男子校にどんなイメージがありますか。全国の高校の中で2%ほどと超少数の男子校は、東大への進学実績が高い学校が多いことで知られています。その一方で、男子校出身者が女性との距離感をつかめないことを、教育ジャーナリストのおおたとしまささんは「男子校のアキレス腱」と呼び、特有の課題と見ています。
この男子校の弱点を克服しようと、学校が力を入れるのがジェンダーと性教育です。授業の様子を取材し、6月に『男子校の性教育2.0』(中公新書ラクレ)を上梓したおおたさんに聞きました。(ライター・国分瑠衣子)
●直木賞作家の作品から、自分たちの弱さを知る
――おおたさんは本作のため、全国の男子校に性教育とジェンダー教育の取り組みをアンケートし、特徴的な授業をする学校を取材されたそうですね。
全国といっても100校弱ですが…。43の私立校から返信があり、うち10校が「お答えできない」でした。前向きな意味での返信は全体の約3割です。
現場に行って一番印象的だったのは、今の中高生はジェンダー・バイアスについてよく理解しているなということです。先生によれば、小学生の時からそういうメッセージを受けているのでしょうねと。
一方で、勉強や大学受験へのプレッシャーは非常に大きい。おおざっぱに言えば、東大に行くことが最強の男性みたいな「成功者像」を持っているんですね。男子校に限らず学歴競争社会では、この価値観は根強いです。
生徒たちは、押し付けられる「成功者像」への反発心がありますが、一方で、従わざるをえないという価値観を内面化しています。だから先生たちは生徒のプレッシャーを和らげたいと、工夫を凝らした授業をしています。
――『成功者像』を問う授業として興味深かったのが、駒場東邦中の授業です。直木賞作家・東山彰良さんの短編を取り上げ、低学歴、地方の町、性風俗従事者を見下す感情と葛藤する、主人公の心情を読み解きます。
指導する先生は、生徒たちが大学受験に大きな苦しみを背負っていることに驚いたそうです。このプレッシャーは、日本の学歴競争社会の縮図だと気付き、自分たちの弱さや不安を否定するのではなく、受け入れることで乗り越えてほしいと思うようになったといいます。
●「バカとエロの大縄跳び」から抜け出すには
――取材成果の一部は、本書よりも先にネットメディアで配信されましたが、ある記事がネット上で話題になりました。灘高の生徒と甲南女子大の学生が、生理や性的同意についてディスカッションしたという記事です。ヤフーニュースのコメント欄に、「男子校、女子大、性教育」を揶揄するコメントが相次ぎました。
作家の白岩玄さんが、ホモソーシャル(※女性と同性愛を排除することで維持される、男性同士の癒着的な人間関係)な環境で、バカ話やエロネタで盛り上がり、その輪に加われないと仲間に入れてもらえない状況を「バカとエロの大縄跳び」と表現しました。まさに今回の騒動がそうでした。
投稿者の属性は分かりません。でも競争圧が強い社会では、勉強やスポーツといった「フォーマルな競争」で成果を出せない男性が、“バカ”を演じることで自己顕示するしかなくなる傾向があることと無関係ではないように思います。
自分の男性性に不全感を抱く人ほど、「バカとエロの大縄跳び」から抜け出せません。これを解消するためには、社会全体が偏ったジェンダー観から抜け出すことです。
●正論だけでは不十分 自分の人生への影響を教える
――性教育についてはどうでしょうか。国が定める学習指導要領には「妊娠の経過は取り扱わない」などとする、「はどめ規定」があります。でも、性暴力を防ぐためには学校で性交について教えたほうがいいという意見があります。男子校ではどこまで教えていましたか。
産婦人科医など外部講師による授業で性交について教えている学校がありましたし、不同意性交罪やデートDVは取材したほぼ全ての学校で扱っていました。灘高ではトランスジェンダーの講師を招き、多様な性について学んでいます。
特徴的なのがアプローチの仕方で、男性目線に立った伝え方をしていることです。「付き合っている彼女からデートDVを受けると嫌だよね、だから男性だって彼女にデートDVをしてはいけないよね」というように、男性を主体に考えさせます。
はなからDVは男性がするものという前提で「デートDVをしてはいけない」と言うと、まだ自己中心的な段階にある中高生は、反発を覚え、本当の学びには至らないというのが現場の先生の感覚です。
●法的観点からも解説 生徒の心にくさびを打ち込む
――法的な観点も踏まえた「妊娠と責任」について扱った授業も印象的でした。予期せぬ妊娠をして女性が産む決断をした場合、裁判所による子どもの強制認知など、男性は子どもに対する責任から逃れることはできないという先生の説明に、教室が静まり返ったそうですね。
正しい知識を正しく伝えれば、大人の責任は果たしたことになるかもしれません。でも、デートDVの授業と同じで、中高生には自分たちの人生や、生活にどう影響するのかを教えないと響きにくい。いかにして生徒の心にくさびを打ち込むことができるのかを目的にしていました。
心残りもあります。今回の取材では性愛の豊かさや、幸福感を掘り下げる授業に出会えませんでした。以前、ある男子校の数学の先生が、高3に向けて、セックスがいかに根源的で高潔な人間活動であるかを伝えているという記事を書きました。性交のリスクだけではなく、性愛の豊かさを教えることは、人と人との繋がりを考えるときに大切です。次回のテーマにしたいと思っています。