「セクシャル・ハラスメント」が新語・流行語大賞(新語部門・金賞)に選ばれたのは1989年のこと。「セクハラ」という言葉はすっかり定着しているが、40年ほど前まで、そうした概念を指す言葉は日本にはなかった。
大きなきっかけになったのは、同年に提訴された福岡県での民事訴訟。女性編集者の晴野まゆみ氏が、職場での性的嫌がらせを受け、退職を余儀なくされたとして裁判を起こしたことが話題になった。難しい裁判だとみられたが、1992年に晴野氏が勝訴し、確定した。
この「福岡セクハラ訴訟」に着想を得た、綾瀬はるかさん主演の映画『ファーストボイス』(10月2日公開)の試写会が9月18日、日弁連主催で実施された。
上映後には、福岡セクハラ訴訟の原告代理人で元弁護士の辻本育子氏が登壇し、「大事なのは諦めないこと」と強調。「原告が諦めていたらこの裁判はなかった。弁護士は諦めない人に寄り添うような、そんな在り方でいてほしい」と現役弁護士にエールをおくった。
●就職格差で決意「性差別の事件をライフワークに」
辻本氏が弁護士を志したのは、就職のタイミングで女性差別を体験したからだという。男女雇用機会均等法ができる以前の、1970年代のことだった。
就職しようとしても、求人票に女子学生向けのものはない。ならばと公務員試験を受けたところ、面接で女性の仕事は「お手伝い」と言われた。
「要するに就職できなかったから弁護士になったんですけど、そういうことがあったので、性差別の事件を弁護士としてのライフワークにしようと思いました。 ところが実際には、10年くらいやっても、そういう相談が来なかったんですね」
問題がないから相談に来ないのなら良いが、そんなはずはない。
相談先が分からないのかもしれないと考えた辻本氏は、原田直子弁護士とともに1989年、「女性協同法律事務所」を福岡市に開設。女性弁護士による女性のための法律事務所として、複数メディアに報じられたという。
セクハラ裁判の原告になる晴野氏も、報道を見て、生まれたての事務所を訪れた一人だった。
辻本育子氏
●名誉毀損ではなく「性差別」で戦う
原告の晴野氏は出版社で働く編集者だった。多くの仕事をこなし、周囲の評価が高かったことが不満だったのか、編集長と対立。性的なデマ・悪評を流され、退職に追い込まれていた。
しかし、女性協同法律事務所にたどり着く前、他の弁護士からは「勝つのは難しい」と断られていたという。
「名誉毀損ということなら、彼女が受けたような仕打ちは、当時の職場ではよくあることだった。他の弁護士さんが『負けます』と断ったのもその通りだと思うんですよ」
しかし、辻本氏らはこの事件を名誉毀損ではなく、性差別の問題として扱うべきだと考えた。理由は大きく3つある。
1つ目は当時、女性は「職場の花」として、男性を支えつつ評価は求めない働き方を求められており、その枠からはみ出すと非難されるという風潮があった。晴野氏のケースもこれに当てはまると考えたこと。
2つ目は、性的な悪評が攻撃として効いたのは、晴野氏が女性だったからだということ。
3つ目は、相対的にパフォーマンスの低い男性の編集長が残り、給料がその約3分の1だった晴野氏のほうが辞めさせられていること。
「このまま放置したら、性差別を認めることになるわけで、正面から戦わないとダメだし、意味ある裁判になると思いました」
ただ、勝算は低いと考えていたという。実際、福岡の女性弁護士に協力を呼びかけても、「こんなので勝てるの?」という反応が大半だったそうだ。
「勝つのは難しい。9割以上負けるだろうなと思いましたけど、仮にこの事件で負けたとしても、いつかきっと何かの戦いでは勝つはず。原告の彼女が裁判をやりたいと思うのなら、やろうという気持ちでした」
転機になったのは、都内の女性団体がつくった、アメリカのセクハラ法制を紹介するパンフレットとの出会いだった。アメリカで性差別なら、日本でも性差別と言えるはず。裁判所に事件の本質を説得するうえで役に立ったという。
●匿名化と「支援する会」で原告を守る
裁判では、原告をいかに守るかにも心を砕いたという。
「原告が潰れてしまったら裁判ができない。普通の裁判でも、裁判の原告になるのは精神的負担になる。特にこの裁判は性的な悪評が流れたことが中身ですから、原告は法廷で同じような攻撃を受けるわけです」
裁判所にも協力をあおぎ、晴野氏の名前が出ない形で訴訟を進めるとともに、対マスコミでは「原告A子」という匿名を貫いた。
裁判に当たって、支援する会も立ち上げた。
「全国の女性たちが、自分たちの問題だと思って支援してくれることが原告を守ることにつながるし、原告一人だけの問題ではなく、多くの女性が苦しい思いをしていることを裁判所に、目に見える形で知らしめる目的もありました」
実際、期日ごとに全国から支援者が集まり、傍聴席を埋めていたという。
支援者らは期日が終われば、ニュースレターをつくり、取材の申し込みもさばく。弁護団が裁判に集中できる環境をつくってくれたといい、辻本氏は「支援する会の活動がなかったら、この裁判はなかなか勝てなかった」と振り返る。

●「会社も敗訴」のインパクト
1992年の判決は、セクハラの違法性を認めただけでなく、会社の責任も認めた。
「セクハラが認められたことだけでなく、使用者(会社)側が被告になって負けたことも大きい。それまでは加害者と被害者の個人間の争いで、会社は高みの見物だった。仮に女性が勝っても職場は変わらない。ところが、放置していたらマズいということが分かった」
その後、セクハラの防止は、男女雇用機会均等法改正で企業の義務になっていく。
こうした変化を辻本氏は「確かに前進」と前置きしつつも、「職場における差別や労働における差別は根本的には改善してない」と指摘する。
「均等法は要するにチャンスを与えましょうねってこと。私が就職しようとしたときは、そもそも入社試験すら受けられなかった。均等法はそういう機会は、女の人にも与えてあげましょうっていう法律ですよ」
仮に採用されても、女性がずっと働き続けることができるか。給与格差はないか。男性と同じように意思決定に関与できる地位にいるか——。
まだまだ男女平等には遠く、課題を感じているという。
●「常識を疑ってみませんか」
映画『ファーストボイス』のプロデューサーである坂野かおり氏によると、映画化のきっかけは、2018年にネットニュースで福岡セクハラ訴訟の記事を読んだことだという。
「最初に声を上げた人を支えて、弁護団や支援者たちが一緒に戦った結果、勝訴したという事実にすごく励まされるなと感じて、この話を映画にしたいなというふうに思いました」(坂野氏)
翌年、原告側代理人だった原田弁護士が日弁連の副会長に就任。東京で直接取材をする機会が生まれた。
「辻本先生も原田先生も、3人のお子さんを育てながら、無報酬でこの裁判に向かわれたということで、本当にすごく感動して、勇気あふれる主人公の像が思い浮かびました」(坂野氏)
坂野かおり氏
公開前日の10月1日には、改正均等法が施行され、すべての事業主に対して、求職者に対するセクハラ防止義務などが課される。
最初に声をあげた人がいて、支援する人がいて、バトンを受け継いだ人たちがいたからこそ、少しずつ社会は変化してきた。
坂野氏は、「嫌な思いを感じる時って、もしかしたら自分が悪かったんじゃないかなというふうに思うことがあると思うんですけれど、自分が悪いとは思わないで、常識を疑ってみませんか」と締めくくった。