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AV規制強化「議論の場に業界関係者を」神戸大・青山教授に聞く
神戸大学の青山薫教授

AV規制強化「議論の場に業界関係者を」神戸大・青山教授に聞く

アダルトビデオ(AV)出演強要問題が大きくクローズアップされる中、内閣府・男女共同参画会議の「女性に対する暴力に関する専門調査会」では、今年に入って計4回にわたって、この問題についての議論が交わされた。

警察庁や法務省、厚生労働省による報告のほか、有識者へのヒアリングもおこなわれている。今年9月に開かれた会合では、神戸大学の青山薫教授(社会学)が、NPO法人ヒューマンライツ・ナウ(HRN)が提案している「AV業界に対する規制強化」に反対する意見を述べた。なぜ、HRNの規制強化案が問題なのか。青山教授にインタビューした。

●「AV出演強要」と「AV」を同一視する問題

――規制についての議論がおこなわれています。そもそも、AV出演強要の問題をどう捉えていますか?

もちろん出演その他の強要は、あってはならないことだと考えています。ただ、これまでセックスワーク(売買春、性風俗産業)を中心にリサーチしてきた研究者の立場からすると、現在の議論はセックスワークに関する議論とすごく似ているところがあると考えています。それは、一つの由々しき問題が表に出ると、業界全体を叩くよう世論をリードする人たちが現れるということです。

AV業界で働いている人たちも、「残念ながら強要が起きる場合がある」と認めています。けれども、その件数は多くないと考えています。というのも、1990年代に、ある「レイプもの」シリーズが「犯罪の実録ではないか」という批判を受けたころから、業界内でも「健全化」と呼ばれる努力がおこなわれてきたからです。

現在では、女優を丁寧に扱わなければ、その会社は成り立たないという考え方が前面に出てきています。他方で、AVが売れなくなってきていることから、刺激の強い作品をつくる傾向もあるといいます。女優が現場に行ってみたら「思っていたものと違った」、でも激しい競争を考えると断れないというケースも起こりえる。

HRNの報告書も取り上げていますが、強姦致傷事件を起こした「バッキービジュアルプランニング」も、業界団体が把握している制作会社(メーカー)でした。しかし、誤解してはいけないのは、業界の中でこのような会社は主流でないということ、今はむしろなくしていこうという声が大きいということです。

――規制は強化すべきでしょうか?

そもそも規制に関しては慎重であるべきと思っています。そして、今回の強要問題に発する規制強化の動きには、現時点では反対せざるをえないところがあります。

まず、強要や、騙したり脅したり虚偽やうやむやな契約、不法な契約をされた場合については、本来ならば(AVであれ何であれ)、強要罪など今ある法律で罰せられるべきです。にもかかわらず、立証が困難だったり、裁判で被害者の主張が有力な証拠とされなかったり、法が被害者のために機能していないのです。

ここまではHRNも主張していることですが、問題はこの先です。HRN報告書の結論は、だから法を改正したり適用を改めることに先駆けて、AV業界に特化した新たな法をつくり、監督省庁を定めて業界を監督すべきという提言になっています。

その前提は「AVは若い女性等の無知、困窮に乗じて勧誘がおこなわれ、ひとたび契約書にサインしたが最後、違約金の威嚇や契約書上の義務を盾に、意に反する作品への出演にも従わざるをえない状況に陥れ、結果的に女性たちを搾取している」というものです。「AV強要問題」が、いつの間にか「全AV問題」になっているのです。

●「スティグマ」の強化の問題

――どんな影響がありますか?

この業界全体を、現在の実情よりも「危ない業界」「悪い業界」と見せる効果を生みます。いわゆる「スティグマ」(社会的な負の烙印)効果です。この流れのまま立法措置などがおこなわれれば、「スティグマ」を国家的に承認することになります。結果的に、この業界とそこで働いている人全員に対する「スティグマ」が強くなるでしょう。

――ほかにも規制強化の問題点はありますか?

性風俗産業の例を見ても、「スティグマ」を強めるかたちで規制を強めると、業界の外の目に触れにくくなる「アングラ化」が起こっています。「規制してはっきり非合法の部分を分ければいいじゃないか」「全体の規模が小さくなるからいいじゃないか」と思う人は多いのかもしれないけれど、いいことばかりとも規模が小さくなるともかぎりません。

そもそも、「スティグマ」は業界全体にわたるもので、業界外にいる人から見れば合法か非合法か区別がつきにくい。すると、合法部分にいる人たちも発言や活動がしにくくなる。今までの「健全化」の試みも無駄になりかねません。また、「アングラ」の部分が大きくなればなるほど、調査も当然難しくなります。

良心的な人たちでも、働く場がなくなると非合法な仕事に流れる可能性があります。もともと違法なことをして金を儲けてかまわないと考えている人たちはいるわけですが、そちらに資することになります。これは、業界内の人たちが心配していることであり、私も危惧しているところです。

●プロセスの問題・有効性の問題――当事者参加の必要性

――HRNの報告書によると、「アイドルにならないか?」と声をかけるなど、スカウトが大きな役割を果たしています。規制する対象を限定するという考え方はどうでしょうか?

報告書の全体は、一部のスカウトの詐欺行為をもって業界全体が詐欺的であるように捉えているので、対象を限定するものとはいえません。しかし、「別紙」として提言された具体的な法規制案は、「AV出演の強制」に問題をしぼって、あくまで強制への対策と処罰についての提案になっています。そういう限定はあり、法案だけを見れば、私自身は賛成できる部分もあります。

ただし、もしAVに対する規制が必要だとしても、まず何よりも、現在の業界の内部のより正確な事情を把握してから具体策を打ち出すべきです。それには、今この業界で働いている人たち自身に調査の設計、実施、分析などにかかわってもらうことや、強要被害にあったことのない人たちに対しても調査をすることが必要です。

業界の中にも、問題があれば真剣に見つめて改善しようとしている人たちがいるのですから、その人たちと協力すべきです。彼・彼女たちならば問題をより正確に捉えることができ、実効性のより高い対策のヒントをもっているでしょう。スティグマの強化につながらない方法もより身近な問題として考えるでしょう。いくら「良心的」な対策を立てても、実効性がなければ意味がなく、副作用が強ければ別の被害を出すことになります。

また、HRN報告書がいう通り「無知や困窮」につけこまれやすい「若い女性」がいるとしたら、その人たちの「無知や困窮」を改善しないかぎり、被害はなくならないのではないでしょうか。

貧困問題なども関係するだろう社会全体の問題で、AVを叩いても焼け石に水です。さらに難しいのは、被害に遭いやすいのは「若い女性」で、彼女たちの「無知や困窮」も原因だ、と一定のステレオタイプを唱えた途端、そこに仮に調査に基づく根拠があったとしても、ほとんどの若い女性たちは嫌がって近づかなくなるでしょう。結果として、よほどひどい目に遭ってからでなければ「救いの手」は彼女たちに触れることができない。

「予防効果はない」ということです。セックスワークでも同様のことがいわれ、起きてきました。彼女たちの経験をシェアし、「気持ちがわかる」と少なくとも思わせる人間は、今は対策を立てる側ではなくスカウトの側にいるのです。だから彼女たちは彼らには近づくのです。だから実態を調査し、対策を立てる側に業界内の人が入ることは欠かせないのです。

●「ふつうの仕事」として認められること

――AV全体に対する規制を強化せずに業界をよくしていくために必要なことはなんでしょうか?

立場の弱い女優や男優などのエンパワーメント(自律的に行動する力を得ること)が必要となるでしょう。つまり、彼女・彼らが、自分たちの利益のために公にものをいえるようになることです。そして、職業人としての条件・環境や、表現者としての地位・権利を改善していくために行動できることです。

要するに、「ふつうの仕事」として認められることです(「ふつうの仕事」に就いていても、今述べたように行動できない場合が多いことはここでは置きます)。たとえば、AV女優をしたからといって、「人にいえない」「次の仕事が見つからない」ということがなくなる、「一生がダメになった」と後悔しなくていいようになることです。

一方で、内情を把握しないうちに業界全体を一概に取り締まろうとすれば、繰り返しになりますが、心ならずもスティグマを強化し、差別を助長することにつながります。少し極端ですが、たとえば、「AV業界を人身取引の温床」とする意見を述べている人や団体も、今回の報告書には関係しています。そういう事件もあるかもしれないけれど、今の日本では、ほかの多くの産業でも人身取引が起きていることが抜け落ちることに差別を感じます。

たとえば、日本に来た外国人技能実習生が、本人の同意なく劣悪な労働環境で働かされていたことが農業、服飾産業、水産加工業などで発覚してきました。ほかの業界でも起きているから問題にしなくていいといっているのではなく、「AV業界だから」人身取引の温床であるかのように喧伝することは、事実と違います。

―― 一種のケープゴートとして使われているということでしょうか?

性産業全体がそうされていると思います。ある農業法人で人身取引がおこなわれていたとしても、農業全体を「人身取引の温床」とはいわないでしょう。やはり、性産業だから問題とされているわけです。

私も性産業はとくに優れているとか、すべてのAVやポルノがいいとはまったく思っていません。むしろ、制作過程や結果によって現実に人を傷つけるような「悪いポルノ」も多いかもしれない。AVやポルノの中、業界の中にも確実に差別はあり、性産業であるだけに性差別はとくに集中しやすい、すくなくとも目立ちやすいです。

けれども、その禁止の試みも成功していない。欲望がその中心にある産業だけに、禁止されたものにこそ魅かれる欲望をますます刺激する逆効果も、ほかより作用しやすいからかもしれません。これを改善するにも、結局は業界内部の参加に頼るしかないと思います。立場の弱い人をエンパワーしたり、立場の比較的強い人には外の社会に照らして「差別はまずい」などの判断をうながす、そういう回路を確保していくしかないと思うのです。

――AV業界はどう変わっていけばいいのでしょうか?

強要問題については上のとおりです。一般的には、私には荷が重すぎる質問ですけれども、もっとクリエイティブな業界になればいいんじゃないでしょうか? 男性が、女性がセックスしているところを見て楽しむだけじゃなくて、もっといろいろなジャンル・作風が中心的になって、クリエイティブな面が積極的な面として出てくればいいと思います。

そのためには、いろいろな人がつくったり、プロデュースしたり、出演したりするようになることですよね。今でも女性監督が増えたり、そういう動きは少しずつ起きていると思いますが、うまくいけば、ポルノグラフィにおけるBL(ボーイズラブ)と同じように、ジェンダー関係を揺るがせるような面白いことが起きるかもしれませんね。

もちろん、欲望の話なので、きれいごとばかりではない。「レイプもの」が良いという人はいなくならないかもしれない。そのような需要を満たそうとする世の中が気持ち悪い、不正義である、という人がいるのもまっとうなことです。

そのような表現が攻撃や差別であるとなれば、たとえばヘイトスピーチのように、法社会的規制が必要だという立場を私も取ります。何が攻撃や差別と認められるかをふくむ表現の問題については、また別の議論が必要です。が、ステレオタイプや差別や攻撃以外の表現を増やして、人を惹きつけるように工夫していくことは建設的だと思います。それから、言うまでもなく、AV業界は私たちの社会の一部ですから、暴力的で差別的な社会が変わることなく、この業界だけが変わることはありません。

(弁護士ドットコムニュース)

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