阪医科大やメトロコマース同様、正社員には別の業務や配転の可能性があり、非正規から正社員への登用制度もあった。それでも最高裁は手当や休暇の趣旨を検討し、労働者側の主張を受け入れた。

「ハマキョウレックス事件や長澤運輸事件を踏まえた判決と言えます。ただ、この2つの判例は手当についてのものでした。最高裁は手当と退職金・賞与を分けて考えているのかもしれません」(中村弁護士)

退職金を求めたメトロコマース事件の原告は約10年勤務していた(2020年10月13日、編集部撮影)

13日の方の原審(高裁判決)は、各職場の賞与や退職金について、在籍していること自体や勤続年数を評価する性質もあるとして、一定額を認めていた。一方、今回の最高裁判決ではそうした事情を考慮しても不合理に当たらないと、0か100の判断になっている。

その意味で、13日と15日の判決はどちらも、「制度の目的や性質を考える」という従来の判断枠組みは維持しているものの、検討の精度・評価、「均衡のとれた処遇」の考え方には違いがあると言えるかもしれない。

これに関連して、メトロコマース事件では、退職金制度については、企業側の裁量が大きい旨の補足意見がついている。

●「企業側も大変」判決の影響

とはいっても、大阪医科大事件やメトロコマース事件では、一般論が展開されておらず、事例に沿った判断がされているだけだ。また、不支給が不合理に当たることもあるとも記されている。

「印象としては、賞与や退職金は認められづらい感じにはなりました。ただ、ゼロにして、会社側としては訴訟リスクがないわけではない。判決も、賞与や退職金について認められる余地を残している。そこを会社側がどう考えていくかでしょう」(中村弁護士)

労契法20条を引き継いだパートタイム・有期雇用労働法では、退職金について明確な規定はないものの、賞与については不合理な格差禁止が明示されている。

また、非正規労働者からの求めがあれば、企業側は待遇格差について説明義務を負う。その際、「将来の役割期待が異なるため」といった主観的・抽象的な説明では足りないとされている。

「企業側も積極的に説明できないといけないので、簡単にゼロで良いということにはならない。日本郵便事件を受けて、手当についても再検討を迫られる。最高裁はハッキリとした基準を示すことはなかったので、企業側も対応を迫られると思います」(中村弁護士)

大阪医科大事件の原告は、職場の労働組合から加入を断られたという(2020年10月13日、編集部撮影)

どういう場合に不支給が認められ、どういう場合だと不合理な格差となるのかは、まだハッキリしていない。

ほかにも、たとえば、日本郵便事件では、扶養手当について、継続的な雇用を確保するための制度と認定しつつ、継続的な勤務が見込まれるのであれば、契約社員でも認められると判断した。

しかし現在、有期雇用については無期転換の5年ルールがあり、実際には更新回数に制限がかかっていることが多い。どんな有期雇用労働者であれば、継続的な勤務が見込まれると言えるのかーー。

「こうした部分については、まだまだ裁判の積み重ねが必要でしょうね」(中村弁護士)

日本郵便事件では、郵政産業労働者ユニオンがかかわり、百人単位で裁判をしている(2020年10月15日、編集部撮影)

●労組の役割、ますます重要に

今回の裁判では認められなかったが、世の中には、非正規労働者にも一定の賞与が支給されている企業があり、労使交渉により格差を縮めようと尽力している労働組合もある。

一方で、企業が人件費に回せる金額には限りがあることから、非正規労働者の待遇を改善するために、正社員の待遇を下げてくるということもありえる。

「労働組合の役割はさらに重要になってくるでしょう。労契法20条やそれと連続するパート有期法は、強行規定であって、待遇差改善は、企業に課せられた法律上の義務です。労働者側はどんどん声をあげていってほしいですし、それが法の目指している、正規雇用と非正規雇用の待遇差改善につながると思います」(中村弁護士)

プロフィール

中村 優介
中村 優介(なかむら ゆうすけ)弁護士 江東総合法律事務所
日本労働弁護団常任幹事及び同事務局次長 日本弁護士連合会人権擁護委員会特別委嘱(外国人労働者受入れPT) (主な担当事件) ・国際自動車事件(残業代請求、雇止め、不当労働行為) ・技能実習生除染被ばく労働事件

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