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「理想の家族」幻想への夢やぶれ、家族を卒業して見えたもの【虐待親の告白・2】
青井涼子さん(仮名・50歳)

「理想の家族」幻想への夢やぶれ、家族を卒業して見えたもの【虐待親の告白・2】

子どもの虐待事件は度々、大きく報じられる。命まで奪われた事件では、被害にいたる経緯が裁判などで明らかになっていくが、ごく普通に見える家庭の中で、一体なにが起こっているのかは見えてこない。そこで、なぜ、親たちは我が子を虐待するのか。実際に自分の子どもを虐待した女性に話を聞いた。

娘が18歳になるまで、肉体的、精神的な虐待を繰り返してきた青井涼子(仮名・50歳)は、虐待の元凶となっていた「理想の家族」への執着を断つ決意をする。それが自分の長年の苦しみに終止符を打ち、虐待という暴力行為を止める最良の選択に思えたからだった。

涼子がそのことに心底気付き、新たな世界に踏み出すまでを追った。(ノンフィクションライター・菅野久美子)

●「完璧な母と妻」を目指して

涼子は、いつでも「完璧な母と妻」を目指していた。

例えば、近所に住む女の子で集まって、セーラームーンごっこをすることになる。どの子の母も乗り気になって、子供にスカートを手作りしようと盛り上がった。しかし、涼子は手先の細かい作業が苦手だ。一生懸命に縫ってもみすぼらしいスカートになってしまう。他のママは、手先が器用で、裁縫もお弁当も難なくこなす。

涼子は、そのことにすさまじい劣等感を覚え、自分は何でこんなこともできないのか、と自らを責めた。それは、「できちゃった婚」で生まれた長女、優花に対する怒りへと変わっていった。

日課のように、涼子は金切り声を上げて娘をののしった。

「あんたなんか、産まなきゃ良かったのに! あたしの人生返してよ! あんたができなかったら、あたし、この男と結婚しなくて済んだのに!」

他のママたちにとっては日常の一コマである、母親業の一つひとつが涼子にはとてつもないストレスだった。特に、キャラ弁など、手の込んだ弁当作りは苦痛でしかなかった。型抜きなどの細かい作業が多いからだ。

「かわいいお弁当作りは本当にプレッシャーだった。たくさんのおにぎりにノリを一枚ずつ型抜きしたりして、他のママさんたちは毎日のようにかわいいお弁当を持たせる。あんなの、とてもじゃないけどできなかった。

摂食障害だったから、朝からゲーゲー吐いてて、お腹は下るし、朝起きてそんな余裕ないの。それでもちゃんと母親業やらなきゃって、毎日すんごい無理してたよね。それが虐待につながったんだと思う」

●幼稚園の先生に「優花ちゃんを抱っこしてあげて」

娘は、そんな母親の怒号の下で、ただ震えて怯えて泣いていた。イライラが頂点に達すると、「出ていけー!」と娘に怒鳴った。裸足で泣きながら娘が家を飛び出し、幼稚園に保護されていたこともある。

「でもその時、幼稚園の先生たちには、何も言われなかったですね。友達のママさんたちも、娘にあざがあるのは気づいていたと思う。でも、誰も何も言わなかった。

ただ、今でもよく覚えているのは、娘のクラスの先生に、『お弁当はきちんと作らなくてもいいから、優花ちゃんを抱っこしてあげて』って言われたこと。恐らく娘が親の愛情に餓えてるって、先生もわかっていたんだと思う。

『なんであたしが毎日あんたの髪の毛結ばなくちゃいけないのよ』とか、暴力だけでなく言葉でいつも娘を責めっぱなしで。自分が三つ編みが上手くできないから『できなくてごめんね』って、言えばいいのに。今となっては、毎日三つ編みしなくても良かったし、髪なんてボサボサでも良かったのにって思うんですけど、その時は必死で全くそんな余裕がなかった」

自分に一切関心を持ってくれない憎らしい夫と挙動が似ているのも、母親業に追われてイライラする涼子の癇に障った。「夫と似ていることも、娘を虐待する材料にしてた。結果的に嫌いな男と結婚しちゃって、かわいくない子供を産んだっていう自分に対する劣等感だったんだと思う」

隣の家では、家族で一緒にお風呂に入って、ワイワイ楽しそうな声が聞こえる。涼子はそれがうらやましくて仕方なかった。喉から手が出るほど欲しい幸せな家庭。自分には手の届かない幸せであることを、涼子は絶対に認めたくなかった。

●娘をいじめた同級生たちを怒鳴り散らす

娘はその後中学校でいじめに遭い、リストカットを繰り返し、不登校になった。それも自分の虐待のせいだと、涼子は感じている。

そんな娘を庇うため、学校に乗り込み、いじめっ子を横に並ばせて怒鳴り散らし、教師などにも抗議したという。涼子の剣幕に気圧されていじめはなくなった。しかし、涼子によれば、このような行動の背景には、娘があくまで「自分の分身」という意識があったという。そのため、分身が自分の思い通りに動かない場合に虐待することと矛盾はしていなかった。

「自分が一番娘をイジめてたくせにね…」

涼子は、伏し目がちにそうつぶやいた。

●「本当にどうしようもなく辛いのは、ママなんだよ」

友達親子――。意外かとも思われるかもしれないが、娘の体が次第に大きくなると、そんな言葉が相応しいくらい2人は仲良し親子になった。体力的に涼子が虐待しづらくなってきたことと、娘が涼子の顔色を窺うことに長けてきたことがその理由だ。しかし、表向きそう見えただけのことであり、実態は「共依存」(特定の人間関係に依存することで、束縛や嫉妬などから問題行動を起こす)という言葉が相応しかった。

不登校で娘が引きこもると、2人で死を考えたことがあった。涼子が運転する車で崖下から海に突っ込もうとして、暗い顔の娘を連れて海沿いの道をドライブした。その時の娘が涼子に言った言葉が忘れられないという。

「『本当にどうしようもなく辛いのは、あたしじゃなくて、ママなんだよ。あたしがママを地上まで引っ張り上げるから、そこまでで〝バイバイ〟だよ、あとは一人で飛んでね。ただ地上までは一緒に引き上がろうね』って。あたしが苦しい苦しいっていうのを一番わかってたのは、実は娘だった」

その言葉を聞いた時に、涼子は夫との離婚を決意した。

誰もが羨む理想の家族に憧れ、その呪縛に苦しんでいたのは誰よりも涼子自身だったのだ。そして、それが無理だとわかった時、ようやく、涼子は自ら夫に離婚を突きつけることができた。娘は、2人が離婚すると、家を出て行った。

●「一番の理解者は、娘だった」

涼子は現在、一人暮らし。福祉施設で働きながら、生計を立てている。あまりに辛い地獄のような家庭生活。皮肉なことであるが、そこでの自分の一番の理解者は、日々虐待の標的にしていた娘だった、と涼子は心痛な面持ちで語った。涼子の娘は20代後半で家を出て行ったが、その後、音信不通となっている。

「今何もストレスがないのは、元旦那と別れたから。だから、あたしの本当の救世主はあれだけ虐待をした娘なの。それを教えてくれたのは、娘。だから、今まで助けてくれてありがとね、あとは自分の好きなように生きてねって思う。

『パパと結婚してごめんね、おまえを生んでごめんね、たくさん虐待してごめんね』と。本心でごめんねって思ってる。可哀そうだし、気の毒だったって思う。でもそれは、今だから思えることで。彼女にいくら謝っても虐待したことは取り返しがつかないし、本人もきっと納得しない。

だから今は心の中で応援することしかできない。娘を虐待していた時って正直、何かにとり憑かれている感じだから、本当に覚えていないことも多いんです」

娘が家を出て行った後、涼子が家を整理していると、娘が書いたという一枚のメモが出てきた。そこに書かれていた一言は『家族が欲しい』――だった。

「あのメモを見た時、『やっぱりあたしたち家族じゃなかったんだね』って改めて感じた。私もあれは家族じゃなかったなって思う。あたしは今でも、家族が欲しいって思う。でも、もうそれは無理だってわかってる……」

そういうと、涼子は目を潤ませた。

●「理想の家族」幻想が母親を追い込む

娘にとって、涼子が長年にわたって築き上げたと思ったのは、笑顔が絶えない普通の家族なんかではなく、反目し合う男女が住む空間に、何の罪もない子供を放り入れて、そこで三者だけで暮らす以外に選択のないような、「強いられた家族」であった。

そんな家族であったが、今は各人が〝卒業〟を迎えた。

そして、今回初めて自らの虐待をカミングアウトした涼子も、自分の人生を少しずつ取り戻そうとしている。だから、勝手かもしれないが娘にも力強く生きて欲しい――。そう涼子は心の底から願っているという。

もう、2人は二度と会わないかもしれない。それでも、また同じように虐待によって傷付けるよりはいい、と。

理想の家族、あるべき家族という幻想が、むしろ呪縛となって母親たちを追い込み、虐待という過ちを生む。それを絶つには、家族を取り繕うことではなく、〝卒業〟することが良い場合もある。家族を〝卒業〟することによってでしか、救われない家族だってあるのだ。もちろん、それから新しい家族を見つけることも十分あり得るだろう。

2人の前途に明るい未来が訪れるのを願ってやまない。

【著者プロフィール】

菅野久美子(かんの・くみこ)ノンフィクション・ライター。最新刊は、『孤独死大国 予備軍1000万人時代のリアル』(双葉社)。著書に『大島てるが案内人 事故物件めぐりをしてきました』(彩図社)などがある。孤独死や特殊清掃の現場にスポットを当てた記事を『日刊SPA!』や『週刊実話ザ・タブー』などで執筆している。

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