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「生みの親を探して」新生児取り違え、男性が都を提訴 「自分は何者なのかを知りたい」
「自分の顔を生みの親に見てもらえるかもしれない」と写真撮影時だけマスク外した江蔵智さん(中央)(2021年11月5日、東京都内、弁護士ドットコムニュース撮影)

「生みの親を探して」新生児取り違え、男性が都を提訴 「自分は何者なのかを知りたい」

1958年4月10日ごろに墨田区にあった都立産院で他の新生児と取り違えられた男性が、取り違えの事実と東京都の法的責任が裁判上認められたにもかかわらず、都が取り違えに関する事実調査を一切拒否しているとして、11月5日、都に対して、調査の実施や慰謝料等に基づく1650万円の損害賠償などを求めて東京地裁に提訴した。

訴状などによると、原告の戸籍上の母親が1997年に体調を崩して入院した際の検査で、それまで不明だった血液型がB型と判明。原告はA型、戸籍上の父親はO型だったため、親子関係の存在に疑義が生じた。その後しばらくしてDNA鑑定を実施したところ、戸籍上の両親ともに親子関係が存在しないとの結果が出された。

都に取り違えの可能性を伝えた上で対応を求めたものの拒否されたため、都に対して、損害賠償を求めて2004年10月に提訴。取り違えの事実や都の法的責任が認められ、計1500万円の支払いを都に命じた判決が確定した。

原告自身はその後も生みの親を探す調査をしたが個人では限界があったため、都に調査するよう再三求めた。しかし、都は判決確定後も調査を含む協力の一切を拒否したため、調査の実施を求め再び都を相手に裁判を起こした。

原告の江蔵智さんは、提訴後に開かれた会見で、「自分は何者なのか、それを知りたいです。育ての母は今日が誕生日で、89歳になりました。自分が生んだ子どもに会いたいという母の願いを一日も早く叶えてあげたい」と訴えた。

●「調査すらしないというのは非人道的」

原告側は、今回の裁判で、(1)生みの親やその相続人を特定し、取り違えの事実を伝えた上で、原告と連絡先を交換する意向の有無を調査する法的義務を都が負っていることの確認、(2)生みの親側と原告とが連絡先を交換する意向の有無の調査、(3)1650万円の損害賠償、を求めている。

請求の根拠については、分娩助産契約に基づく調査義務・損害賠償責任のほか、子どもの権利条約が定める「子の出自を知る権利」等を侵害している不法行為責任などを挙げている。

原告代理人の海渡雄一弁護士によれば、都は調査に応じない理由として「調査する根拠となる法令がない」と回答したという。

「調査を求めるにあたって、子どもの権利条約などが存在することも事前に伝えていたが、応じてもらえませんでした。

都は生みの親側にもプライバシーがあるとも主張していました。確かにそうかもしれませんが、調査して伝えた後、家族で連絡先の交換や会う会わないを決めればいいのではないでしょうか。調査すらしないというのは非人道的だと思います」

●「親戚から誰にも似てないなと言われて育った」

黒塗りの戸籍受附票を見せる小川隆太郎弁護士 黒塗りの戸籍受附票を見せる小川隆太郎弁護士

同じく原告代理人を務める小川隆太郎弁護士は、江蔵さんが自身で調査するために情報公開請求したがほとんどの情報が黒塗りだった戸籍受附票を見せて、都の対応を批判した。

「江蔵さんは、自身でできるだけのことをやるとの信念で調査してきました。しかし、このような黒塗りの戸籍受附票が示すように、個人での調査には限界があります。

都は加害者です。にもかかわらず調査に応じない。加害者の自覚がないのか、何か履き違えているのか。人権侵害したのだから、救済するのは当然ではないでしょうか」

海渡弁護士は、黒塗りのない戸籍受附票の調査は「都にしかできない」と語気を強めた。

「親を知るということは基本的人権であり、自分が何者であるかというアイデンティティそのものです。

都は、諸条約や憲法は(墨田区に対する)公用請求の要件である『法令の定める事務』を定めたものではなく、調査には応じられないとも回答しましたが、取り違えによって発生した事態を回復させることも産院の管理・運営に含まれるのではないかと思います。

今回の裁判で国を被告にはしていませんが、こんなひどいことが起きているのに、都が言うように救う手立てがない法令がないのなら、国会にも責任があるのではとも思ってます。訴訟と併せて、今回のようなケースにおける救済手段を作ることも大きな目標だと考えています。

いずれにせよ、産院の間違いによって生みの親と引き離されたときに、その生みの親を探す義務がないなんていう法的理屈はありえないと思います」

母(左)と写る幼少期の江蔵さん 母(左)と写る幼少期の江蔵さん

江蔵さんは、親戚から「おまえは誰にも似てないな」などと言われて育ったという。

「自分は何者なのか。それを知って何になるのかと思う人がいるかもしれないが、私は知りたいです。

自分で調査を始めた頃、住民基本台帳を調べて、自分の誕生日に近い方をリストアップして、約60軒ほど一人一人訪ね歩きました。

見知らぬ私の訪問に、訪ねた人は誰一人苦情や文句を言わず、快く協力してくださいました。励ましの言葉もいただきとても励みになりました。

しかし、個人情報保護の流れが強まり、同じ方法での調査もできなくなるなど、個人での調査には限界がありました。

当時の墨田区戸籍課の職員の方が『都から請求があれば(必要な書類を)出す』と言っていたのを覚えています。加害者の東京都には被害者の意見を聞いてほしいです」

今回の提訴について、東京都は「訴状が届いていないのでコメントできません」とした。

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