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作家になるため弁護士に…異色キャリアの新川帆立さん 『このミス』大賞受賞作『元彼の遺言状』の舞台裏
現役の弁護士でもある作家、新川帆立さん(宝島社提供)

作家になるため弁護士に…異色キャリアの新川帆立さん 『このミス』大賞受賞作『元彼の遺言状』の舞台裏

人気作家を数多く輩出している『このミステリーがすごい!』大賞に、最終選考委員の満場一致で選ばれた新川帆立さんの『元彼の遺言状』(宝島社)が1月8日、刊行された。

主人公は、美人で優秀だが、気が強くてお金が大好きという強烈なキャラクターの弁護士、剣持麗子。「僕の全財産は、僕を殺した犯人に譲る」という前代未聞の遺言状を元彼が残したことから、ストーリーが始まる。

麗子は依頼人と共謀して、数百億円ともいわれる元彼の遺産の分け前をねらうが、事件は思わぬ方向に転がっていき、果ては殺人事件まで起きてしまう…。

結末まで息もつかせずに読ませる「相続ミステリー」なのだが、法律を少しでもご存知の読者であれば、物語を彩る豊富な知識に驚かれるだろう。それもそのはず、著者の新川さんは、現役の弁護士でもある。

東大法学部から司法試験に合格。大手法律事務所を経て、現在は企業のインハウスロイヤーとして働きながら、作家として執筆活動もしている。そんな新川さんに、気になる作家生活と『元彼の遺言状』の舞台裏を聞いた。(弁護士ドットコムニュース・猪谷千香)

●『吾輩は猫である』を読んで小説家に

幼いころから本を読むことが好きだったという新川さん。小説家を目指すようになったきっかけは、夏目漱石の『吾輩は猫である』だったという。

「高校1年のときに読んで、『すごい面白い!』と感激して、小説家になりたいと思いました。

当時、それこそ太宰治とか芥川龍之介とか、明治の文豪の有名作品を読んでいて、どれも面白かったのですが、あまりにも暗すぎて…。『なんでそんな悩んでるの?』みたいな(笑)。

でも、『吾輩は猫である』はかわいい感じで、猫の目線で見て、笑える小説でした。今考えると、ユーモア系の小説に触れたことがなかったので感動して、『こういう本を書きたいな』と考えるようになりました」

新川さんはアメリカ合衆国に生まれ、直後に帰国。中学までは宮崎県で育ち、高校時代は茨城県で過ごした。どんな10代だったのだろうか。

「今はそんなことはないと思うのですが、宮崎県にはあまり遊ぶところがなくて、当時は都会に行きたいという気持ちが強かったですね。その後、家族の都合で茨城県に引っ越して…。茨城って、田舎と思うかもしれませんが、宮崎の人からすると、日帰りで東京に行けるから、ほぼ東京です(笑)。

中学までは県外に行くために勉強をがんばっていたのですが、高校では目標が達成されて、『やった〜!』みたいな解放された感じでしたね。いろいろなことをやろうと思って、囲碁部に入って全国大会に行ったり、物理が好きだったので、国際物理オリンピックの国内予選に出たり。興味あることにたくさん手を出して、すごい楽しい高校生活を送りました」

ちなみに、囲碁部を選んだのは、意外な理由から。

「何か部活に入ろうとしたとき、運動音痴、かつ楽器の演奏もできなかったのですが、囲碁だったらできるかなと思って…。本当はダンス部とかに入りたかった人生でした(笑)」

●経済的な理由で諦めずに済むよう国家資格を

高校卒業後は東大法学部へ。小説家志望だったのになぜ?

「なりゆきですね。ずっと、小説家になりたいという気持ちはあったのですが、文才があるわけじゃないし、すぐになれるとは思っていませんでした。小説家になるまでも結構、大変だろうなと。

その大変な中で経済的な理由で諦めずに済むように、別の仕事をしながら賞を狙っていくしかないというのが最初からわかっていたので、収入に困らない専門職につこうと思いました。中でも、国家資格があれば、作家になった後に万が一食いっぱぐれたとしてもなんとかなるなという考えがありました。

それで、当時は理系だったので医者になるために医学部に行こうかなと思ったのですが、大学の前期試験で医学部は落ちてしまいまして…。たまたま、東大の後期試験で医学部以外ならどの学部でも入学できるという枠で合格できたので、法学部に行って弁護士資格が取れれば専門職として困らないかなと思って進学しました」

後から考えると、医師よりも弁護士のほうが、自分に向いていたと思えるようになったという。

「学部を選ぶときに、本屋に行って『法学教室』という法律関係の雑誌を買ってきて読んだのですが、意外と暗記系じゃないな、考えて仕事する感じの業務だなって思いました。それならできるかなと。

今ふりかえってみると、弁護士は思考力が求められますし、個々の強さを発揮できる仕事なので…。知識と経験、先輩の言うことを聞くという体育会系のノリが求められる医師よりも向いていたと思います」

●司法修習中に麻雀のプロテスト合格

新川さんは弁護士以外にも、プロ雀士というユニークな一面を持つ。司法試験に合格後、司法修習中に最高位戦日本プロ麻雀協会のプロテストにも合格していた。

「囲碁部で麻雀も覚えたのですが、高校を卒業するころ、自分は囲碁より麻雀のほうが得意だと気づいてしまいました。

囲碁は研究しただけ成果が出ます。準備不足だと自分よりも経験のある人に絶対勝てないゲームなので、試合の当日のモチベーションが全然上がらないんですけど、麻雀は強い人にも勝てますし、逆に初心者にも負けるし、不確定性があって面白いと思うようになりました。

大学に入ってからは囲碁よりも麻雀のほうに軸足を移したという感じですね」

向いていたとはいえ、弁護士とはあまり関係がないと思われる麻雀のプロテストまで受けた理由とは?

「大学のときに麻雀をしていて、若い女の子だったこともあって、『私、麻雀やるんですよ』と言っても信じてもらえない。『彼氏に習ったの?』って反応されることがあって、毎回イラッとしていました(笑)。

自分はガチでやっているんだという気持ちがありましたので、肩書きを取ればもうそんなことは言われないかなと思いまして…。それから、司法修習中は案外、時間が取れるので、公式戦に出てプロになりました」

プロ雀士として活動したのは、司法修習期間の1年だけ。弁護士登録後は、大手法律事務所に入所し、弁護士のキャリアを積んでいったという。

画像タイトル 『このミステリーがすごい!』大賞を受賞した新川帆立さんの『元彼の遺言状』(宝島社提供)

●腹黒なボス弁に、お人好しのマチ弁

そうした弁護士としての法律の知識や法曹界での経験が、推理小説としての『元彼の遺言状』の骨格を支えている。

「もともとは、ファンタジー小説を書こうと思っていたのですが、通っていた小説教室の先生から、『自分の身近なことを深く書けるようになってから、ちょっとずつ自分と違うものや架空のものを書けるようになっていけばいい』と教えていただいて…。

じゃあ自分と同じ年ぐらいの女性が主人公の弁護士ものを書こうと決めました。弁護士ものであるからには、法律を使ったミステリーである必要があります。そうすると、遺産相続や遺言がいいんじゃないかな、ということを2019年の夏ごろから考えていました。

ちょうど構想を練っていたときに、3代前の元彼から突然連絡が来て、『なんでこんな昔の人が連絡してくるの?』と。その心理が面白いと思って、元彼の遺言状という着想を得ました」

『元彼の遺言状』には、麗子以外も個性的な弁護士たちが登場する。麗子の勤めている大手法律事務所の創設者で、一見紳士的だが腹黒なボス弁。麗子いわく「ボロっちい事務所」を長野県で営み、お金にならない仕事に尽力するお人好しのマチ弁。いずれも実在しそうなキャラクターばかりだ。

「実際のモデルはいないのですが、こういう人がいたら面白いな、と思いながら書きました。麗子が弁護士として成長していった最終形態みたいなボス弁だったり、お金が好きな麗子との対比としてのマチ弁だったり。麗子と良い化学反応を起こしてくれるようなキャラを周囲に配置しました」

作中には重要な小道具として、日弁連が会員向けに発行している機関誌『自由と正義』も登場する。落ち込んで仕事を休んでいた麗子がふと手にする場面が描かれている。

「私が大手法律事務所にいたときは忙しかったので、最後のほうに載ってる懲戒処分の欄だけ、『こんなことして懲戒処分受けた弁護士がいるんだ』と思いながら見る程度でした。

ただ、働きすぎで体調を崩して休んでいたときは時間があったので、『自由と正義』をほぼ全部、読んでしまって。その自分の経験をもとに、麗子も落ち込んだときぐらいは読むかなと思いました」

●働く女性が元気になる作品に

『元彼の遺言状』を読み始めると、まず麗子の強烈なキャラに驚かされる。彼からプレゼントされた小さなダイヤの指輪は突き返し、目先のはした金には目もくれず、元彼が残した多額の遺産を一気にねらう。

しかし、なぜか目が離せない。やがて物語が進むと、仕事や家族のことで壁にぶち当たりもがきながらも、まっすぐに進もうとする麗子の姿に惹きこまれていくのだ。

主人公の麗子について、新川さんはこう語る。

「『風と共に去りぬ』のスカーレット・オハラのような強く癖のある女の子を描きたいと思って話を考えました。

ミステリーもそうですし、こういうお仕事系の小説は、男性はメインキャラでたくさん登場しますが、女性はお飾りのサブキャラみたいな役割で、だいたいが全員、美人ですよね。あれに腹が立っていて(笑)。

自分が仕事して、疲れて帰宅して本を読むときに、そういう扱いを受けている女性キャラがいると萎えていました。自分としては、世の中を見渡してみても女性は普通に活躍していますので、そういう女性を書きたいと。

読んでくれた人が元気になって、また明日も働こうっていうふうに思ってもらえたらいいなと思っています。特に頑張ってる女性に読んでほしいですね」

麗子と働く女性としてのご自分が重なることはあるのだろうか。

「私は、自分と麗子は違うと思っているのですが、先日、この作品を読んだ夫が、『これってあなただよね』と言ったので、びっくりしたんですよ。私はこんなに強欲じゃないと自分では思っているんですけれど(笑)。

ただ、私がこういうタイプの子だったら、もっと弁護士としてバリバリ活躍していたかなという憧れの姿みたいなのを投影しているところはありますね。

この作品は、ミステリーではあるのですが、弁護士としての成長物語という側面もあります。今後は、麗子を少しずつ成長させていきたいです。

多分、お金が好きっていうところは変わらないと思いますが、他人に対する共感力や、異なる立場の人を理解するとかいうところを今後は成長させたい……なんか面談みたいになりましたね(笑)」

現在、シリーズ次回作を執筆中という。「次回作も面白いと言っていただけるものを書きたいです」という新川さん。次はどんな事件が待っているのか。麗子弁護士の活躍に期待したい。

【新川帆立さんプロフィール】

1991年2月生まれ。アメリカ合衆国テキサス州ダラス出身、宮崎県育ち。高校時代は茨城県で過ごし、東京大学法学部に進学。司法試験に合格後、司法修習中には最高位戦日本プロ麻雀協会プロテストに合格。1年間だけプロ雀士として活動した。2017年1月に弁護士登録。弁護士としても活躍している。

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