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「ワクチン打たない人は働けない」医療従事者、病院で退職迫られ…法的に問題ないの?
(makotomo / PIXTA)

「ワクチン打たない人は働けない」医療従事者、病院で退職迫られ…法的に問題ないの?

「新型コロナウイルスワクチン接種について、今は様子を見たいと拒否したところ、退職届の提出を迫られ、現在自宅待機を強いられています」。病院に勤務する医療従事者から弁護士ドットコムニュースのLINEにこんなメッセージが寄せられた。

男性はワクチンを打ちたくない旨を伝えたところ、職員の2回目のワクチン接種が終わった段階で、上司から「接種してない人はこの病院に入れたくない」「うちの法人では打たないと働けないという方針」などと言われ、6月中旬から自宅待機となった。

その後も「じゃあ辞めて、打たない奴はいらない」「退職願の書き方はネットを見れば載っている」と言われたため、退職理由を「退職を強要されたため」と書いた退職届を出したところ、上司から理由を「一身上の都合」に書き換えるよう求められたという。

男性は7月末に退職することとなったが、「国が任意と言っているにも関わらず、接種しないことによって業務上の不当な扱い、差別を受けることに大変不満を感じています」と病院側の対応に疑問を感じている。

はたして、今回のような対応は法的に問題ないのだろうか。病院側はどう対応すべきなのか。鈴木沙良夢弁護士にきいた。

●ワクチン接種、自分の意思で決めることができる

——ワクチン接種は法律でどのように定められていますか。

コロナワクチンについては「接種を受ける努力義務」はありますが、「接種をしなければならない」という法律上の義務はありません。そのため2021年7月現在では、国との関係では接種を強制されることはありません。

厚生労働省が開設するウェブサイト「新型コロナワクチンQ&A」に「接種は強制ではなく、あくまでご本人の意思に基づき接種を受けていただくものです」と書かれているのもこのためです。

また、2020年の予防接種法等の改正にあたっては、国会でも「接種するかしないかは国民自らの意思に委ねられるものであることを周知すること」、「ワクチンを接種していない者に対して、差別、いじめ、職場や学校等における不利益取扱い等は決して許されるものではないことを広報等により周知徹底するなど必要な対応を行うこと」という内容の附帯決議がされています。

人にはそれぞれ自己決定権がありますのでコロナワクチンを接種するか否かについては自分の意思で決めることができる、ということが前提となっています。

そのため、職場と従業員との関係でも、職場側は従業員の自己決定権や人格的利益に配慮をする必要がある、といえます。

●業務命令によって接種を求めることができるか

——病院側が医療従事者に対して接種を求めることはできるのでしょうか。

医療従事者の場合、職種や業務内容によっては患者と頻繁に接触する機会を持つという特殊性があります。

例えば、医師が外来を担当すれば、発熱を含めた体調不良を訴える患者と接触することになります。コロナウイルスに感染した人と接触する機会は、一般の方と比較すれば、どうしても多くなるといえるでしょう。また、コロナウイルスに感染し、無症状で患者に接触してクラスター発生の要因となる可能性も否定できません。

2021年7月現在では、コロナウイルスに対しては、ワクチン以外に有効な対応方法は見つかっていません。そのため、医療機関側が雇用する医療従事者にワクチン接種を望むことにも相応の理由があります。

医療機関側が、従業員である医療従事者にワクチン接種を求めること自体は問題ありません。

問題は、業務命令によって接種を求めることができるか、ということになりますが、この点は先程述べた自己決定権等との関係で非常に難しい問題を含んでいます。

職場側が従業員に対して業務命令を出すことができる根拠については、職場と従業員との間の労働契約にある、とされています。ある業務命令が認められるか否かは、労働契約にどのようなことが決められているのかという点や、業務命令について就業規則に定められている場合にはその内容が合理的であるか否かという点によって判断されます。

そのため就職の際に労働契約においてワクチン接種が就労の条件とされていたとみることができるのか、ワクチン接種について就業規則にはどのように書かれているのか、その就業規則の内容は合理的かどうか、を判断する必要があります。

ただし、先程述べたとおり、医療従事者の場合であっても、職場である医療機関側が従業員である医療従事者の自己決定権や人格的利益に配慮をする必要があることに変わりはありません。

医療従事者側がワクチン接種をせず、医療機関側がそれを理由として懲戒処分をしたとして、その有効性が裁判所で争われた場合には、今まで述べた話や感染状況等をふまえて個別具体的に判断されることになるでしょう。

●病院は配置転換の打診から対応すべき

——今回の病院側の対応に問題はありますか。

今回の場合も労働契約や就業規則がどのようなものであったか、また男性が患者との接触の機会が多い業務内容であったのか否かによって違いがでそうです。

労働契約で特にこれといった定めもなく、患者との接触の機会も少ないような場合に、男性側から「違法な退職勧奨である」として争われたとすると、裁判所も問題のある退職勧奨であったと判断する可能性があるように思われます。

——病院側はどう対応すべきだったのでしょうか。

今回の件については、病院側としてはまずは男性に対して、患者との接触の機会の少ない業務内容への配置転換に応じられるかどうか打診する等のことから対応すべきであったのではないかと思われます。

新型コロナウィルス感染症については、2021年7月現在ではその性質が明らかにはなっていません。現在もデルタ株などの新しい変異株が発生し、感染拡大「第5波」の到来や医療崩壊の危険性が強く懸念されているように、今後の感染状況がどのようになるかも予測できない状況にあります。

フランスやイタリア、ギリシャなどは、医療従事者にワクチン接種を義務付ける方針を打ち出しています。

日本においてはこのような義務付けはなされておりませんので、医療機関が医療従事者に対してワクチン接種を求めた結果、何らかの軋轢が生じた場合には、個別の事案ごとに裁判所によって判断がされます。医療機関側もこのような現況にあることを念頭に置いた上で対応を検討する必要があります。

プロフィール

鈴木 沙良夢
鈴木 沙良夢(すずき さらむ)弁護士 鈴木沙良夢法律事務所
早稲田大学法学部卒業後、大東文化大学法科大学院を経て2006年に司法試験合格。2012年、鈴木沙良夢法律事務所開設。病院・医療法人のための法律問題解決サイト【医療法人.net】を運営。

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