SNSや掲示板で勧誘されて、凶悪犯罪の実行犯となる「闇バイト」が大きな社会問題となっている。警察はトクリュウ(匿名・流動型犯罪グループ)と位置付けて捜査を強化しているが、すぐにおさまる気配はない。
このような状況の中、「ルフィ」や「キム」などと名乗る指示役のグループによる一連の広域強盗事件で、実行犯の一人とされる加藤臣吾被告人(26)が強盗致死や強盗傷害などの罪に問われている。
11月13日、東京地裁立川支部(岡田健彦裁判長)で、2022年12月に起きた広島市内の強盗傷害事件で被害を受けた70代女性が、当時の様子と、50代息子の後遺症について証言した。(ライター・渋井哲也)
●指示役「じゃんじゃん、やっちゃってください」
起訴状などによると、加藤被告人は、東京・狛江市の住宅で90歳女性が殴られて死亡した事件(2023年1月)や、広島市にある高級時計店から現金などが奪われた事件(2022年12月)など、3つの事件に関わったとして、強盗致死や強盗傷害などの罪に問われている。
いずれも「ルフィ」や「キム」などと名乗る指示役の指示を受けて犯行に及んだとされる。このうち広島の事件では、買取専門店の店舗兼住宅に押し入って、現金や腕時計など約2700万円相当を奪った疑いがある。
事件当日、加藤被告人らはJR広島駅に集合して顔合わせをしていた。メンバー全員が集まったとき、その一人に「キム」からテレグラムの通話がかかってきており、スマートフォンのスピーカー機能で、運転手を除くメンバーが指示を聞いていた。
「家にいるのは、老夫婦とその息子の三人。広島まで来て、帰る選択肢はない。家の前に誰かがいても行くように」「殴ったりしなければ、報酬はありません。じゃんじゃん、やっちゃってください。ただし、殺さないように」という恐ろしい内容だった。
●被告人は「宅配便」を名乗って押し入る
「キム」はグループを二つに分けた。Aチームは時計を奪い取る。Bチームは家人を制圧する。宅配業者を装う一人として加藤被告人が選ばれた。このとき「ルフィ」は運転手と通信している。
店舗兼住宅には、女性と夫、そして50代の息子が三人で暮らしていて、当時、三人とも家の中にいた。「食事が終わり、食器を洗おうとしていると、インターフォンが鳴りました」(女性)。
女性が二階から一階の玄関のほうを見ると、男二人が段ボールを持っていた。
一人は「宅配便です」と名乗った。女性は荷物の受け取りについて心当たりがなかったが、「お金は要りますか?」と尋ねると、その男は「要りません」と答えた。女性はボールペンだけ持って一階へ向かった。
玄関の土間でサンダルを履き、扉を少し開けた。二人の男が同じダンボールを持っていた。このうちの一人が加藤被告人で、やや後ろに立っていた。もう一人の男が足を入れて、扉が閉まらないようにした。
「ドアを閉めようと思ったんですが、どうすることもできませんでした。最初の人が押さえ込んでいると思いましたが、刑事さんに聞いたら、後ろの人(加藤被告人)でした」(女性)
その後、女性は足を踏まれ、男が押し入ってきた。
「足を踏まれたまま、土間に倒されて、背中と後頭部を打ちました。仰向けで寝かされていました。記憶にはないのですが、背中に青あざができていました」
女性は二階に向けて「宅配便じゃない。泥棒じゃけ!」と叫んだ。そのとき、他のメンバーたちが家に入り、二階へ上がっていった。
「手で、口と鼻を押さえられていました。感触は人間の手ではなかったので、男は軍手をつけていたと思います。足も押さえつけられ、身動きが取れませんでした。その後、複数の男が家に入ってきたので、絶望感でいっぱいでした」(女性)
●二階から食器が壊れる音が聞こえる
女性は苦しがった。「息ができない。ゆるくして」と頼んだところ、押さえつけていた男(加藤被告人)は少し緩めたという。男は「あまりしゃべらんほうがいいよ」と言った。
そのとき、女性は「辛抱してようやくお父さんはここまできたのにどうして?」と聞いた。押さえつける男は無言のままだった。このとき女性は目をつぶった。
「倒されて横になってから目をつぶりました。犯人の顔を見たくなかったんです。あとでフラッシュバックみたいに思い出したくなかったからです」(女性)
二階から大きな音がした。
「押さえていたのは、ずっと同じ男で、代わることはなかったと思います。目を開けていたわけではないのですが、玄関にはスペースはなかったです。男から押さえつけられていたとき、二階から食器が壊れた音、物を投げつける音が聞こえました。
二階には夫と息子、犯人たちがいました。殴り合いや、モノを投げつけたり、壊したりしていたと思います。息子と犯人二人が争っている音がしていたのですが、主人の声は聞こえませんでした」(女性)
●モンキーレンチで殴られた息子
共犯者たちの供述を総合すると、二階に上がると照明がついており、息子とつかみ合い状態になっていた。
息子は「お前らは誰なんだ?」と言い、激しく抵抗した。イライラした永田陸人被告人(23)=1審無期懲役・控訴中=がモンキーレンチを取り出した。
永田被告人は『死んでも仕方がない』と思いながら、女性の息子の後頭部を殴った。息子は尻餅をつき、そして、他の誰かが殴ると、倒れ込んだ。
このとき、共犯者の一人が割って入った。「やばい、やめろ」とモンキーレンチで殴るのをやめさせ、息子を座らせた。息子はその後、ガムテープで縛られたという。
「『なんでそんなことをするの?。何年も辛抱して商売をしてきたのに。息子を殺さんでください。お父さんを殺さんでください』と男に言いました。男は何も答えませんでした。
息子をなんとか助けないといけないのに、体が動かないので、蹴ったりすることもできない。顔を確認することもできない。自分では動かすことができないでいました」(女性)
その後、一階ではショーケースが割れるような音がした。
「息子が体を鍛えるためのダンベルが見つけられました。(時計の)ロレックスが入っているショーケースをそれで割っていたんだと思います。
『私が玄関をあけてしまったせいだ。自分の責任でこうなった』と思いました。それに殺されると思いました。今まで築いてきたものがなくなってしまう。
あと1週間でクリスマスでした。幸せだと思っていたんです。今起きていることがドラマのようでした」(女性)
●被告人「金庫の番号を教えて」
二階からは、物を壊すような音がしなくなっていた。
「主人の声が聞こえました。『息子を早く病院に連れていかないと死んでしまう。死んでしまうと殺人罪になるぞ』と言っていました。これを聞いて、息子は(犯人に)勝っているわけではない。倒れていて、動けない状態だと思ったんです。とにかく早く切り上げてもらい、息子を助けたいと思いました」(女性)
このとき、息子の後頭部からは血が出ていた。永田被告人がモンキーレンチで殴っていたためだ。女性の夫は手をガムテープでぐるぐる巻きにされていた。一方、女性は、加藤被告人から「金庫の番号を教えて」と二度聞かれた。
「『パニックになっているからわからない。主人に任せているからわからない』と言いました。男は『それじゃ話にならない』と言っていました。その後、二階から主人が降りてきていました。『お前、大丈夫か?』と声をかけられました。
その後、犯人たちは金庫の場所を行ったりきたりしていた。犯人は主人に金庫の場所を聞いていました。金庫を見つけると、『開けて』と言っていました。主人はこのとき、『早くお金を持って行け』と言っていました」
体を押さえつけていた男は、最後まで、女性の口と鼻を押さえていた。
「最後には薄目を開けました。顔を見ようと思って。(薄目を開けたのは)役に立とうと思ったんです。一人でも顔を見て、警察に知らせたいと思いました。
少しでも息子の役に立ちたかったんです。一人の顔ははっきり見ました。店の中から出てきた作業服の男。その人の目をしっかり見ました」(女性)
●失明に近い後遺症が残った息子
男たちが逃走したため、二階へ行くと、息子さんが倒れていた。両手は結束バンドで縛られていた。
女性は「あいつらに負けたらいかんよ。すぐに救急車を呼ぶから」と言い、119番通報した。救急車がやって来ると、息子は意識が戻らない状態で運ばれていった。
息子さんはその後、意識を回復して、今は退院している。しかし、車椅子生活になるなど、後遺症が残っている。
「(事件の被害にあったときよりも、息子は)元気になってきました。二階に行き来するときは車椅子です。リハビリのために歩行器のこともあります。トイレで用をたすことができるようになってきました。
しかし、夜はベッドの横にポータブルトイレを置いています。夜は、私がトイレ介助をしています。一人では歩けない。左半身がしっかりしません。
お風呂については、週二回、介護の人がシャワーをしてくれています。他の日は、私がシャワーの介助をしています。顔を洗ったり歯をみがくことは一人ではできません。また、左側の目が見えにくくなりました。失明に近いです」(女性)
ほとんど一人では生活ができないほどだ。
加藤被告人に対して、女性は「私を押さえていた犯人は、それだけの役割だと思うが、それだけでも罰を受けて、しっかり償って、反省してほしい」とうったえていた。