兵庫県知事選で再選を果たした斎藤元彦知事の選挙戦略について、PR会社の社長が広報戦略全般を担ったという記事を投稿したことをめぐり、公選法違反が指摘されている。斎藤知事の代理人をつとめる弁護士は11月27日、記者会見を開いて「違法性」をあらためて否定した。
この問題は、PR会社「merchu(メルチュ)」(兵庫県西宮市)の社長が11月20日付で、ネットに「斎藤陣営で広報全般を任せていただいていた立場」として、そのSNS戦略を担っていたと投稿したことから始まった。
もし、これが事実であれば、選挙運動の対価として報酬を支払うことを禁じている公選法に抵触する可能性があると指摘されているが、斎藤知事の代理人は「報酬の支払いはなかった」「選挙活動はボランティアだった」としている。
食い違いが生じている斎藤知事とPR会社社長。「今後の選挙に大きな影響を与える」と話すのは、公選法にくわしい瀨野泰崇弁護士だ。現段階で、どのような法的問題が指摘されているのかを聞いた。
●ボランティアだったら政治資金規正法違反?
——問題の発端は、PR会社社長が「私が監修者として、運用戦略立案、アカウントの立ち上げ、プロフィール作成、コンテンツ企画、文章フォーマット設計、情報選定、校正・推敲フローの確立、ファクトチェック体制の強化、プライバシーへの配慮などを責任を持って行い、信頼できる少数精鋭のチームで協力しながら運用していました」などと投稿したことにあります。
これは、「誰が中心になって選挙活動をおこなっていたのか」というところがポイントになります。
多くのみなさんがご指摘されている通り、もしも、PR会社が広報の名の下に選挙活動全般の戦略策定や運営にまでに携わっていたという評価になれば、PR会社に対価を支払ったことが、選挙活動への報酬支払いを禁じている公選法221条1項の違反にあたる可能性はあります。
——買収にあたるということですね。ただし、斎藤知事側は、PR会社に対して、約70万円を支払い、ポスターのデザイン制作やチラシのデザインなどを依頼しただけとしています。また、「社長や社員は個人のボランティアとして選挙活動に参加した」とも述べています。しかし、もしも社長や会社がボランティアで無償だったと主張した場合でも、法的な問題はないのでしょうか。
もしも、そうした無償の行為が、実質的に見て、PR会社から斎藤知事への「寄付」とみなされれば、企業による公職の候補者等への寄付を禁じた政治資金規正法にも抵触する可能性はあると思います。
——PR会社の社長は今回の選挙以前に「兵庫県eスポーツ検討会委員」(2022年)など県との関わりを持っていました。そうした立場の人物が、知事選の選挙活動に携わることに問題はないのでしょうか。
公選法第199条1項では、地方公共団体の長の選挙について、「請負その他特別の利益を伴う契約の当事者である者は、当該選挙に関し、寄附をしてはならない」と規定しています。
しかし、この「特別の利益」とは、たとえば土木事業等の請負契約をしているとか、施設の特別使用契約をしているといったような利益の規模がある程度大きい契約を想定していると考えられます。
ですので、そうした「特別の利益」と言えるような契約が、兵庫県とPR会社や社長との間にあるのであれば本条の問題は生じうるとは思います。
●ハッシュタグは「事前運動」になるのか?
——斎藤知事の再選の背景には、SNSでの支持が広がったと指摘されています。そこで、あらためて社長の投稿を確認すると、この会社が10月1日、Xなどで応援のための「【公式】さいとう元彦応援アカウント」を立ち上げて運用をスタートしたと明記しています。また、SNSで拡散されていた「#さいとう元知事がんばれ」というハッシュタグについては、社長の投稿では9月にメルチュ側が提案したことになっていますが、斎藤知事の代理人は10月に入ってから陣営で決めたと説明しました。いずれにしても、こうした動きは、告示日(10月31日)前から始まっています。問題はないのでしょうか。
公選法129条では、立候補の届出が受理されたあとでなければ選挙運動はできないとしており、立候補届が受理される前の選挙運動は禁じられています(いわゆる「事前運動」の禁止)。そこで、今回のケースでは、届出受理前のSNSアカウントの運用が選挙運動に該当するのではないかという問題が生じ得ると思います。
SNSの「【公式】さいとう元彦応援アカウント」や「#さいとう元知事がんばれ」というハッシュタグは、文言上は、「来るべき知事選で斎藤元知事に投票してください」と県知事選挙での斎藤元知事への投票の呼びかけを直接しているわけではありません。
ですので、このハッシュタグだけを形式的に見れば、これは選挙運動には見えませんし、PR会社もその点を考えてこのような表現にしていると思われます。
しかし、今回のケースでは、斎藤知事については、議会の不信任決議を受けて失職を選び、再び知事選に出馬することが、多くの人たちがわかっていたという特殊性があります。
たしかに、形式的に見れば、直接的に特定の選挙での特定の候補者への投票を呼びかける文言はありませんが、ここでいう「応援」や「がんばれ」という言葉は背景事情等を前提に読んだ場合、来るべき兵庫県知事選挙を想定し、斎藤知事の再選を「応援」、つまり投票してほしいとうメッセージは、より明確に伝わります。
今回のケースの背景事情を踏まえると、個人的な感覚ではありますが、PR会社にしても、斎藤知事の陣営にしても、まあまあ「踏み込んだ」なと感じています。
●違法か適法か、一義的に明確にならない場面も多い
——SNSを利用した選挙運動は、通常の選挙運動にくらべて経験の蓄積が浅い気がします。そうした中、斎藤知事の選挙活動中、選挙カーに乗り込んで撮影している社長の姿も目撃されて、SNSに写真がアップされています。こうした社長の行動はボランティアとして言い切れるものなのでしょうか。
斎藤知事のSNSに使うための写真撮影をしたり、街頭演説の様子をライブ配信することは、選挙運動と言われても仕方ないのかなとは思います。
そこで、これが社長個人としてのボランティア活動であると、PR会社と切り離して見ることができるかどうかという点が問題になるのですが、これについては当の本人がどういっているかではなく、実態としてどうだったのかを見て判断されてしまいます。
とはいえ、その判断もなかなか難しいとは思いますね。そして、結論がどうであれ、その結論に対しては選挙実務に携わる人々にもさまざまな意見があるところだと思います。ただ、今回は、少し脇が甘かったのは否めないかもしれませんね。
——社長が投稿したものの中に、斎藤知事自身の公式アカウントの画像があります。11月7日に投稿されたもので、投稿した本人にしか見えない「エンゲージメント」が表示されており、社長がこのアカウントを管理運営していたのではという指摘もありました。
これは社長が主体的にアカウントを運営していた可能性を裏付ける一つの証拠ということにはなるのでしょう。そうであっても、社長個人が陣営にボランティアとして入っているという前提であれば、問題があるとまではいえません。
ただそれも、形式的な話ではなく、実態としてどうだったかということが大事です。先のお話と同様に、アカウントの運営・管理を主体的におこなっていたのは誰で、その人物がどのような立場で陣営に参加していたのかということですね。
今回の斎藤知事や社長に対する公選法違反の指摘についても、捜査当局は実態としてどうだったかを調査して判断するのだろうと思います。
PR会社社長が投稿した斎藤知事公式アカウントの画像。ポストしたユーザーにしか見えない「エンゲージメント」が見える。
——今回の選挙は、SNSが主戦場となっただけに、社長の投稿はさまざまなことを示唆したと思います。
インターネットを使った選挙運動は、実例の蓄積が少なく、みなさん手探りでやっているところもあると思います。
実は、公選法が規定している選挙運動や政治活動は、みなさんが思っているよりも、違法か適法かが、一義的に明確にならない場面も多いのです。
昔からおこなわれていることで、他の陣営もやっているから、これはきっとセーフなんだろうと思いきや、厳密に考えていくと、本当はアウトなのではないかという事象もあったりします。実際の選挙実務では、各陣営は、この曖昧な公選法に悩みながら、選挙戦を戦っているのです。
他方では、そうした公選法の曖昧な部分を逆手にとった政党や立候補者が出てきているのはみなさんもご存じのところだと思います。
斎藤知事の選挙活動に対して、どのような評価が下されるのか。その結論は、今後の選挙運動に大きな影響を与えると思います。今回の兵庫県知事選はその意味でも、歴史に残るものになるかもしれません。