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「小さな人権侵害も見逃さない」創設80年のJASRACを貫く「根本原理」
JASRACの浅石道夫理事長

「小さな人権侵害も見逃さない」創設80年のJASRACを貫く「根本原理」

JASRAC(日本音楽著作権協会)が今年で創立80周年を迎える。ネット上では悪い評判が立ちやすいが、昨年度は史上2位の徴収額の見通しとなるなど、絶好調といえる状況だ。弁護士ドットコムニュースは、2016年から陣頭指揮をとる浅石道夫理事長にインタビューをおこなった。浅石理事長は将来を見すえて事業の改革に取り組んでいる。インタビュー前半は、JASRACの80年の歩みや著作権についての考え方を聞いた。(弁護士ドットコムニュース編集部・山下真史)

●「絶好調」でも演奏権が根本にある

――まず、JASRAC80周年を迎えて、率直にどのようなことを考えていますか?

浅石道夫理事長(以下、浅石):JASRACは、日本の経済発展と共に歩んできました。(1939年に前身団体が)創立してすぐ第二次世界大戦ですから、実際に活動をはじめたのは、戦後からということになります。それから、戦後復興と経済発展がありました。

JASRACにおける史上最高の使用料徴収額は、2007年の1156億円です。その1年後のリーマン・ショック(2008年)や東日本大震災(2011年)を経て、徴収額少しずつ持ち直してきて、2018年度は1138億円の見通しで、史上2位の徴収額です。ようやく、世界規模の金融危機を乗り越えてきたという状況ですね。やはり、音楽だけが独立して動いているというよりも、経済と共にあると思っています。

――最近ではインターネットで音楽を聴くかたちも広がっています。

浅石:いわゆる「インタラクティブ配信」が増えています。ガラケーの着メロ・着うたからはじまって、スマホの影響でダウンロードになって、今ではストリーム型が主流です。インタラクティブ配信の使用料は、2017年度が140億円でしたが、2018年度は190億円くらいと予想されています。

心配なのは、いわゆる「聴き放題サービス」(サブスクリプション型)などが、ほぼ出揃ったことです。そういう中で、企業が何を考えているか、JASRACはどう対応していかなければいけないのか、権利者への適正な対価の還元をどう維持・拡大していくか。今はある意味で絶好調ですが、将来的にずっと右肩上がりかというと、なかなか難しいところもあるのではないかと思っています。

――デバイスの進歩がある中で、JASRACの役割に変化は?

浅石:それでも、根本にあるのは「演奏権」だと思っています。生演奏をどのように管理していくか。CDなど物が残る場合は利用者も納得しやすいけれど、歌ってしまうとなくなる無形の利用に係る権利について、どう納得してもらうか、ということです。

私がJASRACに入った1975年は、ちょうど、大箱のキャバレーが下火になって、中規模のクラブ・ラウンジが流行り出してきたころです。当時のキャバレー経営者たちはプロでした。たとえば、キャバレーで育ったホステスさんが一人前になって、独立して店(クラブやラウンジ)を開くとき、キャバレー経営者が、風営法の許可と合わせて、著作権の許可・許諾についても、ちゃんと教えてから送り出すという時代でした。

1980年代にカラオケがはじまってから、いわゆる社交飲食業のプロとはちがう、一般の人たちが入ってきて、中には著作権の認識がない人もいました。それでも、1987年からカラオケ管理をはじめて、現在は90%以上の管理率となり、ようやく演奏権の分野で著作権の認識が広まったかと思っていたところ、今度は、BGMの適正利用の推進で新たな状況が生まれています。時代は繰り返すのかなと思っています。

●音楽教室から徴収するわけ

――音楽教室から使用料を徴収する方針(2017年発表)の位置づけは?

浅石:著作権法附則14条の撤廃(1999年)によって、JASRACは2002年から飲食店等での録音物の再生の管理を開始しました。ヤマハ音楽教室さんは、生と録音物再生の両方をやっているので、2003年から許諾手続きの必要性をご案内しています。決して、2017年から、交渉をはじめたわけではありません。それが訴訟に発展してしまったのです。当事者間の話し合いに見切りをつけて、第三者の判断に委ねざるを得ないというふうに、音楽教室さん側が考えられたわけです。音楽教室さん側から見れば、そういう状況なのかなと思います。

現行の著作権法を起草した加戸守行さんが、20年以上前のJASRAC理事長時代に、口酸っぱくおっしゃっていたことがあります。次のようなエピソードです。

「1947年に独立したインドの初代首相、建国の父といわれるネール(ネルー)首相に、インドの公益団体がネール首相の講演をもとに、政談集・講演集という形で本を作って出版したいと考え、その団体から『ネール首相、どうか著作権使用料はタダにして頂いて発行させてもらいたい』と依頼した。

それに対するネール首相の返事は『私の講演集を発行すると言われたけれども、紙代はタダでしょうか、印刷代もタダでしょうか、それを製本する費用もタダでしょうか、本を配る費用もタダでしょうか、もちろん広告・宣伝もありますが、関係する人はみんな無報酬でされるのでしょうか、それならばわかりますけれど、そうでないならば、なぜ私の講演あるいは政談がすべてタダで使用されるのでしょうか』というものだった」

音楽教室に置き換えると、公益団体ではなく、株式会社なのに「タダにしろ」と言っているわけです。ネール首相の言葉を借りると、タダでレッスンしているんですか?それを教えている講師も携わっている従業員もみんなボランティアでやっているんですか?宣伝・広告もしていますよね。なぜ著作権だけタダなんでしょうか?

しかも、音楽教室は「教育だ」と言っていますが、「学校」ではありません。複製利用について、著作権法はご存知のように「学校その他の教育機関」を例外としていますが、「その他の教育機関」も「営利を目的として設置されているものを除く」と明確にしています。

また、演奏権は『非営利』『無料』『無報酬』の3つがそろわないと、許諾なしに使用することはできません。非営利ではなく、授業料もとっているし、講師も無報酬ではありません。ネール首相がおっしゃった「自分の作品が利益のために使われるんですか?」というところですね。

●著作権は「基本的人権」だ

浅石:弁護士や学者や、有識者に「著作権とは何ですか?」と聞いたことはありますか?

――そう言われてみると、そういう直球の質問をしたことはないかもしれません。

浅石:みなさん、「著作権とは何か」を言わないのです。

JASRACが理事団体をつとめるCISAC(著作権協会国際連合)が、アルゼンチンのブエノスアイレスで会議を開いたとき、日本でいえば、文化庁の著作権課長にあたる方が、同国の著作権法のレクチャーをすることがありました。冒頭、その方は「我が国における著作権は人権です」とおっしゃった。「著作権とは何か」とちゃんと説明したうえで、話をはじめるわけです。

また、「著作権保護期間は30年」と主張している(欧州の)海賊党の議員も、「著作権は何か?」とたずねると、「人権です」と答えてくれます。しかし、日本の著作権専門家の中で、「著作権とは何です」と言ったうえで、いろいろと主張をされた方は、私の記憶にはありません。

加戸さんは「著作権は天賦人権ではない」とおっしゃっています。法律以前にあるものではなく、法律の定めによる、ということですね。では、原点は何かというと、財産権を定めている「憲法29条」です。

「憲法29条 財産権は、これを侵してはならない。 2財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める。 3私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用ひることができる。」

知的財産権(著作権)は基本的人権です。そして「正当な補償の下」に使えると書かれています。しかも、判例でも条約でも「人権だ」とされています。それでも、日本の法律家は「知的財産権は基本的人権だ」と言いません。

●「ブロッキングめぐる議論に不満だった」

浅石:海賊版サイトのブロッキング(2018年度)をめぐる議論も、私は非常に不満でした。ブロッキングに反対している人たちは「憲法21条2項の『通信の秘密』に抵触する」と主張していました。それに対して、ブロッキングを導入しろと言っている人たちは「こんなに被害があるんだ」と言うだけで、「基本的人権である財産権を守れ」と言っていませんでした。

憲法は、基本的人権は、他の基本的人権や公共の福祉とぶつかる、ということを想定しています。その解決策として、「正当な補償」が必要だとしています。ブロッキングの議論では、「基本的人権VS基本的人権」という中で、日本人の英知をあつめて、どう解決するのか、と期待して待っていましたが、まったくその話はされませんでした。真摯な人権の議論をなぜ避けるのでしょうか。

この議論からしても、人権同士の争いにならないところが、この国の人権意識の広がりのなさだと思います。「人に人権 音楽に著作権」。JASRACで1958年(昭和33年)、一般募集した標語です。もう還暦を迎えた標語ですが、色あせず、現在も使っています。60年前の人たちのほうが、よほど人権意識があったのかなと思います。現在は、物ごとを人権としてとらえない人たちが多すぎます。

「JASRACはこんな小さいところまでとりにくるのか!」と言われることがありますが、小さな人権侵害を見逃してどんなことが起きるのか。たとえば、いじめ問題を考えてみてください。同じように「どんなに小さな人権であっても、その侵害を許さないんだ」という問題意識で、JASRACは仕事をしています。

また、経済のために知的財産をどう利用するかしか考えていない人が多いと思います。しかし、経済と文化は国の両輪です。どちらが優位というわけではなく、それぞれが回って、国が走っていく。だから、「経済のためだけ」に知財を使っていくということには「ノー」と言いたい。「それぞれが牽引している」と言いたい。

ただ、冒頭に申し上げた通り、JASRACが、日本の経済発展と共に歩んできたのは事実です。極端な話、戦争のころは、何の活動もできていなかった。そういう意味で、平和で、経済が順調に動いていることが、著作権の発展につながっていきます。

(弁護士ドットコムニュース)

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