神戸市在住の60代女性とその娘、孫2人の計4人が8月24日、嫡出否認の訴えを夫にだけ認める民法の規定は、男女平等を定めた憲法に違反するとして、国に計220万円の損害賠償を求めて神戸地裁に提訴した。現在、婚姻中に生まれた子が「夫の子ではない」と法的に否定する「嫡出否認」を訴えられるのは夫だけで、妻や子には認められていない。
訴状などによれば、女性は1982年、元夫から継続的に暴力を振るわれて別居し、翌年、娘を出産。娘の実の父は、夫ではない別の男性だったが、出産したのは離婚が成立する前であり、出生届を出せば、民法772条1項「婚姻中に妊娠した子は夫の子」とする規定により、夫の嫡出児と推定されてしまう。
しかし、この元夫は別居する前から「別れると言うなら、俺はきっといつか(女性を)殺す。今でなくとも、かならず君を殺してみせる。逃げれば子どもを殺す。子どもと逃げれば(女性の)親や親族を殺す」と繰り返し述べ、顔面挫傷、右足関節を捻挫させるなど身体的暴力をはたらいていた。
そのため、娘を元夫の戸籍に入れることにより、女性自身と娘に身体・生2命への危険が及び、また元夫が嫡出否認を訴える可能性はないと考え、娘の出生届を出すことを断念したという。その結果、娘も孫も無戸籍になってしまった。
今回、なぜ提訴に至ったのか。代理人の作花知志弁護士に話を聞いた。
●嫡出否認について定めた民法は、明治時代に制定
民法774条、776条は、夫のみに嫡出否認の訴えを提起することを認めており、妻や子が提起することは認めていません。そのため、今回提訴した女性は、夫との関わりを恐れて出生届を出すことができず、娘、そして孫も、無戸籍児になってしまったのです。
仮に民法が、妻や子からの嫡出否認の訴えを提起することを認めていたら、娘や孫が無戸籍児となることはなく、そのことによる不利益を被ることもありませんでした。
嫡出否認について定めた民法は、明治時代に制定されたものです。家制度の根強い明治憲法下の色が根強く、子どもや妻の側から裁判を起こすことは、家の恥、夫の恥という趣旨から制定されたと考えられ、女性べっ視の意識が反映されています。
●男女平等、個人の尊重を定めた憲法に違反する
そこで、嫡出否認の訴えを夫にだけ認めた民法774条、776条は、憲法14条1項、24条2項に違反します。
まず憲法14条1項は、「すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」と規定しています。
憲法24条2項は、「配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない」と規定しています。
夫は、自己の意思により、子を「自分の子ではない」とすると同時に「夫婦の子ではない」と嫡出否認権を行使することができます。
これは親子関係について妻が夫の意思に従属することを意味し、夫と妻との間で差別的取り扱いをしているといえます。そこで、憲法14条1項が禁止する「社会的身分による差別」、憲法24条2項が禁止する「家族に関する事項に関しては、法律は個人の尊厳と両性の本質的に平等に立脚して、制定されなければならない」に違反すると考えます。
同様に、子の立場からしても同じく憲法14条1項、憲法24条2項に違反します。
●民法を改正しない限り、無戸籍児が生まれる
前述したように、夫にのみ嫡出否認の訴えを認める民法は、明治憲法下に制定されました。その立法理由については、明治時代における「夫の名誉」や「家の名誉」を守ろうとした、と言われています。しかしながら、その後、現行憲法が制定され、前述したように、家族関係についても個人の尊厳と男女平等を国会は守らなければならないことが明記されています。
さらに、現行憲法制定後に家事審判法が制定されたことで、嫡出否認の問題も非公開の調停手続でまず解決することになっています。妻や子から、いきなり裁判を起こされて、公開の場で「夫の名誉」が害されることを防ぐという当時の立法理由は、今日ではその意味を失っているのです。外国の立法でも、子や妻からの嫡出否認の訴えは認められています。
憲法に違反する上、今の時代に、嫡出否認の訴えを夫にだけ認める理由は何ひとつありません。
しかしながら、この問題を放置してきたため、無戸籍児が生まれています。選挙権もない、住民票もない、銀行口座も作れない、保険証もない。その結果、子供たちの人生は大きく閉ざされていきます。
このように、嫡出否認を夫にだけ認める民法の規定があることにより、無戸籍児という悲劇的な問題をうんでいます。無戸籍児やその親の思いをくんで欲しい。訴訟が起きたことをきっかっけにして、法改正への流れが出ることを強く望んでいます。