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離島の弁護士になって感じた人の絆 東京から「隠岐の島」、橋爪愛来弁護士のストーリー
島の人々の暮らしを支える橋爪愛来弁護士(提供写真)

離島の弁護士になって感じた人の絆 東京から「隠岐の島」、橋爪愛来弁護士のストーリー

日本海に浮かぶ島根県の隠岐諸島。島根半島の北方50キロメートルに位置し、本州からフェリーで2時間前後かかる。ひとたび海が荒れればフェリーが欠航し、「孤島」になってしまうこともある。

そんな隠岐諸島に、弁護士はたったの2人しかいない。そのうちの1人が、3年前に東京からやって来た橋爪愛来(あき)弁護士だ。

東京育ちの橋爪弁護士にとって、島での暮らしは驚きの連続。しかし、人口当たりの弁護士が極端に少ない「弁護士過疎地」にあって、彼女は、島の人たちにとってなくてはならない存在になっている。

橋爪弁護士に島での仕事と暮らしを聞いた。(弁護士ドットコムニュース編集部・猪谷千香)

●「島で弁護士をしてみたい」東京から単身赴任

隠岐諸島は、3つの島がある「島前」(どうぜん)と、隠岐の島がある「島後」(どうご)に分けられる。人口は合わせて2万人ほどで、漁業を主な産業にしている。隠岐の島には、松江地裁西郷支部があり、隠岐諸島を管轄している。

隠岐諸島はいわゆる「弁護士過疎地域」だ。全国に弁護士は約4万3000人いるが、その活動拠点は東京や大阪などの都市部に偏っている。都市部から離れた地域では弁護士が少なく、法的トラブルが起きたときに対処できないという問題がある。

そこで、日弁連などは、こうした弁護士過疎地域に弁護士を派遣する事業をおこなっている。そのひとつが、各地での「ひまわり基金法律事務所」の設立や支援だ。橋爪弁護士も2018年7月から、隠岐の島の「隠岐ひまわり基金法律事務所」で所長をつとめている。

橋爪弁護士は東京出身。隠岐には縁もゆかりもなかったのに、なぜ遠く離れた離島を志望したのだろうか。きっかけは、司法試験に合格後、司法修習に行く前に訪れた小笠原諸島だった。

「たまたま見たテレビ番組で、小笠原諸島の父島の夕日が世界で2番目にきれいだと紹介しているのを見ました。司法修習が終われば、もう長期の旅行はなかなかいけなくなるだろうなと思って、1人で旅行したんです」

父島は、東京から約980キロメートル離れており、24時間かけて船で行くしかない離島だったが、すっかりはまってしまったという。

「小笠原諸島には裁判所もなく、そもそも弁護士も士業もいません。地元の方たちと飲んだときに聞いたら、トラブルやもめごとが起きたときは、地元の有力者が間に入って解決するんだよと。

その有力者がどういう方かわからないのですが、本当にちゃんと解決できてるのかなと疑問に思いました。それで、島で弁護士をしてみたいなと考え始めました」

画像タイトル 隠岐の島と本州を行き来するフェリー(提供写真)

●スーツをばっちり着た島民が相談

島の弁護士を目指し、弁護士過疎地域に赴任する弁護士を養成する都内の事務所に就職した。1年ほど経ったころ、隠岐の島の「隠岐ひまわり基金法律事務所」で所長を募集していることを知り、思い切って手を挙げた。

当時、やはり都内で弁護士として働いている夫と結婚したばかりだったが、快く背中を押してくれた。ただし、行き先が東京からかなり離れた島であることは、想定外だったようで「びっくりしたかもしれないですね」と笑う。

そうしてスタートした隠岐の生活。はじめは驚くこともあったという。

「東京育ちだからか、最初はとにかく、夜が暗いことにびっくりしました(笑)。 事務所からの帰り道も本当に暗くて…。

それから、私自身、お酒を飲むことは好きなのですが、隠岐はお酒が好きな人が多くて、よくみんなで誰かの家に集まって飲んだり、居酒屋に行って飲んだりしています。特に夏はバーベキューすることが本当に多くて、これは少し意外でした。お酒を飲むことよりも、もっと自然を楽しんで暮らす…みたいな島のイメージがあったのですが、楽しみは東京も島も変わらないんだなと思いました(笑)」

島の人たちにとって、弁護士に相談に行くということは、決してハードルが低いものではない。

「バシッとスーツを着て相談にいらっしゃった人がいましたね。島ではスーツを着ている人が珍しいので、びっくりして『スーツでばっちりですね』と言ったら、『弁護士さんに相談するんだから、ちゃんとした格好しないと』って。私のほうはスーツではなかったのですが(笑)」

画像タイトル 「こんなお刺身が食べられます」と話す橋爪弁護士(提供写真)

●スーパーで当事者にばったり

仕事はいわゆる「町弁」と呼ばれるような、人々の暮らしに関わるものが多いという。

「離婚や相続、交通事故などの事件が多いのですが、刑事事件はほとんどないですね。平和です。

たまに事件が起きても、隠岐の島の警察署の留置施設は使われていないので、逮捕されるとフェリーでそのまま松江に連れて行かれます。国選弁護人も松江の先生が担当されるので、国選に関して、通常こちらでの仕事はありません」

一方で、多くの地方自治体が抱える高齢化問題は隠岐でも変わりはない。

「成年後見制度の利用者が多いことも特徴的でしょうか。島根県全体が全国でも高齢化率が高い自治体ではありますが、その中でも隠岐は特に高いです」

島内が狭く、スーパーで買い物をしていると、事件の当事者同士が会ってしまうことも少なくない。島ならではの悩みだ。

「私が依頼者や相手方と日常生活の中で会ってしまうことも結構ありますね。大きいスーパーが2カ所しかないので、行けばだいたい、誰かいるみたいな感じです。もう慣れました(笑)」

画像タイトル 冬はカニも食べられるという(提供写真)

●女性弁護士が島にいる意味

赴任してから3年。実は、任期は今年7月までだったところを1年、延長した。「もう少し、島で仕事をしたい」という思いからだ。

「もしも、隠岐に弁護士がいなかったら、フェリーに乗って松江まで行って、弁護士に依頼するしかない。そう考えると、どんな事件であっても、隠岐に弁護士がいるということが、島の人たちにとって少しは役に立っているんじゃないかなと思っています」

島に女性の弁護士がいる、ということにも意味があると考えている。

「そもそも隠岐は平均所得が全国に比べて低いので、たとえば離婚を考えている女性がいたとしても、経済的に余裕がある人は少ないです。ましてや子どもがいたら、季節によっては日帰りが難しい松江まで行って、弁護士に相談することは、とてもハードルが高いです。

そうしたとき、隠岐に女性弁護士がいたら、ちょっと相談したいなと思ったときに、きっと楽ですし、女性同士なので話しやすい。そういう意味でも、役に立てたのだろうなと思うことがあります」

この春、家族も増えた。別居婚が続く中、長男を出産。今は子育てしながら島での仕事に取り組んでいる。

「休んだのは、産んだ日だけでしたね。事務所の弁護士は私ひとりだけなので(笑)」

画像タイトル 隠岐では、山登りも楽しめるという(提供写真)

●「身近な人たちを助けたい」

さらに忙しくなった日々を送るが、これまで島で築いてきた信頼関係に手応えも感じている。

「あと1年、今までがんばって築いてきた島の人たちとの関係を生かして、仕事をしたいなと思っています」

子育てしていることで、逆に助けてもらうことも多くなったという。

「本当に温かみのある人が多い島です。仕事でもプライベートでも、安心感を持っています。私はもともと、東京の大手法律事務所でパラリーガルとして働いていたのですが、扱う事件は大きな企業の案件ばかりで、自分の仕事が何の役に立っているのか実感がわきませんでした。

だったら、もっと身近な人たちを助けられるようになろうと思い、司法試験を受けたのが弁護士になったきっかけです。今の仕事も、その原点につながっています」

画像タイトル 橋爪弁護士(提供写真)

【橋爪愛来弁護士の略歴】
東京都世田谷区出身。上智大学法学部卒業後、大手法律事務所に勤務。その後、弁護士を目指して首都大学東京法科大学院で学び修了、2015年に司法試験に合格した。 弁護士になってからは、東京フロンティア基金法律事務所に入所(第二東京弁護士会)、2018年7月から現職である「 隠岐ひまわり基金法律事務所」2代目所長をつとめる。

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