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「研究成果が歪められてはならない」学術3団体がアイヌヘイトに異例声明、遺骨問題から踏み出した一歩
日本考古学協会の石川日出志会長(2026年1月/弁護士ドットコム撮影)

「研究成果が歪められてはならない」学術3団体がアイヌヘイトに異例声明、遺骨問題から踏み出した一歩

アイヌ民族に対する差別的な言動がSNSで広がる中、日本考古学協会、日本人類学会、日本文化人類学会の3つの学術団体は昨年12月、アイヌ民族の先住性を否定する“学術的根拠”があるとうたうヘイトスピーチに対し、警鐘を鳴らす声明を発表した。

声明では、150年にわたる研究の蓄積が「アイヌ民族が独自の文化・社会をもった先住民であることを明らかにしてきた」と明記。

そのうえで「研究成果が歪めて利用されることなく、一般社会において個々人が日本列島内外の人の多様性を理解し、受け入れ、尊重し合う、健全で強く安心感のある社会の実現に貢献することが、私たちの願いです」とうったえた。

明治以降、考古学、自然人類学、文化人類学は密接に発展してきたが、3つの団体が合同でこのような声明を出すのは極めて異例だ。なぜ今、発表に踏み切ったのか。

日本考古学協会の石川日出志会長に背景を聞いた。(弁護士ドットコムニュース編集部・猪谷千香)

●研究の名のもとに奪われてきた遺骨

アイヌ民族の研究が本格化したのは、明治期だ。石川会長はこう振り返る。

「東京大学を中心に人類学会が立ち上がって以来、日本の人類学は自然人類学が中心となっていきました。

縄文時代の遺跡の発掘調査もおこなっており、考古学と明確に線引きできない学問領域として発達してきました。日本列島の人類史を研究する過程で、当初からアイヌも研究対象となっていました」

明治以前のアイヌ民族は文字記録をもたない社会であり、遺物や遺構を中心に研究する考古学は有効と考えられていた。

しかし、現在の研究倫理から見れば到底許されない行為もおこなわれていた。人類学の研究者らが、アイヌ民族の墓から遺骨や副葬品を無断で持ち去り、収集していたのだ。

文部科学省の調査では、国内の大学や施設にアイヌの遺骨や副葬品が保管されていることが確認されている。遺骨は12大学に1574体、個体が特定できないものは364箱分にのぼる。

学界でも長年課題とされてきたこの問題が動き始めたのは、2000年代に入ってからだ。世界的に先住民の権利回復が大きな課題となる中、2007年には国連総会で「先住民の権利に関する宣言」が採択された。

国内でも2008年、衆参両院において「アイヌ民族を先住民族とすることを求める決議」が採択され、国として総合的な政策を整備することが求められた。2019年5月には「アイヌ施策推進法」が施行され、アイヌ民族が「先住民族」であることが初めて法律に明記された。

●遺骨問題に訪れた転機

法整備が進む中、アイヌ民族をとりまく課題の一つであった遺骨問題に転機が訪れる。2015年に政府が設置した「これからのアイヌ人骨・副葬品に係る調査研究の在り方に関するラウンドテーブル」だ。

「北海道アイヌ協会、日本人類学会、日本考古学協会が参加し、研究者が当事者として初めてアイヌの方々と同じテーブルにつくことができました。これを機に真摯に対応しようと議論を重ねました」

日本考古学協会が参加した背景には「考古学もアイヌの遺骨問題に無関係ではない」という自覚があったからだ。

「遺骨や副葬品を管理してきたのが考古学研究者だったケースも全国にあります。当事者として責任を果たす必要がありました」

2017年4月、ラウンドテーブルは過去の不適切な収集を反省し、今後の研究の在り方を示す最終報告書をまとめた。そこでは、アイヌの尊厳や権利を尊重する倫理的枠組みの構築が提言された。

その後、日本文化人類学会も加わり、北海道アイヌ協会と3団体で「アイヌ民族に関する研究倫理指針」の策定が進められている。プロセスの中で重視されたのが、遺骨問題への謝罪である。

2024年4月に日本文化人類学会、2025年12月には日本考古学協会と日本人類学会がそれぞれ謝罪声明を発表した。人類学を牽引してきた東京大学も2025年10月、公式サイトで正式に謝罪している。

●博物館を疲弊させるヘイトスピーチ

では、なぜ今回、ヘイトスピーチ問題にまで踏み込んだのか。

「ラウンドテーブルでの対話の中で、浮かんできたのがヘイトスピーチ問題でした。遺骨問題だけでなく、学界として社会に発信してほしいという声がありました」

その声は、政府のアイヌ政策推進会議(2024年7月開催)の議事録にも残っている。ある北海道の博物館関係者は、次のように語っている。

その博物館では、来館者によるトラブルはみられなかったが、2019年のアイヌ施策推進法施行、2020年の国立アイヌ民族博物館(愛称:ウポポイ)開館以降、来館者によるカスタマーハラスメントが頻発するようになったという。

「例えば『アイヌ民族なんて存在しないだろう』という極端なことを主張される来館者もおられますし、アイヌ民族の諸々の歴史を否定する意見、アイヌ民族の利権や逆差別に関する意見、個々の展示に関する差別的意見等々を言い立てる方々が数多く来館されるようになりました」(議事録より)

展示ガイドの女性解説員を取り囲み、カスハラ行為や「アイヌ民族は先住民ではない」といったヘイト発言を繰り返すケースもあった。女性解説員は精神的に不調をきたすまで追い込まれたという。

「数年前から、いくつかの博物館の現場でこうしたことが起きていまして、アイヌ文化を伝えようとする博物館本来の活動に支障が出るようになっています」(石川会長)

画像タイトル ウポポイ(2022年8月、弁護士ドットコム撮影)

●縄文時代から続く歴史の先にあるアイヌ文化

「アイヌは先住民ではない」という主張の背景には、北海道の歴史理解の問題もある。

現在の考古学では、弥生時代以降、日本列島には大きく分けて3つの文化圏が併存してきたとされている。「本州、四国、九州の文化」と「北海道の文化」と「南島(沖縄県を中心とする南西諸島)の文化」である。

本州、四国、九州では、渡来人による稲作農耕が受容され、弥生時代が幕開けする。渡来人は縄文文化を担ってきた人々と混ざり合い、「和人」へとつながっていく。

一方、北海道では縄文文化をルーツとする固有の文化が続き、弥生時代から古墳時代に並行して、縄文文化を受け継ぐ「続縄文文化」の時期に入る。

一方、5世紀頃には、サハリンから南下してきた人々がオホーツク海沿岸などに進出、「オホーツク文化」と呼ばれる独自の文化を展開した。

続縄文文化は7世紀後半、本州の影響を受けた「擦文(さつもん)文化」に受け継がれ、オホーツク文化と共存していたが、13世紀頃までには擦文文化がオホーツク文化を融合、吸収したとされる。

擦文文化では、10世紀頃から本州との交易が盛んにおこなわれるようになり、13世紀頃までには近世以後のアイヌ文化につながる特徴が明確になった。

つまり、アイヌ文化の担い手は、北海道の縄文文化にルーツを持つ人々と考えられている。

●先住性を否定する「根拠」の問題点

しかし、アイヌ民族の先住性を否定する主張の一つが、「アイヌ民族は13世紀頃に外部からやってきた」というものだ。なぜなのか。石川会長はこう説明する。

「北海道の時代区分では、アイヌ文化期が13世紀から近世までとされています。それを根拠に、以前にあった続縄文文化や擦文文化との連続性はなく、アイヌ文化は外部からやってきた集団で、先住民ではないという主張がされています。

北海道では、旧石器文化、縄文文化と続き、その後、続縄文文化を経て、擦文文化となる。その擦文文化がサハリンから来たオホーツク文化と融合、本州の和人の文化も受容して、近現代のアイヌの人々につながるという歴史が明瞭になってきています。

しかし、それぞれ『文化』と名付けられているために、まるで異なる集団が存在したかのように誤解されてしまい、その系譜がわかりづらくなってしまっているのです」

つまり、和人の歴史のように時代ごとに「弥生時代」「古墳時代」と名付けてあれば同じ集団であると理解しやすいが、北海道の場合は「文化」と呼称されているために、時代ごとに異なる集団がいたかのような印象を与えているのだ。

「本来であれば、弥生時代や古墳時代という用語と同じように、前近代アイヌ文化期といった用語のほうが適切なのではないかという意見があり、考古学界でも議論となっています」

●正しい歴史を発信することが「力」に

学術成果の一部が切り取られ、ヘイトに利用されていることに対し、学界として何ができるのか。3団体は議論を重ね、声明発表に至った。

「学界は運動体ではありません。しかし、学術成果を悪用し、非科学的な主張に組み込むことは容認できないという立場を明確にしました」

大学などで研究資料として保管されてきたアイヌ民族の遺骨は、出土地域への返還が進められている。ただちに返還が難しいものは、ウポポイの慰霊施設で受け入れている。

「謝罪も口先だけでなく、許していただいたうえで、今後の研究活動のあり方を示していきたいです」

ヘイトスピーチについても、学術的事実を丁寧に発信し続けることが必要だという。

「ヘイトスピーチは実は少数の人たちがネットで広めているものです。学術成果や歴史的事実を広く正しく伝えることが、私たちにできる唯一の力だと考えます」

人類学や考古学は、歴史の中で政治的に利用されてきた側面もある。今問われているのは、学問としての責任と矜持である。

【主な参考文献】

・「もう二つの日本文化」(藤本強著/東京大学出版会)
・「日本考古学の歩み」(勅使河原彰著/名著出版)
・「アイヌと縄文」(瀬川拓郎著/ちくま新書)
・「つながる アイヌ考古学」(関根達人著/新泉社)

この記事は、公開日時点の情報や法律に基づいています。

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