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警官が「安倍やめろ」連呼、道警自作の〝再現動画〟に原告「ギャグセン高い」 演説ヤジ排除事件、控訴審始まる
国賠控訴審の初弁論に臨む一審原告と弁護団(12月22日午後、札幌高裁前)

警官が「安倍やめろ」連呼、道警自作の〝再現動画〟に原告「ギャグセン高い」 演説ヤジ排除事件、控訴審始まる

その発言に、傍聴席がざわついた。

――発言が自民党支持者を刺激する内容だったから、追従(編注:1時間半にわたるつきまとい)したんですよね。

「うーん……。そう、…そうですね。はい」

質問の主は、小野寺信勝弁護士(札幌弁護士会)。答えを返したのは北海道警察の警備部門に勤務する女性警察官。問答は、3年前に札幌市で起きた「首相演説ヤジ排除事件」をめぐるやり取りだ。

同事件で排除被害を受けた市民が起こした裁判では、札幌地裁の一審で被告の道警が完敗を喫している。ただ、演説の主だった安倍晋三首相(当時)が今年7月、奈良県で銃撃されて亡くなったことで、一部で警察擁護の声が上がる動きもあった。

こうした擁護論は果たして適切といえるのか。口頭弁論が始まった国賠控訴審の模様をレポートする。(小笠原淳)

●敗訴の道警が控訴、2審の口頭弁論がスタート

2019年7月、選挙演説で札幌を訪れた安倍氏に「やめろ」「増税反対」とヤジを飛ばすなどした少なくとも10人の市民が、警察官の手で“排除”された。うち2人がこれを言論・表現の自由の侵害と訴え、同年12月に道警を相手どる国家賠償請求訴訟を起こす。

審理にあたった札幌地裁(廣瀬孝裁判長)は2022年3月、当時の演説現場が「危険な状態」にあったなどとする道警側の主張をことごとく退け、排除行為は表現の自由侵害にあたるとして計88万円の賠償を命じる判決を言い渡した。

これを不服とした道警が即座に控訴を申し立てたことで、争いは上級審へ。新たな舞台となった札幌高裁(大竹優子裁判長)では非公開の進行協議期日が続いていたが、12月22日にようやく口頭弁論が開かれ、道警側の証人である女性警察官1人の尋問がおこなわれた。冒頭に再現したのは、その反対尋問の一コマだ。

●警察官は「激しく暴れていた」と主張

警察官の尋問は、一審・札幌地裁でもおこなわれている。一審原告の大杉雅栄さん(34)を排除した男性警察官2人と、桃井希生さん(27)に長時間つきまとうなどした女性警察官1人の計3人。

当初、道警側は4人の警察官を証人申請し、地裁もその全員を採用していたが、うち1人については当人の都合で尋問が見送られた経緯がある。この時に出廷を果たせなかった女性警察官が控訴審で改めて尋問に立ち、当時の桃井さんへの対応などについて証言することになったわけだ。

この女性警察官は排除事件当時、「増税反対」と叫ぶ桃井さんを実力で演説現場から引き離し、その後およそ1時間半にわたって別の警察官1人とともにつきまとっている。

道警側代理人の主尋問で、女性警察官はたびたび「(桃井さんは)激しく暴れていた」「大声で叫んでいた」「安倍総理に固執していた」などと発言。現場では桃井さんと周囲の与党支持者らとが一触即発の状態にあり、警察官職務執行法に基づいて桃井さんを避難させ(同4条)、または制止する(同5条)必要があったと強調した。

排除後も長時間にわたって桃井さんにつきまとい続けたのは「安倍総理のほうへ行かないよう説得するため」で、行動を規制していたわけではないという。

「表現の自由を守る判決を」と、一審原告の桃井希生さん(右端)

●尋問で「自爆」発言

当時の現場では、どういう事態が想定されていたのか。反対尋問でこれが問われた場面で、冒頭に採録した発言が出てくることになる。小野寺弁護士と警察官との問答を下に引く。

――桃井さんが「自民党反対」「安倍やめろ」とか「増税反対」などの発言を聴衆の近くですることによって、トラブルが生じると思ったんですか。

「はい、そうです」

――そうすると、桃井さんの想定される発言内容がその場にふさわしくないという考えだったわけですか。

「…うーん、……その場にふさわしくないって…」

――つまり、聴衆とのトラブルを引き起こしかねない内容だったと。

「…そう、ですね。あとはあの、止めた警察官にまた暴れたりとかして、ぶつかったとか、そういうことがあったら困るなあと思ったんですよね」

――桃井さんの発言が大声だったということではなくて、内容が自民党支持者の聴衆を刺激する内容だったから追従したんですよね。

「うーん……。そう、…そうですね。はい」

これを耳にした傍聴人が驚いたのは、改めて言うまでもない。現職の公安警察官が「発言内容によって行動を規制した」事実を自ら認めてしまったためだ。

この後、道警側代理人が慌てて追加の尋問をおこない、上の発言を打ち消す答えを引き出した。尋問調書には2つの矛盾する発言が記録されることになり、裁判所がこれをどう評価するかが注目されるところだ。

尋問後に設けられた報告集会で、道警の証人申請の意図を問われた小野寺弁護士は「よくわからない」と首を傾げることになる。

「今日の彼女の尋問を聴いて『排除もやむなし』と思った方は、おそらくいないと思います。ちょっと、どういう意図で今回の申請をしたのかわからない。今日の証人だけでなく、道警が申請した証人はいずれも必要性に乏しい方が多いんで」

●「時効」を過ぎてから提出された「証拠映像」

一審で実質全面敗訴した道警は、控訴にあたって新たに複数の証人申請に臨んだが、裁判所に採用されたのは先の女性警察官のみだった。同警察官は先述の通り、もともと一審で採用されていた証人。つまり道警側の新たな証人申請はことごとく認められなかったことになる。

採用されなかった証人の1人は、たとえば「安倍やめろ」と叫んだ大杉雅栄さんの身体を押した人物。具体的には、当時の参議院議員候補だった高橋はるみ前北海道知事の選対事務所に所属していた男性だ。

安倍元首相の演説中、大杉さんのすぐ横でその演説を動画撮影していた同男性は、ヤジをやめさせる目的で大杉さんの身体を2度押していた。控訴審で道警が証拠提出した映像には、その瞬間を正面から捉えた様子がはっきり映っている。現場の警察官らが大杉さんを排除したのは、この直後のこと。目的は、かの男性と大杉さんとがトラブルを起こすことを回避するためだったという。

面妖な主張、と言うべきだろう。身体を押すという暴力行為に及んだのは与党選対の男性であって、大杉さんではない。トラブルを避けるにはまず男性のほうを止める、あるいは口頭で注意する、もしくは両者の間に割って入る、などの対応をとるべきで、「被害者」の大杉さんに大勢で掴みかかって排除する必要はないはずだ。

今回の尋問で女性警察官が思わず吐露したように、大杉さんの発言内容が演説現場にふさわしくないとの判断がはたらいたと疑わざるを得ない。

控訴人の道警は、一審の段階では自前の映像を一切証拠提出せず、本年7月までの丸3年間にわたって今回の映像の存在を封印していた。これは、かの選対男性による大杉さんへの行為が暴行罪に問われる可能性があったためと考えられる。

暴行の公訴時効は3年。本年7月にその節目が訪れ、当時の男性の行為はお咎めなしとなった。つまり道警は、捜査機関でありながらあきらかな暴力行為を不問に付し、その時効成立を待って暴行の主を証人申請し、併せてその行為を捉えた映像を証拠提出してきたわけだ。

●別の証拠映像も「被害者排除」

同じ趣旨の提出証拠に、大杉さんの知人が与党支持者に腕を掴まれる瞬間を捉えた映像がある。

「安倍やめろ」と叫ぶ大杉さんを睨みつけ、「選挙妨害やめろ」と怒鳴るスーツ姿の男。映像の右端で怒気を顕わにする男が何者なのかは明かされていないものの、大杉さんらは与党関係者であることを強く疑っている。

その後、画面中央に映る女性にスマートフォンのレンズを向けられた男は、女性の正面に回り込んでスマホを強引に取り上げようとしている。その一部始終を記録した映像からは、周囲の警察官が誰一人としてこの男を“排除”しようとしていないことがわかるだろう。

この映像もまた、一審の段階では封印されていた。先の与党選対の男性と同じく、こちらの暴行の主もすでに罪に問われなくなり、かくして一連の行為の記録は陽の目を見ることとなったわけだ。

●警官が「安倍やめろ」連呼、道警制作の“ギャグ動画”

さらに――。新たな証人申請が叶わなかった道警は、このほかに計30本ほどの映像を新証拠として提出している。多くを占めるのは先に挙げたような排除現場の“実写”動画ではなく、道警が控訴後に撮影した“フィクション”といえる映像作品だ。

弁論後にその一部を眼にした傍聴人が「噴飯もの」と評した映像は、警察官らが一審原告らに扮し“排除当日に起こり得たかもしれない事件”の様子を演じたもの。

札幌市南区の機動隊庁舎前で撮影されたと思しき映像では、大杉さん役の警察官が選挙カーに物を投げたり垂れ幕を外したりする行為を複数のアングルから撮影しており、それなりの時間と費用がかかっていることが見てとれる。

初弁論後の報告集会で、大杉さんはこれを「道警の高度なギャグセンス」と皮肉った。

「さっきの身体を押してきた人物といい、この映像といい、ぼくは本当に『道警ってどこまでギャグセンスが高いんだ』と思ったんです。

よく、映画の1作目は面白いけど2作目は面白くないみたいなこと、あるじゃないですか。道警は、一審でヤフーコメントを証拠提出するっていう信じがたいことをして我々に大きな笑いをもたらしてくれたんですけど『二審はそこまで面白くないのかなあ』と思ったら、あの再現動画が出てきて…」

道警の「ギャグセンス」に感心したという大杉雅栄さん(中央)

2019年7月の排除事件後、大杉さんら当事者や報道機関、地元議員などが排除の理由を質し続けたのに対し、道警は7カ月間にわたって答えを返さず、翌年春になって初めて警察官職務執行法を持ち出した。

札幌地裁の国賠訴訟ではひたすらその主張を繰り返すことになったが、先述の通り一審判決は被告・道警側の完敗と言ってよい結果に(https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail4?id=91107)。

これを不服として控訴した彼らの判断が正しかったのかどうか、司法の判断はもう少し先のことになる。一審原告の桃井さんは、先の報告集会で次のように述べた。

「表現の自由を守り、道警の行為の違憲性を認める判決に期待します」

国賠控訴審は来年3月7日午前の第2回弁論で終結、札幌高裁の判決言い渡しは年度を跨ぐことになる見込みだ。

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