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再犯防止は「笑うコミュニケーション」で…元・吉本の「謝罪マスター」刑務所へ行く
竹中功さん

再犯防止は「笑うコミュニケーション」で…元・吉本の「謝罪マスター」刑務所へ行く

吉本興業で35年間、プロデューサーとして活躍してきた男性が退職後、刑務所で再犯防止のための講師をしている。広報で多くの謝罪をしたことから「謝罪マスター」との異名を持ち、ダウンタウンら多くの芸人を世に送り出してきた竹中功さん(59歳)は今、全国の刑務所で、満期釈放前の男性受刑者に「笑うコミュニケーション」を教える。

講義の狙いは、笑いを交えて人間関係の基礎を築くコミュニケーション力を磨くこと。講師としての活動は、今年で4年目。受講者は百数十人を超えたが、受講者の中で再び罪を犯したものはいないそうだ。何が受刑者の心に響いているのかを聞いた。(ルポライター・樋田敦子)

●良いコミュニケーションはお笑いと一緒

竹中さんが刑務所の講師になったきっかけは、吉本在籍中のとある仕事だった。秋田刑務所の中庭で開催された矯正展のステージに、吉本興業のタレント・大西ライオンさんをゲストでブッキング。「ライオンキング」の物まねで「心配ないさ~」で知られる彼は、いつものネタで集まった近隣の市民を笑わせた。

「僕も一緒に行ったんですが、矯正展に集まっている500人の観客の前で『心配ないさ~』ですからね、塀をはさんでのネタとはいえ、シュールでしたね。何に対して心配がないのか、って突っ込みながら笑いました。その後、刑務所からまた慰問に来てくれませんかと誘われたのです」

秋田刑務所には、累犯(刑が終了してから5年以内に犯罪で有期懲役に処せられる)が多く、傷害、窃盗などの比較的軽微な罪を犯した約500人が収容されていた。

「慰問当日は、秋田の芸人が30分の漫才、その後が僕の『お笑い芸人をめざす若者たちの純粋な夢』と題した60分の講演予定でした。しかし、まだ若手だったその芸人は漫才をしても手ごたえがなかったようで、10分でステージを降りてきてしまった。残された時間は80分。はてどうしたものか、と」

ひとしきり、お客様を笑わせてなんぼ、という吉本の笑いの哲学を伝えたところ、おもむろに切り出した。

「みなさん、ケンカなどしていませんよね。ケンカなんかしても何も得することはない。無駄なことだから今日からやめましょう。それよりも娑婆に出て、人にホレられ、憧れられ、尊敬されるオトコになってください。そういう人のことを漢字の『漢』一文字でオトコというのです」

事前に秋田刑務所ではケンカが多いと聞いていた。竹中さん流のアドリブが功を奏したのか、不思議なことにそれから1年間、ケンカやいざこざはなかったという。

●出所予定者に対する「釈放前指導」

その後、山形刑務所でも講義を持つようになった。「出所予定者に対する釈放前指導」と呼ばれるもので、その中で竹中さんは1、2カ月後に満期で釈放される受刑者の社会復帰に向けての教育を担当している。

受刑者たちは短くて数年、長ければ15年以上も刑務所で生活していただけに、いくらテレビや新聞、雑誌に触れて社会の様子を知っていても、中には時代の流れについていけない人もいる。駅の自動改札の通り方、野菜の値段の相場をチラシを見ながらの講義もあるという。

竹中さんはここで、コミュニケーション力をつけるための指導をしてほしいと請われたのだ。目的は、出所した人が再び罪を犯して、刑務所に逆戻りをしないこと。そのために一役買ってほしいと。

「実際に講義を行う前、所長や刑務官を相手に、本番さながらのリハーサルをやりました。吉本の芸人になりたい若手に向けて言う話をネタにしたのです。そうしたら『コミュニケーションうまくとることによって人間関係を築き、社会生活をスムーズにスタートできるだろう』と評価をいただきました」

実際の講義は所長や刑務官が立ち会う中ですすめられ、受講者は、多いときで8人程度。月に2日、4コマの講義の顔ぶれは、出所者を対象にしているので出席者は毎回違い、一人の受刑者とは1度しか会わない。講義の最初で竹中さんは、いつもこう語りかける。

「みなさんはコミュニケーションをとるのが苦手ですよね。だからここにおるわけで。でも娑婆に戻ったらおしゃべり上手になれとは言わないけれど、釈放後はいろいろな人に助けられたり、助けたりして生きていきます。そのためには人間関係が大事。

それをとり持ってくれるのがコミュニケーション。いいコミュニケーションが取れるように、自分をよく知り、相手と心のキャッチボールができるようにしましょう」

「良いコミュニケーションというのは、お笑いと一緒なんです。芸人がステージで自分が面白かった経験を話しているだけでは、けっしてお客様は笑ってくれない。お客様の興味をくすぐり、ちょっとした反応を敏感に察して、さらに次のネタを出していく。

つまりは相手の心を読み取るために相手の身になって考え、良いやりとりができるように心がけるということ。そんな話をすると、みなさんは正面に顔を向けて、真剣に聞いてくれます。僕にできる事は受刑者と良いコミュニケーションをとって、出所前の不安を取り除いてあげることです」

●自分で自分にインタビューする自分史作成

1コマ目の講義は「自分史を書こう」。人の気持ちを察するためには、まず自分を知らなければならないので、自分が過去の自分にインタビューして、自分史を作成する授業をするのである。

例えば「10歳のとき、どんな少年でしたか」というお題。ある受刑者が「兄貴と野球を見た」と言えば、竹中さんは「兄貴っていくつ上なの」「野球場に行ったのか、テレビで見たのか」「チームはどこ対どこ」と質問していく。

みんなの前で質問しやりとりしていくうちに、具体的なことが次々と分かってくる。それをその場でA4の用紙に書き込んでもらう。

他にも「どんな大人になってどんな職業に就きたいと思っていましたか」「今100万円あります。24時間以内に使うとしたらどうしますか」「今、どこに行って、何をしたいですか」など、様々な質問を出す。

「自分史を書くというのは、反省文を書かせるのとは違います。そんな意図はまったくなく、むしろ自分を分析し自分を知るためにインタビューさせる。それをまとめて書くことで、自分の心が明らかになります。

これは単に塀の中にいる人だけに通用するものではなく、ビジネスマンにも就活生にも生かせる手法だと思っています。

講義を受けた生徒からは『罪を犯した昔のことを思いだして反省ばかりの日々でしたが、自分にインタビューするようになって、忘れていた自分に会えました。あの日からずっと自分にインタビューしています』と感想を聞きました。うれしいですね」

●再犯者は、この4年間でゼロ!

早口の関西弁で、エネルギッシュに話す竹中さん。お笑いの会社に入って、そのお笑いを使ったツールで受刑者の前で話をするとは思ってもいなかったという。

「お笑いは、副作用のない薬。風邪薬もあれば、肩こりに効く薬もあって、しかも若い人から高齢者までを対象に、いろいろ効果があります。僕自身は笑わす仕事ではないけれど、吉本の経験から、お笑いをネタにして話せるのです。お笑いって、人をわくわくさせたり、前向きな気持ちが持て、健康にもなる。

彼らが刑務所の中で笑える時間は少ないから、少しでも前向きになれるように、みんなが知っている芸人たちの話もしながら、元気を取り戻させたい。講師は氏素性は明かさないんですが、どうも僕が吉本の人間だったってわかっとったみたいです」

教えた百数十人は、まだ一人も塀の中に戻ってはいない。

「僕は講演で『ここにおって、何が楽しい? また帰ってきたいか? 嫌やろ』とか平気で言います。『迷惑かけた人、自分の家族、みんなに詫びて、出て行ったところで生きろ。それが生きる道や』とも。

再犯しない理由は分かりませんが刑務官からは話にリアリティーがあるから、みんなが興味を持ち、社会復帰に向けて意欲が出てくるからではないか、と言われます。娑婆と刑務所どっちがいいという、損得勘定からすれば、みんな娑婆がいいはずです。

出所後は、働く場所がないから再び罪を犯す。再犯者の罪状の1位は窃盗で、出所から2年以内に戻る率が高い。働くところがあって住む場所があれば、元に戻るようなことはありませんよ。

刑務所にいる間は、収監されているキミたちのために税金を使ってるんだから、働いて、早く税金払えるようになりなさい! とも言います。コミュニケーションを上手にとって、他人にたすけてもらいなさい、これが僕の送る言葉です」

刑務所での仕事は、4年間で秋田、山形をはじめ岐阜刑務所、笠松刑務所、福島刑務所、福島刑務支所の6か所に拡大している。「やり直しをしたい」人の心に響く、お笑いを用いた講義をこれからも続けていく。

【取材協力】竹中功(たけなか・いさお)

1959年、大阪市生まれ。同志社大学法学部卒業、同大学院総合政策科学修士課程修了。

吉本興業入社後、宣伝広報室を立ち上げ、吉本総合芸能学院(よしもとNSC)の開設、プロデュース、映画『ナビィの恋』の製作に携わる。よしもとクリエイティブ・エージェンシー専務取締役等を経て、2015年退社。現在は企業の危機管理・コミュニケーションコンサルタント、広報で多くの謝罪の場を経験したため“謝罪マスター”として活動している。著書に『よい謝罪』『広報視点』など。最新刊に『他人(ひと)も自分も自然に動き出す最高の「共感力」カリスマ広報マンが吉本興業で学んだコミュニケ―ション術』(日本実業出版社)。

(弁護士ドットコムニュース)

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