警視庁本部の課長を務めた警視正の男性(60)が、部下への「フキハラ」(不機嫌ハラスメント)を理由に、昨年12月に処分を受けていたことが報じられました。
報道(朝日新聞、3月10日など)によると、男性は2021年9月から2025年9月ごろにかけて、部下に日常的に不機嫌な態度で接し続ける、いわゆる「フキハラ(不機嫌ハラスメント)」により部下を萎縮させたとして、2025年12月付で「警務部長注意」の処分を受けたとのことです。
何人の部下がフキハラを受けたのかは明らかではありませんが、男性の部下は100人以上いたそうです。男性は3月9日付で辞職したそうですが、今回の処分を理由としたものではないようです。
「フキハラ」とはどのような行為なのか、法的にはどう位置づけられるのか、企業での同様の行為は許されるのか。簡単に解説します。
●本件のまとめ
・「フキハラ」は法律上の定義はなく、法的にはパワハラの枠組みで判断されるが、パワハラに当たらない行為でも組織内で処分の対象になり得る。
・「警務部長注意」は法律上の懲戒処分ではない軽い処分。
・企業の場合には、「フキハラ」を行っていた個人だけでなく、企業自身の責任も問われうる。
●「フキハラ」とは?
「フキハラ」とは「不機嫌ハラスメント」の略で、上司が日常的に不機嫌な態度で部下に接し、部下を萎縮させて就業環境を悪化させる行為を指します。現時点では法律やガイドラインで正式に定義されたものではありません。法的に問題になる場合には、「パワーハラスメント(パワハラ)」として評価されることになります。
「フキハラ」の特徴は、はっきりとした暴言や暴力がない、ということです。それにもかかわらず、感情をぶつけて相手を追い詰めるような振る舞いが典型とされています。
●「フキハラ」もパワハラにあたりうる
パワハラについては、労働施策総合推進法(いわゆる「パワハラ防止法」)30条の2第1項が、次の3つの要素をすべて満たすものと定義しています。
1)優越的な関係を背景とした言動であること
2)業務上必要かつ相当な範囲を超えたものであること
3)労働者の就業環境が害されること
フキハラも、これらの要件をすべて満たせばパワハラに当たります。厚生労働省が定めるパワハラの代表的な6類型の中には、「精神的な攻撃」(脅迫・名誉毀損・侮辱・ひどい暴言)や「人間関係からの切り離し」(隔離・仲間外し・無視)などが含まれています。
なお、6類型はあくまで例示であって限定列挙ではないとされています。つまり、6類型に当てはまらなくてもパワハラになりえます。
●今回の警視正はどんな行為をしていたのか
報道によれば、男性は約4年間にわたり、良好な職場環境を整える立場にありながら、部下に日常的に不機嫌な態度で接し続けたとされています。
部下らの聞き取りでは、「下の立場の者が反論や意見をすると不機嫌になる」「コミュニケーションが一方的」「一度嫌われたら終わり」「部下の報告を途中で遮る」「部下の好き嫌いが激しい」といった証言が得られたといいます。
一方で、「誰よりも仕事をする」「指摘や指示はもっともだった」という声もあり、明確に「パワハラ被害を受けた」と申告した人はいなかったとのことです。
●「ハラスメントと認定された」ってどういうこと?パワハラとは違うの?
この件に関するニュースは、報道ごとに書きぶりが少し異なっています。朝日新聞は「フキハラと認定した」と報じています。一方、毎日新聞はより踏み込んで「パワハラには当たらないと判断された」と明記しています。
整理すると、警視庁は今回の行為について「法律上のパワハラには当たらない」と判断しつつも、「フキハラ」として職場環境を悪化させた行為は組織として看過できないと考え、監督上の措置を発動した、というのが実態のようです。
その理由ははっきりしませんが、前述した3要素のうち、「②業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動」の認定が難しかった可能性があります。明確に被害を申告した人がいなかったこと、「指摘・指示はもっともだった」という声もあったことが、その一因と考えられます。
今回は「フキハラだがパワハラではない」ということのようですが、注意すべきなのは、「フキハラはパワハラにならない」という一般化はできないことです。
あくまで「今回の事案では」パワハラとまでは認定されなかったというだけであり、フキハラ的な行為がパワハラと認定されることは十分にあり得ます。
また、パワハラと認定されなくても、組織の内部基準に基づいて「不適切な言動」として処分されることはあり得ます。「法律違反ではないから大丈夫」ではなく、法律よりも広い範囲で組織としての行動規範が求められているのです。
●「警務部長注意」とは?
今回、警視正は「警務部長注意」という処分を受けたと報じられています。これは「懲戒処分」ではありません。
公務員の懲戒処分は、国家公務員法82条により、免職・停職・減給・戒告の4種類に限定されています。
懲戒にあたらない軽い処分として「訓戒」と「注意」があります。「注意」はこの2つのうち軽い方です。
今回、「警務部長注意」となったのは、法律上のパワハラが認定されなかったことや、明確に被害を訴えた部下がいなかったことが背景にあると考えられます。
●企業でフキハラが起きたら、会社はどんな責任を負うのか
同じような「フキハラ」が民間企業で起きた場合、どうなるでしょうか。
まず、フキハラがパワハラと認定された場合には、パワハラをしていた者(多くの場合は上司でしょう)が不法行為に基づく損害賠償責任を負います。
次に、企業自身の責任も問われます。企業はパワハラ防止法(労働施策総合推進法30条の2)に基づき、パワハラを防止するために雇用管理上必要な措置を講じる義務を負っています。
仮にフキハラがパワハラと認定されれば、加害者本人が民法709条の不法行為責任を負うほか、会社も民法715条の使用者責任として損害賠償責任を負う可能性があります。
また、会社は労働契約法5条に基づく安全配慮義務を負っており、問題行為を把握しながら何ら対応しなければ、この義務に違反したとして、企業自身が709条に基づく損害賠償責任を負うこともありえます。
●「フキハラ」的な行為が違法と認定された裁判例
「フキハラ」的な行為が不法行為(違法)と認定された裁判例はいくつかあります。
東京地裁令和3年(2021年)7月1日の裁判例では、上司が部下に対し厳しい言葉で指導監督を行うようになったことについて、当初はやむを得ない面があったとしつつも、その程度が指導監督の範囲を逸脱して不当な精神的苦痛を与えたとして、不法行為の成立が認められ、慰謝料請求の一部が認容されました。
また、長崎地裁佐世保支部平成25年(2013年)12月9日の裁判例では、海上自衛隊の上司が部下に「できないんだったら、その仕事はやめろ」と怒鳴った行為について、それ以前の高圧的な指示や説明要求は正当な業務指導の範囲とされましたが、この発言については正当な指導の範囲を逸脱すると認定されました。
日常的なフキハラな態度はグレーゾーンにとどまっても、ある一言でラインを越えた例といえます。
一方で、パワハラとは認定されなかった裁判例もあります。大阪地裁平成30年(2018年)3月29日の裁判例では、月に1度の月例会議における上司の発言が「いささか厳しい内容のものが含まれていた」としても、不法行為を構成するまでは認められないと判断されています。
これらの裁判例が示すように、フキハラとパワハラの境界線は非常にあいまいです。言動の具体性・継続性・深刻さ・業務との関連性などによって個別に判断されます。
「不機嫌な態度が続く」という段階ではグレーゾーンにとどまりやすいですが、そこに具体的な発言・圧力が加わり、かつ継続・蓄積されると、パワハラ(不法行為)として認定されていく傾向があるといえるでしょう。
監修:小倉匡洋(弁護士ドットコムニュース編集部記者・弁護士)