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1997年の「セクハラ裁判」画期的判決、「強姦神話」と弁護士はいかに戦ったのか
原田弁護士

1997年の「セクハラ裁判」画期的判決、「強姦神話」と弁護士はいかに戦ったのか

「被害者が嫌なら必死で抵抗するはずだ」「事態を招いた責任は被害者の言動にある」ーー。こうした強姦に関する誤った通説を「強姦神話」と呼ぶ。

「司法の場でも確かに強姦神話が根強くあった」。そう振り返るのは、セクハラ(性的嫌がらせ)を理由とした日本初の民事裁判「福岡セクハラ訴訟」の代理人で、その後数々のセクハラ(性暴力)事件を担当してきた原田直子弁護士だ。

さかのぼること21年前の1997年6月25日。熊本地裁で、性暴力被害者の心理状態について、専門家の見解に基づいて判示した画期的な判決がでた。当時、原告女性の代理人を務めた原田弁護士含む女性協同法律事務所の弁護士達は「裁判に勝っていかないと、性暴力被害者に対する正しい理解が広まっていかないという意識があった」と振り返る。(編集部・出口絢)

●「関係を継続している被害者」の存在

この事件は、原告である実業団のバドミントン部の女性選手(当時23)が妻子ある男性役員(当時39)からホテルで強姦され、その後も男性が関係を強要したため、一回きりではなく半年ほど関係が継続していた事案だった。

「このような関係だと、合意があったのではないかと思われかねないという不安がありました」。

そこで、弁護団は被害者の心理状態について、専門家に話してもらうことを決めた。

「最初に断れないような権力関係のなか、本人にとって不快な関係を強いられ、さらにその関係が続き回数を重ねて行くと、被害者は『もう無駄だ』と諦め抵抗しなくなります。そうすると、当時のそれまでの性暴力に関する裁判では『初めから同意があった』とみなされるものでした。

この事件を受任する前から、性暴力に関する相談を受ける中で、このように関係を継続している被害者がいることは感じていました。なぜ断れなかったのか。嫌だったのになぜ関係が継続したのか。意見書を出すとそれで終わりとされかねないので、あえて意見書を出さず、専門家を証人尋問してもらう形をとりました」

●男性に300万円の慰謝料支払いが命じられる

男性側の主張は、以下のように「強姦されたら、普通、被害者は日常生活に戻れない。その後も性的な関係があったのは合意があったからだ。被害者の行動から、強姦ではなかったことは明らかだ」という趣旨のものだった。

(1)強姦という衝撃的な事件があった日を特定できないのは不自然

(2)強姦があったとすれば、その衝撃から立ち直るのに多少とも時間が必要である

(3)強姦されたのであれば、男性を憎悪し恐れるものであり、その後も性関係を継続するのは強姦の事実に疑問がある

(4)最初に強姦されたとする日から約3年を経て訴えを提起したのは、常識的にありえないのではないか

これに対し、裁判所はフェミニスト・カウンセラーの井上摩耶子さんの尋問などから、男性側の主張を否定した上で、次のように被害者(女性部員)の対応は、一般の強姦の被害者の行動と矛盾しないものだと認定した。

一般的に強姦の被害者は、

・自分が恥ずかしいと感じ、自分にも落ち度があったのではないかとの思いから自責の念を募らせ、自己評価を低下させる傾向がある

・恥ずかしさに加え、合意の上ではないか、落ち度があったのかではないかと疑われることで、かえって自分自身が傷つくかもしれないと恐れる

・自分が被害者であると認めたくないとの思いもあって、警察への届け出をためらうことが多い

男性側の主張に対しては、

(1)強姦によるショックが非常に大きいため、心因性の健忘により記憶が断片的になっているので、被害の特定を特定できない

(2)被害の翌日から何事もなかったように練習や仕事をして日常生活を送っているのは、被害の事実と直面を避け、ショックを和らげるための防御反応

(3)男性が愛情があって強姦したのであれば、単なる暴力的な性のはけ口として強姦した場合よりは救いがあると考え、「結婚したい」などという男性の言葉を信じようとし、性関係を継続したにすぎない

(4)必死に忘れようとしたが、いくら時間が経過しても忘れられず、何も解決しないままだった。精神的に支えてくれる人々と出会い、励まされて、裁判提起を決意した

などの事実を認め、「原告の言動には格別不自然、不合理な点はなく、むしろ性的な被害者の言動として十分了解が可能であり、自然なものであるということができる」と主張を退け、男性に300万円の慰謝料支払いを命じた(福岡高裁で和解が成立して終結している)。

●性暴力被害者特有の行動を基準に

この熊本地裁判決をきっかけに、性暴力に関する事件で被害者の事後的な対処行動に関する研究が証拠として提出されるようになった。すると、1審で原告側が敗訴していても、控訴審で逆転勝訴の判決が言い渡される事件が相次いだ。

例えば、男性上司が女性部下に繰り返し身体的接触を行なっていた「横浜セクハラ事件」(平成7年3月24日横浜地裁判決)。1審は「上司のなすがままにされていたこと自体が考え難い」などとし、被害者の供述は「不自然で信用性がない」と請求を棄却した。しかし、控訴審では、強姦や強制わいせつ被害者の行動についての研究が取り入れられ、女性の供述の信用性が認められた結果、女性が逆転勝訴した(平成9年11月20日東京高裁判決)。

また、大学教授が女性の研究補助員に対し、ホテルで胸を触るなどのわいせつ行為をした「秋田県立農業短期大学事件」(平成9年1月28日秋田地裁判決)。1審は女性が抵抗していないことや、女性の行動が冷静な態度であるとしてセクハラの存在を否定。女性の訴えを退け、男性からの女性に対する名誉毀損の訴えを認めた。

しかし、控訴審では「性的な被害を受けた人々の行動に関する諸研究によれば、逃げたり、声を挙げたりすることが一般的な抵抗であるとは限らない」と性暴力被害者の行動についての研究が判示され、高裁で逆転勝訴している。

原田弁護士はこうした裁判例の登場について「裁判官の判断は多くの人の行動を標準化した『経験則』に従ったものでなくてはなりませんが、裁判における一般人とは男性ないしは男性が考えた女性像だったのです。性暴力に関する事件でも、男性が考えた「性暴力に直面した女性像」を『一般人』として形式的に当てはめていたのです。当然、その背景には強姦神話がありました」とよむ。

「1998年くらいまでは、性暴力を訴える原告側が負けている事件もあった。次第に『被害を受けた女性や支配従属関係に置かれた女性がどう思うか』は、実証的な調査で明らかになった性暴力被害者特有の行動を基準にすべきだと変わってきました。

一方で被害者100人いれば100人行動が違う。具体的な行動を被害者心理の一般論にどう当てはめるかは難しいところです」

最近も様々なセクハラ裁判が起こされているが、今もこの被害者心理をめぐる解釈は裁判の中で重要なポイントとなっている。

●匿名で訴えても変わらない「もどかしさ」

あれから約30年。ハリウッド発のセクハラや性被害を告発する「#Metoo」運動が日本でも注目されるようになった。だが、原田弁護士は「実名で告発しないと世の中が変わらないということではないか」と一歩引いた目線から見る。

思い出すのは、前財務事務次官によるセクハラ問題を巡る財務省の対応だ。麻生太郎財務相は4月17日、女性が名乗り出なければ事実認定をしないのかと問われ「一方的な訴えは、取り扱いのしようがない。本人が申し出てこなければどうしようもない」と話した。

「被害者が実名で告発することについては未だ悩ましいところです。匿名で告発しても、まともに受け取ってはくれない場合もあります。しかし実名で訴えた後に不利益がないかどうかはわからない。

実名で告発する人も出てきたことは、世界が少し変わってきたということの表れ。それでも被害者の側が様々なリスクを背負う状況は30年前とは変わらず、もどかしさは残っているように思います。

セクハラというのは性差別です。この性差別の構造がなくならない限り、本当の解決はないし、次々と明らかになる政治家の差別的言動をみると、女性が輝く時代はいつ来るのかと思ってしまいます」

(弁護士ドットコムニュース)

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