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武井咲さん「10億円違約金報道」…結婚・妊娠はペナルティの対象なのか?
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武井咲さん「10億円違約金報道」…結婚・妊娠はペナルティの対象なのか?

女優の武井咲さんと、EXILEのTAKAHIROさんとが9月1日、妊娠と結婚を発表した。スポーツ報知などの報道によれば、武井さんは、JTB、イオンなど約10社のCMキャラクターに起用されている他、映画やドラマ出演の予定も入っていたという。

そのため、デイリースポーツは9月4日、「武井咲 違約金は10億? 所属事務所はお詫び行脚」と題し、記事中で「業界関係者」の話として、違約金は「(全てを合わせると)10億円もありうる」と報じた。この記事の中で、「一般的にCMは契約書で、契約期間中の結婚や離婚、妊娠などが制限される場合が多い」と説明されていた。

●仮に事実としても「公序良俗に反し、無効」

この「10億円の違約金」報道を受けて、ネットでは、「プロとしてふさわしくない」「これだけ事務所に迷惑をかけるような行為はやはり社会人としてどうかと思う」「高額な違約金は当然」など、ネガティブなコメントも出ている。

武井さんに限らず、職業をもつ女性が妊娠すると、こうした心ない声を浴びせられることがある。今年、衆議院議員の鈴木貴子氏が妊娠を公表した際にも、任期中の妊娠であることを理由に「職務放棄だ」という声もネット上にはあがっていた。著名人でなくとも、一般企業でも、妊娠した女性社員が「早すぎる」「何人も産むなんて」と批判にさらされることがあるという。

一方で、9月7日には、芸能人の地位向上を目指す団体「日本エンターテイナーライツ協会」(ERA)がサイトに声明文を発表し、「違約金の金額が10億円ということは到底考えられません」と強く否定。「このような報道が、タレントたちに対して不当な圧力を与え、結婚、妊娠を始めとする人間として大切な自由と権利を不当に制限する原因となりかねない」と報道を批判した。

今回のケースで、「武井さんが妊娠・結婚した場合には、武井さん側が高額の違約金を支払う」という契約があったかどうかは不明だが、法的にはどう考えられるのだろうか。橋本智子弁護士は「そのような契約が仮にあったとしても、公序良俗に反し、無効であると考えます」と指摘する。

以下、橋本弁護士に詳しく聞いた。

●法的な観点からの問題点は?

「スポンサー企業の資生堂、JTBなどの大企業が、次々と祝福の言葉とともに、今後の契約の継続について何も影響ないという趣旨のコメントをしていることに、ほっとしています。社会的な影響力・発信力ある企業が(動機がどうあれ)このような姿勢を早々に示したことは、今後、タレントや公的立場にある女性、ひいては職業を持つ女性全般の妊娠・出産に対する社会全体の意識の変化を促進するのではないでしょうか」

しかし、法的な観点からは問題点もみえると指摘する。

「法的な観点からみると、CM契約をしている企業などへの『違約金』が高額にのぼる可能性がある、という点がまず気になります。今回の議論の発端となったデイリースポーツの記事では、『一般的にCMは契約書で、契約期間中の結婚や離婚、妊娠などが制限される場合が多い。武井の結婚・妊娠が、契約に反し、イメージ保持ができていないと判断される可能性もある』として高額の違約金が請求される可能性があることが説明されていましたが、事実だとすれば、法的には大変に問題のある契約です。

前提として、仮にタレントの妊娠による体調不良や体型の変化、産休などにより、予定していた新たなCM制作ができなくなるなど、スポンサー契約の継続に支障が生じ、それによりスポンサー企業に経済的な損害(代役を立てる費用などが考えられるでしょうか)が生じたならば、タレント側にはそれを適正な範囲で賠償する責任を負う可能性があります。

しかし、通常の損害賠償の範囲を超えた、ペナルティとしての意味を持つ高額の『違約金』となれば、話は別です。

結婚や妊娠は、言うまでもなく、個人の人格あるいは生き方の根幹にかかわる非常にプライベートなことで、本来他人が介入していい領域ではありません。たとえ当事者がきちんと合意して成立した契約であっても、一方当事者にとってあまりにも不利益が大きく、人権(人格権)を制約する度合いが甚だしい場合、古めかしい言い方ですが『公の秩序又は善良の風俗(公序良俗)』に反するものとして、無効(契約はなかったことになる)というのが民法の原則です。

たしかに、CM契約では、タレントのイメージが肝心なので、これを損なうようなタレント自身の行動は、契約で禁止あるいは制限し、違反に対してペナルティを定めることに一定の合理性はある、という考え方も一応成り立つでしょう。

結婚や妊娠は(病気やケガなどとは異なり)、タレント側の意思でコントロール可能なことなので、タレントがその意思であえて、自身のイメージを損なうようなことをしたということができ、それによってスポンサー企業に経済的な損害を与えるのだから、一定のペナルティは当然だ、という考え方です。

しかし、タレントとしてのイメージは、私生活で家庭を持つことによって、スポンサー契約の継続が困難になるほどに大きく損なわれるものでしょうか。それは、スポンサー企業側の論理に過ぎないのではないでしょうか。

また、たとえばアルコール類のCMにおいては、妊娠・授乳中の飲酒が望ましくないことから、妊娠・授乳(期間)中の女性を登場させないことが不文律とも聞きますが、一般の消費者にとって、その女性が妊娠・授乳(期間)中であるということは、そのCMや商品の魅力を左右するようなことでしょうか」

●契約は有効か?

「そもそも現実問題として、タレント(所属事務所)とスポンサー企業との間の通常の力関係を考えたとき、妊娠などに対する高額の『違約金』の定めについて、タレント側が、本当に納得したうえで合意したといえるのでしょうか。

この問題は、弁護士・裁判官によっても考え方が異なるのかもしれませんが、私は、『女性タレントが妊娠・結婚すると、スポンサー契約を継続できなくなる(ほどに大きく「イメージ」が損なわれる)ので、その場合にはタレント側が(適正な損害賠償の範囲を超えて)高額の違約金を支払う』という契約は、スポンサー側の論理だけにもとづく、スポンサー側だけを利するものである一方、タレント側の不利益が質・量ともに大きすぎるので、『公序良俗』に反し、無効であると考えます。

以上のことは、主役やそれに準ずる立場で出演を予定していた映画やドラマなどに、妊娠に伴う体型の変化や産休のために出演することができなくなったり、スケジュールや企画自体の大幅な変更を余儀なくされた場合にも同様に当てはまると思います。

この場合の『通常生じる損害』は、たとえばすでに撮影が始まっていて、代役を立てて最初から撮影をし直さなければならなくなったような場合や、そのタレントの個性に着目して脚本からキャスティングからすべてその人に合わせて考えられたものであったような場合には、結果として相当高額にのぼることはありうるでしょう。しかしそれと、ペナルティとしての『違約金』は、別です。

さらに、タレントと所属事務所との間において、一定の年齢までの間の恋愛や結婚・出産を禁ずる契約(約束)がされていることがあるようですが、やはりこれも同じ理由で、無効と考えるべきではないかと思います。いくら、タレントを売り出すにあたっての『イメージ』が大事でも、それによってタレント個人の私生活上の自由が、それほどまでに制限されていいものでしょうか。

まして、タレントと事務所との間の契約関係は、実態としては普通の雇用関係に近いのが普通だと思います。だとすれば、労働関係法規で規定されている、結婚や妊娠・出産を理由とした不利益な取り扱いの禁止ということは、全面的にではないにせよ、相当程度妥当するものと考えるべきだと思います。

しかし、タレントご本人が納得して、その理不尽を呑む(司法的救済を求めない)のであれば、どんなに理不尽な契約も、現実にはそのまま通用してしまうものではあります。また、市民・視聴者のニーズがある(と企業・事務所側が考える)からこそ、理不尽な契約が交わされていると見ることもできます。私たちひとりひとりの見識と、妊娠・出産ということに対する意識の持ち方が、鋭く問われていると思います。

さらには、スポンサー企業や事務所との関係において非常に弱い立場に置かれているであろうタレント(事務所)の方々に、私たち弁護士による適切な法的サポートあるいはサービスの手が届いていないということではないかと思います」

(弁護士ドットコムニュース)

プロフィール

橋本 智子
橋本 智子(はしもと ともこ)弁護士 あおば法律事務所
大阪弁護士会所属 共著書『モラル・ハラスメント こころの暴力を乗り越える』(2014年、緑風出版)『Q&Aモラル・ハラスメント 弁護士とカウンセラーが答える 見えないDVとの決別』(2007年、明石書店)

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