歌手で俳優の美輪明宏さんが91歳で亡くなった。所属事務所が発表した直筆メッセージには「この世のすべての問題を解く鍵は愛です」という言葉が遺されていた。
歌や演劇で戦後の芸能史に大きな足跡を残した美輪さんは、晩年、芸術家・文化人という枠を超え、幅広い世代に愛されるテレビタレントとしても唯一無二の存在感を放った。
なぜ、その言葉は多くの視聴者の心に届いたのか。テレビ業界で長年番組制作に携わってきた立場から、美輪明宏という存在がテレビにもたらしたものを改めて考えてみたい。(テレビプロデューサー・鎮目博道)
●「偉大な文化人」だから愛されたわけではない
美輪明宏さんは、歌や演劇をはじめ多方面で活躍し、戦後日本を代表する文化人の一人だった。同時に、これほど幅広い世代に愛されたテレビタレントも、そう多くはいない。
ただ、不思議なのは、「偉大な文化人」だったから「愛された」というわけでは、必ずしもないことだ。
テレビで美輪さんに魅了された人の多くは、歌手や舞台人としての歩みをほとんど知らなかったのではないか。
「どんな人かは詳しくは知らないけど、なんだかすごそうな人」
そんな印象を抱いていた人にこそ、美輪さんの言葉は深く刺さっていた。そのことこそが、テレビにおける美輪さんの唯一無二の存在感を物語っている。
●テレビは「人間の本質」を映し出す
それは、テレビというメディアの本質でもある。
テレビは恐ろしいことに「人間の本質」を残酷なほど映し出す。
どんなに立派な肩書きがあっても、どれほど雄弁であっても、その人の言葉に重みがあるのか、それとも軽いのかは、視聴者には見抜かれてしまう。
私たちテレビの作り手は、そのことを嫌というほど知っている。表情や声、目力、全身の佇まい──言葉では飾れない、その人の「素顔」が画面から伝わってしまうからだ。
だからこそ、美輪さんをテレビで見た人も、先入観や予備知識ではなく、その人生の重さや深さを、一種の「オーラ」として感じ取っていたのだと思う。
●視聴者は「この人になら叱られたい」と思える人を求めている
私は、テレビで最も強い存在感を放つのは、視聴者が「この人になら叱られても納得できる」と思える人だと思っている。
誰しも人生に迷いがあり、自分の生き方に不安がある。先の見えない時代だからこそ、爽快に「喝」を入れてくれるような言葉を求める人は少なくない。
ただし、誰に叱られてもいいわけではない。「偉い人」だからでも、「賢い人」だからでもない。むしろ「成功者」に叱られても腹が立つだけだ。
心から「この人になら叱られてもいい」と思えるだけの人生を歩んできた人でなければ、その言葉は響かない。
●苦難を越えた人だけが持つ「優しさ」
その点、美輪さんは、まさに数多くの苦難を乗り越えてきた。
長崎で被爆を経験し、性的少数者として偏見や差別とも向き合ってきた。「ヨイトマケの唄」では、貧しい労働者に寄り添う歌を歌った。
そうした人生経験は、説明されなくても画面を通して視聴者に伝わっていた。
誰よりも人の弱さを知り、それを乗り越えてきた人だからこそ、「この人になら叱られたい」と思える。そして、修羅場をくぐってきた人ほど、人を受け入れる優しさも持っている。
さまざまな人生を受け止める包容力。それがあったからこそ、美輪さんの番組は幅広い世代に愛された。
他人の弱さを知る人は、テレビに向いている。マツコ・デラックスさんをはじめ、個性的なタレントが活躍している背景にも、どこか共通するものがあるように思う。
●スピリチュアルではなく「人生に即した言葉」
美輪さんの代表作として『オーラの泉』(テレビ朝日)を挙げる人も多い。
だが、私は美輪さんを「スピリチュアルの人」だとは思っていない。
あの番組で、スピリチュアルな役割を主に担っていたのは江原啓之さんだった。一方、美輪さんは自らの豊富な人生経験をもとに「人生に即したアドバイスを与えること」に徹していた。
スピリチュアルな世界と、視聴者の人生を結びつける橋渡しができたのは、弱い立場の人々に寄り添いながら生きてきた美輪さんだったからこそだ。
●テレビを通じて「愛」を稀有な存在
事務所が公表した直筆メッセージには「この世のすべての問題を解く鍵は愛です」と記されていた。
まさに、美輪さんはテレビを通じて「愛」を伝えた人だった。
その愛は、ただ優しいだけではなく、時に厳しく叱りながら、それでも最後は相手を受け入れ、励ます愛だった。
だからこそ、その言葉は多くの視聴者の心に届いたのだろう。
人生そのものが画面越しに伝わる出演者は、決して多くない。美輪明宏さんは、テレビというメディアの力を体現した稀有な存在だった。