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「業務用スープだろ!」SNS中傷に苦悩…人気ラーメン店が裁判で「潔白」を勝ち取るまで
取材に答えた店主の田中さん(仮名)

「業務用スープだろ!」SNS中傷に苦悩…人気ラーメン店が裁判で「潔白」を勝ち取るまで

「業務用スープを使っている」。福島県郡山市の人気ラーメン店は、SNSなどインターネット上の書き込みに1年以上も悩まされてきた。ようやく、裁判で書き込みが名誉毀損にあたると認められたものの、店主の表情は明るくない。

判決によって、店の名誉が完全に守られたかというと、そうも言えないようだ。裁判が終わってもなお、相手は店について、ネガティブな投稿を続けていたのだ。

●人気店が巻き込まれたトラブルとは

店主の田中裕太さん(仮名)は2015年3月から郡山市内に「ラーメンたなか(仮名)」を開業した経営者だ。会津地鶏を使った自家製スープが自慢で、福島県のラーメン特集誌でもベスト5にランク入りする人気店だ。

もともとは客だった男性Aさんから「業務用スープを使用している」などと指摘する投稿をフェイスブックなどで繰り返され、社会的評価を低下させられたとして、2019年7月24日、110万円の損害賠償を求める裁判を起こしていた。

郡山簡易裁判所は2020年7月30日、SNS上の書き込みが名誉毀損にあたると認め、Aさんに対して、11万円の損害賠償などの支払いを命じる判決を下した(双方、控訴せず、判決が確定)。

店の外観(加工は編集部) 店の外観(加工は編集部)

●田中さんが名誉毀損と考えたAさんの投稿

田中さんとAさんが知り合ったのは5年前。

Aさんは自身のSNS(フェイスブック)では本名で、グルメサイトにはハンドルネームで、飲食店のコメントを書き込む活動をしていた。

「よく覚えています。開店の2日目にいらっしゃって、ラーメンを2杯食べていかれました。そんなかたは珍しいので、レビュアーのかただとわかりました」

当初、Aさんは店に好意的だった。SNS上でもスープを評価する書き込みをしていたし、来店すると田中さんにラーメンの知識を話していたという。

会津地鶏スープのラーメン 会津地鶏スープのラーメン

「私は畑違いのサービス業から、経験のないラーメン業界に参入しました。ですので、お客さんの意見には謙虚に耳を傾けようと思い、Aさんのお話にも、大変勉強になりますと、教えを請う態度を貫きました」

しかし、Aさんのアドバイスを否定するようになると、関係は悪化。2019年4月、Aさんは自身のFBに同店への攻撃的な書き込みを始めた(編注:以下の投稿について、編集部によって文言を一部修正しています)。

「アホなラーメン専門店、反社会勢力を使うのではなく、当たり前のように業務用スープを使っていたからだ、犯罪に手を貸したのも明白になってるのに?」

ときには、業務用スープの画像とともに、「作ってるのに店に匂いがしないのなど、作ってない証拠だ。(中略)いい加減、虚偽するのは止めたらどうか」などと投稿。また、コメント欄に書かれた質問に「郡山市のラーメン屋だよ」と回答したり、コメント欄で提示された店名のアルファベットに「そうだよ」と同意の回答をしたりした。

また、同店のFBに対しても、「作ってもいないのに、一から作っているような虚偽を公表し、犯罪まで犯し、謝罪もなにも無しに営業している最低のラーメン屋」と投稿した。

●裁判の争点

田中さんは、自家製の会津地鶏スープを店で作っていることから、「業務用スープ」などの一連の書き込みは事実無根だと主張する。

業務用スープの使用や、反社会勢力との関わりは事実無根と話す田中さん 業務用スープの使用や、反社会勢力との関わりは事実無根と話す田中さん

裁判の争点は4つ。それぞれどのように判断されたのか見ていこう。

(1)投稿の特定性

田中さんは、Aさんによる投稿対象が「ラーメンたなか」もしくは田中さん本人を指しているのは明らかだと主張。他方、Aさんは、直接的表現や「ラーメンたなか」を実名で指しておらず、特定には無理があると主張した。

簡裁は、Aさんの一連の投稿が、閲覧者に対して田中さん経営の「ラーメンたなか」を想起させるに十分だとした。

また、ローカルコミュニティサイト「爆サイ」に、「(Aさんが)今度はたなかを潰すらしい」などと匿名の書き込みがなされていることをもって、第三者の認識も認め、投稿の特定性を認めた。

(2)投稿は名誉毀損か

原告主張はこうだ。「Aさんは鬱憤を晴らす目的で、店が業務用スープを使用しているかのような投稿をしたり、田中さんが犯罪に関与して反社会的勢力とのつながりがあるかのような投稿をしたりして、原告を中傷し、店の名誉を侵害した」

Aさんは「真実を公表しただけなので、名誉毀損にあたらない」と主張。

簡裁は、投稿によって原告の名誉を毀損したと認定した。

(3)投稿の真実性と正当性

田中さんは店のホームページで会津地鶏スープの使用を公表していた。判決は、公表された方法によるスープの仕込み現場をAさんが目撃したものではないとし、店の業務用スープ使用について認めるに足る証拠がないとして、投稿に真実性は認められないと結論付けた。

また、投稿はAさんの田中さんに対する不満を解消する目的であり、その目的に正当性がないとした。

そして、田中さんが犯罪に関与しているとの主張も退けられた。

(4)損害が発生したか

このようにして、投稿が名誉毀損に該当すると認められたわけだが、損害については以下のように結論づけられた。

ある人物は、AさんのFB投稿に「先日、教えて頂いてから行くのを止めました」とコメントした。こうした客離れがあったと思われることから、「有形の損害」の可能性も認められるものの、今回の裁判で店側は具体的なデータをもって経済的損失を主張していない。そのため、有形の損害については認められなかった。

一方、社会的評価の低下という「無形の損害」については、損害の発生が認められた。ただし、Aさんの投稿の多くがFB上のものであり、閲覧者はAさんの知り合いである「特定個人」であったこと。さらに、Aさんの発信力が「さほど高いものと認められない」「社会的影響力もさほど大きいものと認められない」などとして、総合的に判断して損害は10万円が相当とされた。

●裁判に踏み切った飲食店ならではの事情

記者も食べた 記者も食べた

相手が弁護士をつけなかったことや、コロナを理由とした延期もあり、裁判には1年もかかった。

書き込みを発見してから、約3カ月後には裁判が始まっている。それまでに当事者間で交渉などしなかったのだろうか。

実は田中さんは「業務用スープをラーメン店が使用すること」の是非については、肯定的だ。ラーメンを食べて、おいしいと思ってもらえるのであれば、業務用スープに悪いことなど一切ないと考えている。

「業務用スープを使ってもいいんです。ただ、うちの店では開業からずっと自分でスープを作っています。勉強して、苦労して、作ったものを嘘と思われるのは納得いかないし、そんな虚偽の書き込みでお客さんが離れていくのもつらかったんです」

田中さんは、Aさんに直接会って話したり、メッセージや電話で連絡したりもしていないという。「SNS上でも私は一度も反論していません」と話す。

まずは当人同士で交渉すればよいのではないか。いきなり裁判手続きに進んだのはなぜかーー。疑問をぶつけてみた。

飲食店の店主・経営者ならではの事情があったという。

「書き込みをやめてくださいと頼めば、きっと『田中が謝りにきた。やはり業務用スープを使っていたんだ』とSNSに書き込まれてしまうかもしれません。長期的に考えると、店の評判を落とすことにつながってしまいます」

うまかった うまかった

もうひとつ理由がある。

「嘘を書かれたことで、怒りは頂点に達していました。直接やりとりすれば、私が暴言を吐いたり、ぶん殴ってしまうかもしれなかった。それくらい怒っていました」

しかし、そんな頭を冷静にさせたのが、従業員の存在だ。

「社員が泣くんですよ。こんなこと書かれて、悔しい、屈辱的だって。それを見て冷静になることができました。単なる言い争いにはせず、絶対に法律のフィールドで潔白を証明してやろうと決めたんです」

すぐさま警察にも相談したが、対応してもらえなかった。

「たとえば、うちの店の前で『あの店に行くな』と外で叫ぶような抗議活動でもあれば対応するけど、物的な損害がなければ動けないと言われました」

そこで、弁護士に依頼し、裁判を進めることにした。

●名誉を回復するのに、裁判で「自家製スープ」を証明する必要はなかった

この裁判において、注目すべきポイントが2つあった。

まず、店は売上のデータなどを証拠として提出しておらず、経済的損失を強く主張していない。書き込みが原因で、店に行くのをやめたと表明した人がいたのは、裁判でも認められている事実だ。

「来なくなった常連客もいました。だから、業務妨害で訴えようと弁護士にも相談したのですが、売り上げの減少がありませんでした。なので、売り上げの資料などを提出していません。コロナもありましたが、ここ1年で売り上げは倍になっています」

もう一つのポイントは、「業務用スープの使用」について、店側は自分たちで作ったスープであると証明していないことだ。

「スープの原材料が争点だと言っているのはAさんの主張です。しかし、今回私たちが争点としたのは、あくまで投稿が名誉毀損に該当するかどうかです。

スープは私たちが作っています。スープの材料である会津地鶏の仕入れ伝票を裁判に出そうと思えば出せますよ。でも、嘘をいちいち正していくのにはキリがありません」

裁判では、スープが自家製か業務用であるのか原告側に立証責任はない。証拠によって仕入れルートが公開されると、レシピが漏れるリスクもある。同様のトラブルに巻き込まれた飲食店があれば、裁判の手間は少し軽減されるかもしれない。

「業務用スープだと主張するのであれば、それだけの証拠をもってきてもらわないと」

●中傷に悩む他店へのアドバイス

ひとつだけ、悔やんでいることがある。「裁判の請求に、投稿の削除と、謝罪と訂正の掲載を盛り込んでおくべきでした」

田中さんは8月下旬、店のアカウントで、判決内容についてツイートしている。判決後も、Aさんが投稿をやめなかったからだ。

ツイートには数万件のいいねやリツイートがついただけでなく、飲食業界で同様に悩んでいる人たちから多くの声も寄せられた。

「私の店はおかげさまで、売り上げを伸ばしています。しかし、そんな飲食店ばかりではありませんよね。中傷によって、売り上げが激減するかもしれないし、そうなれば死活問題です。

まだまだ投稿が続いているので悩んでいます。再度始まるようであれば、また法的措置を取るしかないと思っています」

誇りをもって作った1杯 誇りをもって作った1杯

Aさんの「業務用スープ」の投稿に「いいね」を押していた人が、最近来店した。

そのうちの1人に、いいねを押した理由を尋ねると、「えっ、なんとなく」と答えたという。

「いいねだって、軽い気持ちでやると人を傷つけるんですよ。またお付き合いお願いします」と伝えて頭を下げたという。

この記事は、公開日時点の情報や法律に基づいています。

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