無料講習、子どもだけの面談、そして畳み掛けるような勧誘——。予備校の営業手法に違和感を覚えた保護者から、弁護士ドットコムニュース編集部に相談が寄せられました。
相談を寄せた都内の40代主婦によれば、高校1年生の子どものもとに「無料講座」の案内が、大学受験向け予備校から届いたそうです。無料といっても約10回分の講座が無料という充実した内容でした。数日間通い、全ての講習を受け終えた日、子どもと塾の担当者だけで面談が行われたそうです。
子どもと担当者との面談の際、担当者は子どもに講座の感想を聞くとともに、このまま講座を受講したほうがいいと有料コースについての案内があったそうです。時間も1時間くらいかかり、この場では講座受講に同意したわけではなかったのですが、担当者が「この計画について保護者と相談しよう」といい、保護者面談の話になったそうです。
相談者が加わった三者面談では、担当者から「お子さんとも相談し、これらの講座を受講したいとなった」と告げられ、有無を言わさぬ雰囲気で話が進んだといいます。なお担当者のオススメを全て選択すれば、総額50万円以上。まったく想定していなかった出費です。
三者面談では、担当者は「この講座をどうしてとらないの?」「せっかく受験勉強を始めたのに、今やっておかないのはもったいないと思うな」などと、断ることに罪悪感を持たせる言葉も執拗に続けたそうです。
相談者は「高校生だとこの勢いにのまれるな、と感じました。『家族でもう一度考えます』と言って、この日は帰宅しました。担当者はがっかりした様子を隠さず、無料期間中、この担当者と挨拶や雑談する仲になっていた子どもは、なんとなく申し訳なさそうにしていました。かなり断りづらい空気感になっていましたね。面談後、他の塾も見学に行ってから決めようと合意しました」(同)
教育サービスの契約をめぐっては、近年、若年層を対象とした強引な勧誘が問題視されることも少なくありません。未成年者が関わる契約において、こうした営業トークは法的に問題ないのでしょうか。
●塾や予備校の契約は、特定商取引法の規制を受ける場合がある
大学受験の予備校や学習塾の契約は、「特定継続的役務提供」として特定商取引法の規制を受けることがあります。
対象は、契約期間が2カ月を超え、かつ金額が5万円を超えるものです(特定商取引法41条、同法施行令)。金額は入会金や教材費も含めた総額で判断します。高校生向けに複数の講座をまとめて申し込むなら、この基準を超えることが多いでしょう。
なお、浪人生のみを対象にしたコースは対象外(高校生と浪人生が両方含まれるコースは全体として対象内)であるのには注意が必要です。
一方、月謝制で1カ月単位で解約できる塾は、原則として対象外です。
●担当者が「もったいない」と言い続けるのは違法か
特定商取引法は、勧誘の際に「人を威迫して困惑させ」ることを禁じています(同法44条3項)。この「威迫」は、脅迫のように恐怖心を生じさせるところまでは必要なく、言葉や動作、態度などで気勢を示して不安を生じさせる程度で足ります。
ただ、「もったいない」「どうしてとらないのか」と繰り返し言われた、というだけだと、直ちにこれにあたるというのは難しいと思います。断った後も勧誘が続いたのか、どのくらいの時間だったのか、といった事情から判断されます。
●契約してしまっても、解除ができることがある
契約書面を受け取った日を含めて8日以内なら、書面やメールなどで契約を解除できます(同法48条1項)。「クーリング・オフ」といいます。理由は不要で、違約金もかかりません。払ったお金は返してもらえます。教材などの関連商品もセットで買っていた場合、形式的には別の契約でも、一緒に解除できます。
なお、クーリング・オフは発信時に効力が生じるため、8日目の消印や送信でも足ります。
また、契約書面を受け取っていない場合や、書面に書かなければならない事項(解除が可能である旨など)が抜けている場合は、この8日のカウントがそもそも始まりません。仮に受講が終わっていたとしても解除できることがあります。
さらに、8日を過ぎていた場合でも、将来に向けてやめる「中途解約」ができます(同法49条1項)。これも理由は不要です。
このとき事業者が請求できる額には上限があります。学習塾なら、授業が始まる前は1万1000円までです。始まった後は、すでに受けた分の授業料に加えて、2万円か1カ月分の授業料の低いほうまでです。
「中途解約は一切できない」といった契約条項は、消費者に不利なものとして無効になります(同条7項)。契約書にそう書かれていて、保護者が署名していたとしても、同じです。
●短い講習だけの契約は要注意
ここまで説明してきた特定商取引法の対象になるのは、期間が2カ月を超える契約です。夏期講習や冬期講習だけを単発で申し込むと、この条件を満たしません。その場合、クーリング・オフも、違約金の上限も使えなくなります。
ただし、講習とその後の通常授業をまとめて契約し、全体で2カ月を超えるなら、まとめて対象になります。
●子どもだけで申し込んでいたなら、取り消せる
他の手段として、未成年者が親の同意なく結んだ契約は、取り消すことができます(民法5条2項)。契約の期間や金額は関係ありません。高校1年生は、通常はまだ未成年です。
申し込みの意思表示が、子どもだけの面談の場で済んでいたのなら、この条文による取消しの対象になり得るでしょう。
一方、その後の三者面談で保護者が申し込んだ場合や、保護者が同席して同意していた場合は、この手段は使えないと考えられます。
●消費者契約法による取消しもありうる
その講座が必要であるという合理的な根拠もなく、進学への強い不安につけこんで、あおるような勧誘があった場合には、消費者契約法による取消しもありえます(消費者契約法4条3項5号)。
この規定は、契約した本人が「社会生活上の経験が乏しい」ことを求めています。 この要件は必ずしも年齢で定まるわけではありませんが、高校1年生が契約者である場合、社会生活上の経験が乏しいことが多いでしょう。この点は満たす可能性が高いです。
一方、保護者が契約者なら、子どもの経験不足を代わりに持ち出すことはできません。 たとえば塾が重要な事柄について事実と違うことを告げたとき(同条1項1号)や、帰らせてもらえなかったとき(同条3項2号)の取消しを検討する余地はあります。
●争いになると負担は大きい
ここまで挙げた手段は、どれも契約した後のものです。契約から抜けられる可能性はあります。
ただ、相手方と争いになり、法的な主張の応酬になってしまうと、時間的にも、経済的にも、精神的にも大きな負担となります。
自分で交渉するのが難しければ、消費生活センターに相談できます。全国共通の電話番号は「188」です。
それよりも、怪しいと思ったらすぐに契約せず、「今日は決めません」と言って席を立つのがよいでしょう。
小倉匡洋(弁護士ドットコムニュース編集部記者・弁護士)