刑事事件の取り調べで黙秘したところ、検察官から「ガキだよねあなたって」などと侮辱的な言葉を投げかけられたとして、元弁護士の江口大和さんが国に損害賠償を求めた訴訟で、東京高裁(松井英隆裁判長)は2月6日、控訴を棄却した。
一審・東京地裁は、検察官の発言を人格権侵害と認めた一方、黙秘していた江口さんに56時間にわたって取り調べを継続したことは違法ではないと判断し、国に110万円の賠償を命じた。
国は控訴しなかったものの、江口さん側は違法と認められるべき検察官の取り調べが他にもあることなどを理由として控訴していた。
江口さんは、判決後に開かれた会見で、「高裁が黙秘権侵害を認めなかったことは非常に残念。納得がいきませんので上告します」と話し、最高裁で争う意向を示した。
●黙秘権侵害を主張も高裁は「違法でない」
江口さんは2018年、犯人隠避教唆の疑いで逮捕・起訴されて、一貫して無罪を主張したものの、有罪判決が確定し、弁護士資格を失った。取り調べの際に黙秘したところ、横浜地検の検察官から侮辱的な言葉を投げかけられた。
江口さん側は控訴審で、黙秘権の行使が尊重されている海外の事例などを踏まえ、「黙秘を継続する被疑者に取り調べを継続することは憲法違反である『黙秘権の侵害』にほかならない」と改めて主張していた。
しかし、東京高裁は、逮捕・交流されている被疑者が黙秘の意思を表明した場合でも、「検察官がその後に取調べのために出頭、滞留させ、その取調べを継続したとしても、そのこと自体をもって、当該被疑者からその意思に反して供述することを拒否する自由を奪うことを意味するものとはいえない」とし、黙秘権を侵害するということはできないとした。
また、検察官の言動のうち、「(江口さんの代理人弁護士に)迷惑かけないでもらいたいですよねえ。自分でやればいいじゃん」「(代理人弁護士の)評価も落ちちゃってんだから。なんだこれって。なにこの準抗告の申立書って」などの一部発言については、弁護人依頼権に照らして、「穏当さを欠くといえるものの、弁護人らの弁護活動を阻害するものとは認められない」と判示。
控訴審における江口さん側の追加主張はいずれも採用できないとして、控訴を棄却した。
●「実質的に何も判断が示されなかった」と批判
江口さんの代理人を務めた宮村啓太弁護士は、「黙秘している被疑者に対して取り調べを継続することが本当に黙秘権を侵害しないのかということについて、実質的に何も判断が示されなかった」と高裁判決を批判する。
「今これだけ色々な取り調べの問題が世間で議論されているにもかかわらず、高裁判決の応答はわずか1行で、地裁判決の判断が繰り返されただけです。
地裁判決や高裁判決が依拠した最高裁の平成11年判決は、取り調べの録音録画がなかった時代のものです。しかも、黙秘権侵害が論点になった事件ではありません。
あらためて黙秘権と取り調べの関係を議論することは絶対に必要なはずです。この高裁判決でこの議論を終わらせるわけにはいかないです」(宮村弁護士)
●「判決の言い渡し自体はものの10秒で終わりました」
同じく代理人の髙野傑弁護士は、高裁の判決言い渡しの姿勢に対して苦言を呈した。
「今回の高裁判決の読み上げは主文のみでした。理由については省略すると述べ、判決の言い渡し自体はものの10秒で終わりました。
今ようやくこの問題について社会一般の方々の興味関心が高まっている状況で、裁判所には、裁判所がどう考えているのかということを広く国民の方々に説明する職責が当然あると思います。
(主文の読み上げだけで終わったことに)裁判所がこの問題に対して、さほど興味・関心がないのではないかということを強く感じました」(髙野弁護士)
●黙秘権行使しても取り調べ続行「理不尽を強いている」
江口さんは、上告する決意を述べた上で、自身の受けたような取り調べが「行っても許されるというメッセージを社会や捜査機関に与えることになりかねない」と高裁判決を強く批判した。
「私は捜査段階で、捜査の取り調べの冒頭で黙秘権の行使を宣言しましたが、その後56時間取り調べが続けられました。そのとき思ったんです。自分が行っているのは黙秘権の行使なんだろうか、それともただの我慢、忍耐なんだろうかと。区別がつきませんでした。
そして、黙秘権の保障とは何なのだろうと思うとともに、非常に理不尽に感じました。
今、黙秘権を行使した後も取り調べが延々と続けられるというのが一般的になってしまっている。そのことは、多くの黙秘権を行使する人に対して、(自分が受けたような)理不尽を強いているということだと思います」(江口さん)