昨年11月、弁護士ドットコムニュースは「『当局にグリップされている』元警視庁担当記者が明かす取材の舞台裏 “前打ち“報道で解禁時間がそろう背景とは」というタイトルの記事を掲載した。
すると、あるマスコミの記者から「警視庁捜査2課では『裏レク』がありました」と情報提供があった。詳しく話を聞くと、警察が報道機関を操ろうとする方法の一端が見えてきた。(弁護士ドットコムニュース・一宮俊介)
●情報提供のきっかけは昨年11月の記事
まず最初に、2024年11月に掲載した記事の概要をおさらいする。
警視庁が扱う事件のニュースの中には、当局が公式に発表していないにもかかわらず、新聞やテレビが同じ内容の情報を同時刻に一斉にネット配信するケースがある。
それらの記事は「捜査関係者への取材で判明した」というように取材源がわからない形で書かれ、報道各社による独自取材の結果として報じられている。
多くは「警視庁が⚪︎⚪︎を再逮捕する方針を固めた」といったニュースで、報道関係者の間では「前打ち報道」と呼ばれるものだ。
この1年間で確認できたものを具体的に挙げると、東京都台東区の夫婦が娘らを殺害した疑いが持たれている事件や、品川区の住宅で母子4人の遺体が見つかった事件がある。
各社の独自取材による報道なのに、報じるタイミングが複数の社でぴったりと一致するのはあまりにも不自然だ。
警視庁の記者クラブに所属したことがある記者たちに尋ねたところ、各社が独自に取材して得た情報の裏付けを取るために警視庁幹部に確認する際に、記事の配信のタイミングを指定されることがあるようだった。
捜査機関とのこうした“取り引き”について、記者たちの間では「当局にグリップされてしまっている」「警視庁の記者はコントロールされている」と問題視する声がある一方、「一概に悪いとは言えない」「記者個人では打開できない」」と葛藤する様子も垣間見える。
東京・台東区の事件で各テレビ局が報じた「再逮捕へ」の記事の多くで配信時間がそろっていた
●当局が選んだ記者に発表前の捜査情報を伝える「裏レク」
2024年11月の記事配信後、記事を読んだという現役のマスコミ記者から匿名を条件に次のような情報が寄せられた。
<私は以前、警視庁を担当していましたが、記事の中に出てくるような例は確かに多々ありました。 捜査2課では、当局側が選んだ報道機関の記者を課長が呼んで発表前の事件についてレクチャー(説明)する「裏レク」という悪習がありました。 裏レクで聞いた内容を踏まえて原稿を書き、掲載前に当局に確認してもらうこともありました>
この記者によると、「裏レク」には事件報道に強い特定の会社が選ばれ、警視庁の記者クラブに所属する全ての報道機関に平等に機会が与えられていたわけではなかったという。
ただ、実際にどの会社の記者が裏レクを受けているかはその時はわからず、時間が経って各社の報道を見比べた後で「あの社も裏レクに呼ばれていたのだろうな」と想像することしかできなかったようだ。
裏レクの存在を知らない記者は、裏レクを受けた社が報じた“スクープ”を慌てて追いかけることになる。
情報提供をしてくれた記者は、捜査当局の狙いがここにあるとみている。
というのも、メディア内部では他社の記者が把握していない当局の捜査情報はスクープとみなされやすく、その分紙面や番組で大きく取り上げやすくなることがある。
そのため、一部の報道機関に発表前の捜査情報を提供すれば、全社に対して同時に発表するよりも大きな扱いで報じられる可能性が高まり、それを後から追うメディアにも通常より注目してもらえるという狙いが当局側にあるのではないか、という見立てだ。
警視庁(リュウタ / PIXTA)
●裏レク発の“スクープ”を追いかける他社
裏レクがあったとされる事件について、数年前に報じられたニュースを調べてみた。
すると、捜査2課が関わった事件で、発表前の捜査情報が「捜査関係者によると」という表現で報じられている記事を複数確認できた。
そして、それらの報道があった翌日には他の報道機関も比較的目立つ場所に記事を掲載しているケースが多かった。
「殺人や性犯罪を捜査する1課の事件とは違って、2課が扱う事件は地味なものが多い。だから、裏レクをすることで『2課がこの事件を捜査したんだ』と社会にPRしたいのかもしれません。
それに、メディアが独自に取材することで捜査を妨害されるより『ネタをやるから黙っておいてほしい』という気持ちもあると思います」
裏レクが行われる理由について、前出の記者はそう推測する。
新聞社や通信社が独自に報じた「再逮捕へ」の記事。配信のタイミングがなぜかそろっている
●別の記者「メディアと当局の利害が一致している」
「裏レク」とまではいかないものの、似た話は、別の会社で警視庁捜査2課を担当したことがある記者からも聞けた。
この記者によると、捜査2課ではほぼ毎日、「個別レク」と呼ばれる、庁舎内で課長に個別で取材できる機会が設けられていたという。
個別レクについては、昨年11月の記事で捜査1課でも実施されていることを紹介したが、各社の担当記者は個別レクの際に独自に取材した情報の裏付けを取ろうとしたり、検察官送致のタイミングを確認したりするとされる。
捜査2課への取材経験があるこの記者によると、個別レクで捜査情報を教えてもらえることがあり、それを独自報道(スクープ)として報じたことがあったという。
この時、記事になる前の原稿を確認させるよう当局側が記者に求めてくることがあったといい、この記者は「さすがにそれは断ったが、原稿の概要を簡単に書いたメモのようなものを見せてその場で回収することはあった」と打ち明けた。
「その時々で“特ダネ”を報じる社が違っていたので、個別レクで課長が捜査情報を伝える社は課長の気分によって違ったのではないか。そうやってメディアをグリップ、コントロールしてくる」
警視庁捜査2課でのこうしたメディア対応が今も続いているのかは不明だが、他社との激しい競争にさらされる中で葛藤しながら取材を続ける記者がいることは確かなようだ。
スクープを放って評価される記者、報道のされ方に影響を与えられる捜査当局ーー。
両者の関係をこの記者は「利害が一致している」と皮肉混じりに指摘する。
写真はイメージ(Ystudio / PIXTA)
●「我が身可愛さで言えず」 悔いる記者
今回、現役の記者が裏レクの存在を証言してくれたのは、警視庁の担当をすでに外れていることが大きいようだった。
「当時からこのやり方はおかしいのではないかと思っていました。でも、我が身可愛さに問題提起することができませんでした。
私たちの仕事は基本的に権力を監視すること。でも、今は逆に報道機関が権力に管理されています。裏レクのようなことはなくすべきです。
でないと、組織内部の問題などを告発したいと思っているような正義感のある方が我々報道機関にタレコミをすることはなくなってしまうと思います」
●警視庁「お答えする立場にない」と回答
捜査2課の「裏レク」について事実の確認や見解を求めようと、弁護士ドットコムニュースは昨年12月26日、警視庁に取材依頼文を送った。
2024年1月23日に返ってきた回答は次の通り。
「報道機関が行う取材や報道については当庁としてお答えする立場にありません」