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「私はヒ素を飲んでいた」再審請求棄却の林眞須美死刑囚の夫・健治氏が訴え続ける理由
和歌山市の自宅で取材に応じた林健治氏

「私はヒ素を飲んでいた」再審請求棄却の林眞須美死刑囚の夫・健治氏が訴え続ける理由

1998年7月に夏祭りで提供されたカレーにヒ素が混入され、67人が死傷した和歌山カレー事件で、和歌山地裁は3月29日、無実を訴えている林眞須美死刑囚(55)の再審請求を棄却した。弁護団はこれを不服として大阪高裁に即時抗告したが、林死刑囚が今回の再審請求決定で、カレー事件だけではなく、夫の健治氏(71)に対する殺人未遂事件についての無実の訴えも退けられたことは意外に知られていない。

裁判の認定によると、健治氏と共謀して保険金詐欺を繰り返し、この間に健治氏にも死亡保険金狙いでヒ素入りの「くず湯」を食べさせたとされる林死刑囚。確定判決では、このようにカレー事件以前に人にヒ素を使っていたこともカレー事件の犯人である根拠に挙げられている。

もっとも、ヒ素中毒とみられる症状で何度も病院に入院していた健治氏は、「ヒ素は眞須美に飲まされたのではなく、自分で飲んでいた」と法廷の内外で語っており、少々複雑だ。被害者であるはずの夫がなぜ、加害者であるはずの妻をかばうのか。健治氏に真意を聞いた。(ルポライター・片岡健)

●「嘘をついてまで、かばうわけがない」

「裁判所は、なんとしても眞須美をカレー事件の犯人にしとかんとあかんのかな。少なくとも『くず湯事件』に関しては、被害者にされとるワシが再審請求の際に『ヒ素は保険金をだまし取るために自分で飲んどった』という陳述書も提出してるんや。これほど明らかな無罪の証拠はないはずやけど」

林死刑囚の再審請求が退けられたことについて、健治氏は和歌山市の自宅でそんな感想を口にした。

カレー事件が起きた当時、無職なのに、林死刑囚や4人の子供と事件現場近くの大きな家で暮らしていた健治氏。林死刑囚と共に保険金詐欺を繰り返していた疑惑を連日、大々的に報道されていたのをご記憶の方も多いだろう。

健治氏は林死刑囚の裁判で被害者と認定された一方で、林死刑囚と共謀して約1億6000万円の保険金詐欺をはたらいたとして懲役6年の判決を受けて服役。出所後に脳内出血で倒れ、左半身が麻痺したため、現在はデイサービスを受けながら一人暮らしをしている。

――健治さんは、眞須美さんの控訴審でも「ヒ素は自分で飲んでいた」と証言しています。その時も判決で「妻をかばうための嘘」であるかのように言われて信用されませんでした。

そんなアホな、と思うたな。いくら妻でも、自分にヒ素を飲ませた人間を嘘をついてまでかばうかいな。ワシがほんまに眞須美にヒ素を飲まされてたら、むしろ死刑執行を願うやろ。

――気づかないうちに眞須美さんにヒ素を飲まされていた可能性はない?

ワシは20回以上、ヒ素中毒で入院してるんや。それだけ何度もヒ素を盛られ、気づかんわけがない。ヒ素を飲んだら下痢も嘔吐もすごいんやから。そもそもヒ素は耳かき一杯の量で人が死ぬ猛毒やから、眞須美がワシを殺そうとヒ素を盛ってたんなら、そんなに何回も殺しそこなうはずがない。ワシは自分で加減しながらヒ素を飲んでいたから、生きてるんや。

「くず湯事件」についても、ワシが自分で「抹茶かたくり」という食べ物にヒ素を入れて飲んだというのが真相や。眞須美の裁判ではワシの他にも1人、知人の男が眞須美に死亡保険金狙いでヒ素を飲まされたことになってるけど、その男もほんまはワシの真似して保険金詐欺をやろうと自分でヒ素を飲んでたんやから。

●「眞須美にオムツを替えさせた」

――元々、ヒ素を飲んで保険金詐欺をやろうと思ったきっかけは?

カレー事件の10年ほど前にシロアリ駆除の仕事をしてた頃、仕事で使っとったヒ素をちょっと舐めてみたのが最初やった。それ以前にある人から「ヒ素は猛毒やけど、毎日少しずつ飲めば、免疫が強化されて健康になるんやで」と聞かされていて、試してみたくなったんや。そしたら嘔吐や下痢がどえらいことになって。入院したけど、手足もしびれて、握力が20なんぼしかない状態になった。そんな折、保険外交員をしとった眞須美のお母さんから「保険には、死亡保険金と同額をもらえる高度障害保険金っていうのがあるんよ」と聞かされて、それを狙おうと思うたんや。

――で、高度障害保険金をどうやってだまし取った?

医者に「両手足が一切動かず、終身介護を要する」という内容の診断書を書いてもらい、保険会社に保険金を請求したんやけど、そのためには病院で入院中、手足が一切動かんように振る舞わんとあかん。そこで入院中は眞須美に付き添わせ、ワシが寝返りを打ったのに看護婦が気づいたら、「体勢が苦しいと主人が言うんで、私が体の向きを変えたんです」と言わせたり、看護婦の前でワシのオムツを替えさせたりもしたな。

それで2億の高度障害保険金を手にして以来、ワシはヒ素を舐めて入院し、保険金をだまし取る詐欺を繰り返すようになった。裁判では、1億6000万円をだまし取ったことにされたけど、実際には8億くらい取ってるはずや。

――ヒ素を飲まず、病気の演技をするだけではダメだった?

病院では、血圧測定、筋電図、MRI、血漿交換・・・と、あらゆる検査、治療をされるから、まったくの仮病でだまし切るのは無理や。ヒ素を飲んでおけば、病院はいつもいくら調べてもワシの嘔吐や下痢の原因がわからず、急性腸炎ということにされてたな。

●「眞須美がマスコミに水をかけたのもワシの指示」

――夫婦で保険金詐欺をする時の眞須美さんの役割は?

眞須美は保険外交員をやってたんで、保険の契約や保険料の支払い、保険金の請求など主に事務的なことをやってたんや。主犯はワシやろな。だまし取った保険金はほとんどワシが使ってたし。眞須美も旅行に行ったりしてたけど、ワシは競輪に1回につき1000万とか2000万持って行ってたから。最初にだまし取った2億なんて半年でなくなってたな。

――事件発生当初は、眞須美さんが自宅を取り囲んだ報道陣にホースで水をかける映像がテレビで繰り返し流されて健治さんより目立っていましたが?

ワシは亭主関白やったんよ。女に出しゃばられるのが大嫌いで、眞須美にもそういうことは許さんかった。眞須美がホースでマスコミの人らに水をかけたのも、ワシが「あいつら頭がゆで上がってるから、水でもかけてやれ」と指示したからやったしね。

●「離婚届が7回送られてきた」

――健治さんは眞須美さんの一審に証人出廷した際には、自分でヒ素を飲んだと証言していませんでした。本当にそうなら最初から話すべきだったのでは?

取り調べの時から担当の検事が、ワシが眞須美にヒ素を飲まされたと決めつけていて、話す機会がなかったからね。追及もされていないのに、自分から進んで、「ヒ素を飲んで保険金詐欺をしていました」とは言わんよね。

ヒ素を飲んでいたことを打ち明けたのは、服役していた滋賀刑務所まで眞須美の弁護士さんたちが面会に来て、「健治さん、本当のことを言わんと、眞須美さんが死刑になってまうで」と言われたからやった。一審では黙秘していた眞須美が、控訴審では本当のことを話していると聞かされて、ワシも本当のことを話すことにしたんや。

――今、眞須美さんとの関係は?

ワシは今、体が不自由なんで、眞須美のいる大阪拘置所までなかなか面会に行けへんのやけど、眞須美からは「寂しいから、はよ拘置所の近くに引っ越してきて、面会に来てよ」という手紙がたまに届いてるな。それでも面会に行かないでいると、次は離婚届が届くという繰り返しで、離婚届はもう7回送られてきてる。

逮捕されて19年になるんで、眞須美も大変なんやと思う。世間の人らがあまりにも事件の本当のことを知らんので、ワシもこれからは遠慮せず、本当のことをどんどん訴えていこうと思ってるよ。

【和歌山カレー事件の経緯】1998年7月、和歌山市園部で地域住民が開催した夏祭りで、カレーを食べた67人がヒ素中毒に陥り、うち4人が死亡した。和歌山県警が殺人事件とみて捜査を進める中、カレーの見張り番をした主婦の1人だった林死刑囚が夫の健治氏や知人男性にヒ素を盛って保険金詐欺を繰り返していた疑惑が浮上し、県警はそれを突破口に林死刑囚をカレー事件の容疑で検挙した。林死刑囚は無実を訴えたが、裁判では2009年、状況証拠のみで動機も解明されないままに死刑が確定。

再審請求後、弁護団は「林死刑囚周辺で見つかったヒ素と現場で見つかったヒ素は異なる」とする京都大学・河合潤教授の鑑定書を和歌山地裁に提出していたが、地裁は今年3月、「有罪認定に合理的な疑いを生じる余地はない」と請求を棄却した。弁護団は大阪高裁に即時抗告した。

(弁護士ドットコムニュース)

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