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路上で男性を誘っても「食べていけない」、夜回り員が見た「歌舞伎町」の実態
新宿・歌舞伎町は「半睡状態」だった(2021年5月上旬/富岡悠希)

路上で男性を誘っても「食べていけない」、夜回り員が見た「歌舞伎町」の実態

5月末まで延長された緊急事態宣言は、歓楽街の様相を変えている。新宿・歌舞伎町は「不夜城」の街灯が減る半睡状態だ。それでも若い男女を中心に一定の人出はあり、路上で男性客を誘う「街娼」も散見される。彼女たちを支援する、ある夜回り員と一帯を歩き、日本一の歓楽街に立つ女性たちが抱える問題を探った。(ジャーナリスト・富岡悠希)

●「来月の生活はどうなるかわからない」

5月上旬の平日午後8時15分ごろ、坂本新さん(49)は歌舞伎町交番(歌舞伎町2丁目)に入り、自身の安全対策として、夜回りに向かう旨の挨拶をした。

出てきた直後、向こうから歩いてきた中年女性が右手を上げて、すっと近づいてきた。

「おっ、どうした?」

旧知の坂本さんが声をかける。白いマスク姿の女性は相談事があるようだった。人目に付きにくい暗がりに移動した2人は数分間、立ち話をした。黒いマスク姿の坂本さんが女性に対し、相づちを打つのが見えた。

その立ち話が終わった後、女性が取材に応じた。40代のマミさん(仮名)が明かしたのは、新型コロナウイルスの感染拡大と緊急事態宣言による窮状だった。

彼女は「街娼」「立ちんぼ」などと呼ばれる「直引(じかび)き売春」を仕事にしている。日が沈むころから出没し、声を掛けてきた男性たちとホテルに向かい、対価をもらう。もちろん売春防止法で禁止されている違法行為だ。

マミさんは、以前は昼間に働いていたが、体調を崩して離職。不仲の親に頼ることはできず、数カ月前から、やむなくこのエリアに来ることになった。

しかし、コロナの感染者が増えるたび、歌舞伎町に来る男性の数は減っていく。特に彼女の相手となる中年以上の男性は、若い男性と比較するとコロナリスクに慎重な傾向がある。

そのため、ここの仕事でも十分に稼ぐことはできず、当初から貯金はできていない。さらに、緊急事態宣言の延長が追い打ちをかけた。一人暮らしを維持する生活費に困るようになった。

「来月、6月の生活はどうなるかわかりません。かなり苦しい」

言葉少なに、こうつぶやいた。

坂本新さん(2021年5月上旬/弁護士ドットコム)

●繋がれない女性たちを支援しはじめたきっかけ

そんなマミさんが「親身になって話を聞いてくれる」とした相手が坂本さんだ。生活保護の受給を検討しており、相談を始めた。この日のような対面のほか、日常的にLINEも送っている。

坂本さんは、マミさんのような女性たちを支援するNPO法人「レスキュー・ハブ」代表だ。一見すると、ひげ面のいかつい「オジサン」。風俗店のガードマンのようでもあるのは、元々、その道のプロだからだ。

大学卒業後、警備会社の社員として活躍した。1994年から2012年までの在籍時には、中南米ホンジュラスや中国・北京の日本大使館などで仕事をした。ロシアでの勤務もあった。

こうした海外勤務で、坂本さんは女性の性的搾取に目を向けるようになる。そして、会社を辞めて、2014年から人身取引の被害者支援するNPO法人で働いた。

しだいに行政のみならず民間団体にも繋がれない女性たちを、より踏み込んだかたちでサポートしたくなった。2018年秋から週に1度、歌舞伎町の夜回りに出るようになると、もっと思うように活動したくなった。

NPOを離れ、2020年4月にあらたに「レスキュー・ハブ」を立ち上げた。

しかし、見知らぬ「オジサン」が相談を受けるようになるには、同じ女性と3、4度と顔を合わせる必要がある。

初見でも受け入れてもらうために、カイロやマスクなどのちょっとしたアイテムを手渡す。夜回り中に抱えているカバンには、こうした物品がつまっている。

同行取材日は、コスメブランド「ロクシタン」の消毒液があった。ロクシタンジャポンがNPO法人に無償提供してくれたものだ。

それらに「お話を聞かせてください」と題した紙をはり、スマートフォンの番号を記している。

●「1回1万5千円まで値切られるようになった」

午後8時半ごろ、坂本さんは歌舞伎町2丁目エリアに立つ女性たちに、アイテムを配り始めた。このエリアに通うこと2年半ほどになっているため、顔見知りは多い。アフリカ系の女性とは、英語交じりで言葉を交わした。

そうした相手の1人が、20代のアヤさん(仮名)。黒いマスクの上からのぞく目には、ばっちりメイク。小腹が空いたと訴えた彼女に、坂本さんは近くのコンビニに走ってクッキーを差し入れした。

先のマミさんと違い、アヤさんは当面、お金には困っていない。それでも、コロナの影響をもろに受けていた。

街娼と男性たちは、その都度交渉し、対価を決める。アヤさんは、ここに来るようになってから3年ほど。彼女の場合だと、コロナがはやる以前は1度のホテル同行で2、3万をくれる男性が多かった。

ところが、今は1万5千円程度まで値切ってくる客が少なくないという。

「コロナで懐が苦しくなっているのかな」

アヤさんによる、街角景気ウオッチの感想だ。

坂本さんが配るアイテム。裏には連絡先も(2021年5月上旬/富岡悠希)

●「街を歩いている人も少なくなっちゃった」

坂本さんの夜回り対象は、女性が男性を接客する「ガールズバー」の女性スタッフにも及ぶ。午後9時半ごろ、歌舞伎町2丁目を離れ、もっと賑わいがあるエリアに移動した。

各店舗の前には、男性を呼び込むため、女性スタッフたちが立っている。2人1組でいることが多い。坂本さんはアイテムを配りながら、団体の活動を告知していく。

キュロットパンツをはいた、ショートカットの20代女性、ユウカさん(仮名)に話を聞けた。

彼女は緊急事態宣言による人出の減少を嘆いた。宣言が出る前の4月25日以前は、まん延防止等重点措置が出ていたが、「その時は、まだ人がいた」。

それが「ガラッと一気に減った」といい「街を歩いている人も、店にくる人も少なくなっちゃった」。

ユウカさんは時給で働いているが、お客がいないと店は早じまいする。「そうすると、一人暮らしの生活に響くんだよね」。恨めしそうに、こう吐いた。

彼女の店の周囲は、普段ならばネオンが華やかにきらめく一角だ。しかし、この日はカラオケ店舗が入るビルは、上から下まで消灯していた。向かい側で点灯する「I ハート 歌舞伎町」の赤い灯が、その暗がりに反射していた。

●街娼になっても稼げない女性たち

約2時間半の夜回りを終えた坂本さんに、コロナ禍が歌舞伎町の女性たちに与える影響を聞いた。

「客が減ったデリヘルなどの風俗店から、ここの『直引き』に流れてくる女性が増えるなど、彼女たちを取り巻く環境は悪化しています。街娼になっても稼げず、その日の食事や宿泊場所に困る生活が苦しい女性もいます」

「それでも、自分が行政の支援対象にならないと思い込んでしまっている。また、自分の選択が招いた窮状だという『自己責任論』にとらわれ、助けを求められない」

「『直引き』で稼げていても、心身への負担が重なり苦しくなるかもしれない。ガールズバーの店員たちでも、何らかのトラブルに巻き込まれる可能性もあります」

「女性たちが今の環境を抜け出したいと思ったとき、助けとなる存在がいります。私自身ができることには限りがあるけど、ハブ役となり、いろいろな団体などにつなぐことはできます。これからも、夜回りを続けていきます」

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