お笑い芸人のやす子さんが9月1日、日本テレビ系のチャリティ番組「24時間テレビ47」のマラソンでランナーをつとめました。その際に沿道にいた男性から、やす子さんが胸のあたりを触られるような場面が中継されて、X上で批判が巻き起こっています。
映像では、男性は手のひらを広げて腕を伸ばし、走ってきたやす子さんの右胸あたりを触ったように見えます。その直後、併走していたスタッフに阻まれましたが、笑っている男性に対して、「痴漢。逮捕してほしい」「セクハラでは」という声がX上で上がっています。
これまでも、韓国の女性インフルエンサー「DJ SODA」さんが2023年に大阪で開かれたイベントで、来場者の男女3人から胸を触られたとして、イベント主催者が不同意わいせつと暴行の疑いで刑事告発した事件がありました(その後、男女3人と和解が成立し、告発を取り下げています)。
もし仮に男性がやす子さんの胸を触っていた場合、なんらかの罪に問われる可能性はあるのでしょうか。わいせつ事件に詳しい奥村徹弁護士に聞きました。
●不同意わいせつ罪は「強度や執拗さ」が求められる
——男性がやす子さんの胸をねらって触っていた場合、どのような法的責任が問われるのでしょうか
まず、不同意わいせつ罪(刑法176条、6カ月以上10年以下の拘禁刑)が検討されます。
不同意わいせつ罪は「同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態にさせ又はその状態にあること」が要件であり、1号から8号まで、8つの類型が規定されています。
今回のケースで検討すると、被害者の反抗を著しく困難にする程度のものであれば1号の「暴行」にあたります。それに至らない場合でも、すれ違いざまに突然胸を触る場合は、5号の「同意しない意思を形成し、表明し又は全うするいとまがない」にあたります。
「わいせつ」については、最高裁大法廷判決(平成29年11月29日)以降、明確な定義がありませんが、「客観的に性的な意味合いがある行為で、ある程度の強度があるもの」と理解されているようです。
着衣の上から乳房に触る行為についても、行為態様によっては、わいせつ行為と評価される可能性がありますが、法定刑の重さなどから、ある程度の強度や執拗さが要求されます。「単に触れるだけでは足りず、着衣の上からでも弄んだといえるような態様であることが必要」(条解刑法第4版523頁)と説明されています。
今回のケースは、画像で見る限りは、軽く触れている程度であり、わいせつ行為としての強度や執拗さに欠ける感じがします。
●故意ならば「迷惑防止条例違反」になるおそれも
——他の罪はどうでしょうか
次に、東京都内での行為ということで、いわゆる「卑わいな行為」(東京都迷惑防止条例5条1項1号)が検討されます。東京都の迷惑防止条例は次のような規定になっています。
第5条 1 何人も、正当な理由なく、人を著しく羞恥させ、又は人に不安を覚えさせるような行為であつて、次に掲げるものをしてはならない。
(1)公共の場所又は公共の乗物において、衣服その他の身に着ける物の上から又は直接に人の身体に触れること。
それぞれの要件の解釈について、警察の解説書では「著しく羞恥させ」は「社会通念上、容認し難い程度に人に性的恥じらいを感知させること」とされています。また、「不安」は「卑わいな行為によって、身体に対する危険を覚えさせ、又は心理的圧迫感を与えること」となっています。
また、「不安を覚えさせる行為」について、警察の解説書によれば次のように解釈されています。
「客観的に不安を覚えさせるに足りる『覚えさせるような』=被迷惑行為者が、卑わいな行為を認識することは原則必要であるが、当該行為により実際に不安を覚えたか否かは問わない。当該行為により不安を覚えたかどうかは、社会通念上客観的に判断することとなり、被迷惑行為者が認識していたとすれば、差恥、又は不安を覚えたであろう行為を含む。
『身体』=胸部、臀部、下腹部、大腿部等が一般的ですが、人を著しく差恥させ、又は人に不安を覚えさせるような行為である限り、身体の部位に関わらない。
『触れる』=人を著しく差恥させ、又は人に不安を覚えさせるような方法で触れる限り、手以外の部位で触れる場合も含む」
このように、「著しく羞恥させ」「不安を覚えさせ」という抽象的な要件が含まれるので処罰範囲が曖昧になっています。
今回のケースでは、画像で見る限り、軽く触れていると思われ、故意におこなわれた場合には「人を著しく羞恥させ、又は人に不安を覚えさせるような行為」で「公共の場所において、衣服の上から人の身体に触れ」たとして、条例違反になるおそれがあります。
なお、ハイタッチに失敗して胸部にあたった場合であれば、「人を著しく羞恥させ、又は人に不安を覚えさせるような行為」を意図したことにはならないので、故意に欠け、条例違反にならないでしょう。