「なんとかして、ここから出たいです。ここは最悪です」
ある日本人の男(30代)が収容されていたのは、フィリピンの首都マニラ中心部から車で30分ほど南にあるパラニャーケ刑務所。収容率400%とも言われる過密で劣悪な刑務所だ。
男から送られた写真をみると、所狭しと黄色のTシャツを着た囚人がいるのがわかる。同じ部屋の中に70人以上の収容者がいたという。
すでに連絡は途絶えているが、取材当時、男は大胆にも刑務所から脱走する方法を探り、周囲に「脱走したい」「逃走資金があれば逃げられる」と必死に援助を募っていた。(ジャーナリスト・竹輪次郎)
●刑務所では「金がすべて」
男は逮捕時に持っていた資金を使って、スマートフォンで周囲と連絡が取れていた。筆者もそんな中、知人を介して接触した1人だ。
男によると、刑務所では「金がすべてだ」という。それは、金がモノを言うフィリピン社会の縮図だ。
「刑務所では、金があれば、タバコもスマートフォンも手に入らないものはありません。金があれば出前も頼めます。ですが、金がないとシャワーを浴びることさえできません」
シャワーを浴びるためには、週100ペソ(約260円)が必要。洗濯をお願いするのに200ペソ(約520円)を払う。コーラは25ペソ(約65円)、インスタントラーメンは30ペソ(約78円)で買える。
さらにスマートフォンを使うためには月5万ペソ(約13万円)が必要だ。手に入れれば、通信は自由にできる。
「金さえあればメイドを雇って刑務所暮らしをすることもできます。15万ペソ(約39万円)払うとVIPルームで暮らすことも可能です。ただしこれは1日分の金額ですが」
●日本で「性犯罪」を犯していた
日本にいたころの男は生粋の「性犯罪者」だった。未成年のときに強制わいせつ罪で数カ月、さらにその後、女性に対して同意なく性行為をおこなって少年院で5年ほど過ごした。
その後、大阪で再び女性に対する暴行事件を起こしたが、逮捕されるのを恐れてフィリピンに逃亡した。これらは男の説明によるもので、フィリピン当局が把握している内容と異なる。
フィリピン当局の発表情報によると、男は大阪で未成年の女性を拉致して、性行為を強要してケガをさせた疑いで逮捕状が出ているという。
男にこの件をただすと「路上で女性に声をかけて性的行為をしたが、同意の上だった。未成年だとは思わなかった」と反論した。しかし、犯罪だと認識していたからこそ逃げたのではないか。
●フィリピンでは「別名」を名乗っていた
フィリピンでは戸籍を購入することが可能で、男は名前を変えて生活を始めた。現地の日本人からは「ヒロくん」などと呼ばれていた。しかし、その多くが男の犯罪歴を知らなかった。
フィリピン在住のある日本人男性はこう語る。「ヒロくんとは、たまに酒を飲む関係です。タガログ語も少し話せるので、現地生活が長いのかなとは思っていました。私の中では普通の人という認識です。ただ・・・」
少し間をおいて、男の性癖について語り始めた。
「ヒロくんはフィリピン女性の買春もしてましたが、相手は決まって未成年のような若い女性ばかりでした。危ない人だなとは思っていました。でもまさか日本で犯罪を犯して逃げている人だとは・・・びっくりです」
●日本の警察当局の"強い意思"があった?
男は現地の警察に逮捕された。最初は不法滞在だったが、フィリピンに長く住む日本人はこう話す。
「最初に捕まえたのは、制服を着た地元の警察だと聞いていますが、地元の警察は金を払えば見逃してもらえると思います。彼はフィリピンで違法の疑いがある投資の仕事をしていたと聞いていますから、タガログ語を使って交渉することもできたはずです」
では、なぜ捕まったのだろうか。可能性として考えられるのは、日本の警察の"強い意志"だ。逮捕の一報が何らかのかたちで、日本の警察当局の耳に入り、当局が男の拘束を強く要請したのではないだろうか。
複数の関係者に取材すると、男は日本とフィリピンにつながりを持つエージェントに何十万円という金を払っていた。エージェントはフィリピンの警察幹部と懇意で、万が一逮捕されても国外退去にならない「お守り」を授けていたというのだ。
実際、男は逮捕されたときに警察署で「オレは警察の幹部を知っている。幹部と連絡を取ってくれ!」と何度も訴えていたそうだ。あまりにも強く訴えるので、逆に逮捕情報が日本の当局関係者にまで回ったのではないか。
自分を守るための必死の行為で墓穴を掘ったのではないかと、筆者は推測する。
●「この刑務所から逃げたい」
そもそもエージェントに数十万円の金を払ったのか。男は警察幹部に騙されたのか。エージェントは警察とつながってない詐欺師だったのか。すべてが謎のままだ。
逃亡者の哀れな末路であることは間違いない。フィリピン逃亡中に金だけ取られて殺された日本人もいる。死ななかっただけ、マシなのかも知れない。
男はパラニャーケ刑務所で筆者にこう話していた。
「性犯罪をしたのは事実です。60歳くらいまではフィリピンで暮らして、そのあとに日本の警察に出頭しようと思っていました。でも30代、40代での刑務所暮らしは嫌です。
このままだと日本に移送されてしまいます。その前に、この刑務所から逃げたい。お金があれば逃げられるかも知れません。お金を貸してくれませんか。倍にして返します」
身勝手すぎる言動に辟易とする。筆者は申し出を丁寧に断った。フィリピンの現地報道によると、男は複数の未成年の女性に対して重大な性犯罪を犯したという。8月25日現在、男との連絡が途絶えている。日本移送に向けた準備が進んでいるのかもしれない。