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ゴーン氏への助言「自白して、後でひっくり返せばいい」、本当ならリスクだらけ
カルロス・ゴーン被告人

ゴーン氏への助言「自白して、後でひっくり返せばいい」、本当ならリスクだらけ

国外逃亡し、日本の刑事司法制度を批判した日産自動車前会長のカルロス・ゴーン被告人(「金融商品取引法」と「会社法」違反の罪で起訴)。

共同通信の報道によると、ゴーン被告人は郷原信郎弁護士(元検事)に対し、当初の弁護人だった「元検事の弁護士」から「早く(拘置所から)出たければ(罪状を)認めるしかない。今は自白して、裁判では早く出たかったから自白したと言って、ひっくり返せばいい」などとアドバイスを受けていたことを語ったという。

その発言の真偽は不明だが、報道を見た弁護士からは「本当なのか」などの声が上がっている。なお、逃亡の成功確率について、ゴーン被告人は「75%」と考えていたようだ。

「自白して、後でひっくり返す」という戦術にリスクは伴わないのだろうか。刑事事件に詳しい伊藤諭弁護士に聞いた。

●「自白」した方が早く釈放される傾向にある

まず、大前提として、本当に弁護士がこのような無責任なことを言うのだろうかという疑問があります。ゴーン氏がなんらかの誤解をしているのではないか、という残念な期待をしてしまいます。

そこで、今回は「ゴーン氏が『本当に』当時の弁護人から『(最初は)自白して、後でひっくり返せばいい』と言われた」という前提で解説します。

ーー「自白」をした方が早く釈放されるのだろうか

残念ながら、この点は傾向として誤っていません。

逮捕され、その後勾留が認められると、そこから最大20日間身柄拘束をされます。勾留が認められるためには、「罪証隠滅をすると疑うに足りる相当な理由がある」(罪証隠滅のおそれ)、「逃亡し、逃亡すると疑うに足りる相当な理由がある」(逃亡のおそれ)といった要件が必要です。

ところが、起訴前においては、否認しているかどうかにかかわらず、比較的簡単に認められる傾向があります。否認をしている場合は、さらに関係者との接見を制限されることもままあります。

この勾留に対する準抗告(不服申立)をしても、否認していると「罪証隠滅のおそれがある」ということで認められにくいのが実態です。

起訴された後は、保釈の請求ができます。重い犯罪などでなければ、そもそも保釈は権利のはずです。しかし、ここでも否認していると簡単には認められない傾向にあります。

「自白」をしないと早期の身柄解放が期待できない。このように、まさに「人質司法」などと揶揄される状況は、多少改善されているとはいえ「現存している」というのが、我々法曹の認識が一致するところだと思われます。

●一度してしまった自白を「ひっくり返す」のは「極めて困難」

ーーでは、自白をして後で「ひっくり返す」ことは可能なのか

結論としては、一度してしまった自白を「ひっくり返す」のは極めて困難です。

捜査段階で自白していた被告人が、公判(刑事裁判)で否認すると、検察官は、被告人が捜査段階で自白した調書を証拠として請求してきます。

弁護人としては、この自白調書が「任意性に疑いのある」自白であるとして、証拠採用に不同意意見を出して争わなければならなくなります。

「任意性に疑いのある」ということは、捜査機関に強制されたり、不当に長い身柄拘束の結果、自白してしまったりした場合のことをいいます。

単に「弁護人に勧められた」とか、「このままでは身柄拘束が長くなってしまうという不安があった」というのでは、任意性が認められてしまう可能性が高いと言えます。

ーー自白調書が証拠として採用された場合はどうなるのだろうか

自白の信用性を争うほかなくなります。つまり、自白が事実ではないということを主張していくことになりますが、これも極めて大変です。

「公判での否認」よりも「捜査段階の自白」の方が信用できると判断され、有罪判決を受けた例は枚挙にいとまがありません。再審で無罪となった「湖東事件」などは、当初の自白が有罪の根拠となっています。

●克服すべきは「人質司法」の問題

自白をしないと早期の身柄解放が期待できないというこの国の状況は、まさに「人質司法」以外の何物でもありません。

身柄解放という強い誘惑に負けて、不本意な自白という<毒樹>に手を出すことで、えん罪を生んでしまうという不幸を回避するには、この「人質司法」の問題をなんとか克服しなければなりません。

先日の法務大臣の会見からは、そのような姿勢が見えなかったのが極めて残念でした。

プロフィール

伊藤 諭
伊藤 諭(いとう さとし)弁護士 弁護士法人ASK川崎
1976年生。2002年、弁護士登録。神奈川県弁護士会所属。中小企業に関する法律相談、弁護士等の懲戒請求やトラブル対応などを手がける。第一法規「懲戒請求・紛議調停を申し立てられた際の弁護士実務と心得」著者。

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