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地域の原状回復求める津島原発訴訟、「裁判官は新たな法解釈で臨むべき」 代理人弁護士語る
大塚弁護士(2021年8月5日撮影)

地域の原状回復求める津島原発訴訟、「裁判官は新たな法解釈で臨むべき」 代理人弁護士語る

東京電力福島第一原発の事故で帰還困難区域となった福島県浪江町津島地区の住民640人が、国と東電に除染による原状回復と、ふるさとを奪われたことへの慰謝料など約251億円の支払いを求めた「津島原発訴訟」の判決が7月30日、言い渡された。

佐々木健二裁判長(本村洋平裁判長代読)は、国と東電の責任を認め、634人に1人当たり約150万円、計約10億円を支払うよう命じる一方で、原状回復の請求については、「除染の方法が特定されていない」として退けた。原告団は、8月8日に開かれた臨時総会で控訴を決議した。

この判決をどう読むべきか。また、この訴訟の意義とは何か。原告弁護団の共同代表で、元早稲田大学大学院法務研究科教授の大塚正之弁護士に聞いた。(ライター・山口栄二)

●「ふるさとの喪失」の損害賠償基準

――今回の判決をどのように評価されていらっしゃいますか。

「評価すべき点と残念だった点があります。評価すべき点は、原告らが受けた損害の甚大性、長期性、多様性という過去に類例のない損害の実態について、判決理由で多くのページを割いて、詳しく述べている点です。

原発事故による損害の賠償を速やかに実現するために設置された原子力損害賠償紛争審査会が2011年8月に公表した中間指針によると、被災者の精神的な損害について、交通事故による入院を想定した損害論を参考にして、最初の半年間は避難生活に直面するので1人月額10万円としますが、半年も経過すれば、避難した場所で落ち着いて生活できるようになるとしてこれを月5万円に下げて、1年もたてば普通に暮らせるようになるだろうという見通しのもとで、時間が経つほどに損害が減っていくという理解によって精神的損害賠償の基準を作りました。

しかし、原発事故によってふるさとを追われた人たちの苦しみは、半年経って改善するどころか、ますます深まるのです。ふるさとに戻れない絶望感から自ら命をたった人もいたのです。そうした被害の実態に詳しく注目してくれた部分については、高く評価しています」

――しかし、賠償額は請求を大きく下回る約10億円でした。

「仙台高裁が、以前同種の訴訟で示した帰還困難区域の住民の精神的損害額は、すでに東電が支払った慰謝料にプラス150万円を上乗せした額だとする判決を意識したのでしょうか。どうしても地裁の裁判官には『高裁で破棄されないような判決を書きたい』と高裁の判断を意識してしまいがちです。

実際、判決理由中でも『プラス150万円』とした仙台高裁判決に言及しています。住民の損害について『重いものがある』と書いていながら、除染を認めないままで、結論は『プラス150万円』というのは納得できないですね」

●異例の現地調査2日も…原状回復は認められず

――訴訟の柱である「原状回復」も認めませんでした。

「この点が一番残念です。津島地区は経済水準としては豊かとは言えない地域ですが、お金を使わずに快適に暮らせる条件が整っているのです。人と人との結びつきが強く、山に入れば、山菜やキノコなどの食料がたくさん採れます。水は天然の湧き水や井戸水などで十分足りているので、そもそも地区には水道がないのです。

このような津島固有の環境が失われたことは金銭に変えることができないほどの大きな損害だから、除染が絶対に必要なのだと主張してきて、裁判所もそれに理解を示すような姿勢もあっただけに、なおさら残念です」

――具体的には、どのような姿勢ですか。

「損害の大きさを自ら直接確かめようという姿勢です。裁判官たちが現地に2日間にわたって調査に赴いて、住民の皆さんの声に耳を傾けてくれました。通常現地調査は1日だけの日帰りのケースが多いので、かなり熱心だと思いました」

●「新しい損害には新しい法解釈を」

――そもそもどのような思いから原告弁護団に参加されたのでしょうか。

「福島にいる司法修習同期の弁護士から『津島地区の住民が訴訟をしたいと言っているので協力してほしい』と頼まれて、住民の皆さんに会ってみたところ、『放射能に被曝してしてもいい。津島で死にたいんだ』と涙を流して話す方や、『お金なんかもらっても少しもうれしくない。津島にもどりたい。きれいな津島を取り戻したい』とふるさとへの強い思いを語る方ばかりでした。『こうした声を放置すべきではない』と思い、その場で受任しようと思いました」

――「原状回復」を求めることについては、初期の弁護団では意見が分かれ、十数人の弁護士が離れたとも伝えられています。それにもかかわらず、「原状回復」を請求の柱とし続けた理由とは何でしょうか。

「原状回復は法律論としては難しいことは私もわかっていました。これまで日本の不法行為制度では、名誉棄損以外では金銭賠償しか請求できないと解釈されてきました。環境を汚染されたからといっても、住民がそれをきれいにしてくれという法制度は、所有権に基づく妨害排除請求を除いては、基本的に存在しません。

しかし、原発事故による放射能汚染はこれまでの公害などとは違って100年以上汚染が続いて、住民が戻れなくなるのです。それでは津島という地域社会が固有の歴史、文化、伝統もろとも消滅してしまうのです。それをそのまま『ああ、消滅していいよ』という法解釈でいいのでしょうか。

私は元々裁判官だったのですが、裁判官として任官する前から、日照権について法曹界で議論されていました。隣に建造物が立って陽光が当たらなくなったと訴えた原告の家を裁判官が見に行って『これはひどい。何とかしなければ』と考えて従来の判例にない、例えば、隣の建物の一部を切り取るという判決をしたり、建物の建築の差し止めを命じるといった判決が出されたりして、そうした判例の積み重ねから徐々に日照権という考え方が確立しました。

【編注:1972年6月27日、最高裁が初めて日照権を認める判決を出した(昭和47年6月27日最高裁第三小法廷判決)】

それが後に建築基準法にも反映されたのです。新しい損害に対して新しい法解釈が生まれていたのです。帰還困難区域の原状回復についても、そのように何らかの新しい法解釈で臨むべきではないかと考えました」

――結果的にこのような判決にいたった原因はどこにあったとお考えでしょうか。

「裁判官としては、既存の法律論の枠内でしか考えられなかったのではないでしょうか」

●進まぬ除染、司法に求めるもの

――原発事故から10年を経た今も、国は本格的な除染技術の構築に向けた動きもしないまま、原発の再稼働を進めています。これをどう考えられますか。

「国は原発事故直後から、年間2億円の予算を計上して、除染技術を研究する事業者に一口2000万円の補助金を出す制度を作りましたが、徐々に放射性廃棄物を中間貯蔵施設にどう保存するかという研究にウェイトが移っていきました。

かつて『原発は安全だ』というプロパガンダに数兆円の費用を費やしたり、結果的に全く役に立たなかったSPEEDI(緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム)の開発に120億円もかけたりしながらも、ずっと除染技術の開発を怠ってきました。

司法が除染を義務付けない限り、国や電力会社は今後も除染に向けた努力をするとは思えません。そうなれば、不幸にも再び原発事故が起きれば、津島地区のように原発周辺の地域社会がまるごと消滅してしまう危険があるのです。東電がどれだけ高額の慰謝料を支払おうと、原告らが津島に戻ることができなければ、何の問題の解決にもならないのです」

――大塚さんは元々経済の勉強をされていたと聞きました。東大経済学部の在学中に司法試験に合格されたそうですが、なぜ、法曹を目指したのですか。

「弁護士になって、自然を収奪の対象としていくらでも奪うことができるものとしか見てこなかった近代社会が抱える諸問題の解決に取り組みたいと考えました。

しかし、私はものごとの本質をつきつめて考えることが好きなのですが、弁護士になると事件の処理に追われてじっくり考えることができなくなると修習中に感じて、裁判官の方がじっくり考えられるし、学究的な側面もあると思って裁判官になりました」

プロフィール

大塚 正之
大塚 正之(おおつか まさゆき)弁護士 弁護士法人早稲田大学リーガル・クリニック
1979年判事補任官。最高裁家庭局局付、大阪高裁判事、東京高裁判事などを経て、2009年に退官後、早稲田大学大学院法務研究科教授に就任(14年まで)。著書に「場所の哲学―近代法思想の限界を超えて―」など。

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