とあるブログを発端として、各弁護士会に対し、大量の懲戒請求が届いた問題で提訴の動きが進んでいる。神原元弁護士は5月9日、請求者らに損害賠償を求めて東京地裁に提訴。佐々木亮弁護士と北周士弁護士も5月16日に記者会見し、6月下旬から訴訟を起こすことを明かした。
しかし、この問題で負担が生じているのは、請求を受けた弁護士だけでない。彼らが所属する弁護士会にも郵送費用などが発生している。
弁護士法上、懲戒請求者らに対しては、調査開始とその結果を書面で伝えなくてはならない(同法64条の7)。通常は配達証明などの手法が取られるため、1件当たりの郵送費用は合計で千円を超える。
日弁連によると、このブログに起因すると見られる懲戒請求は、2017年だけで21弁護士会に約13万件送られた。朝鮮学校への助成金交付などを求める声明に反発するものだ。費用を抑えるため結果をまとめて送るなどの工夫も取られているが、それでも郵送費は1単位会当たり数百万円になると推測される。
●弁護士・懲戒請求者・日弁連の三者に調査開始を通達
どこで費用が発生するのか。懲戒制度の仕組みを見てみよう。
懲戒請求は、各地の弁護士会に届く。受け取った弁護士会は、会内の「綱紀委員会」に調査を要求する。
この際、各弁護士会から、(1)懲戒請求を受けた弁護士、(2)懲戒請求者、(3)日弁連、の三者に調査開始の通達が送られる(同法64条の7)。当然、いずれも郵送費が発生する。
郵送方法は会ごとに異なる。たとえば、東京弁護士会では通常、請求者への発送は、簡易書留を使っているという。費用は最低でも1通392円(82円+310円)だ。
●結果の通知は「配達証明」 最低1通822円
懲戒請求を受けた弁護士は、綱紀委員会から弁明を求められるため、対応を余儀なくされる。その間、弁護士会を変更できないので、開業や転居などが困難になりうる。
調査の上で、綱紀委員会が審査相当と判断すれば、各弁護士会の「懲戒委員会」が処分を判断する。弁護士法は、審査する・しないも含め、結果の通達を求めているため、ここでも郵送費がかかる。
この「出口」部分の通達は、異議申し立てに期限があることから、通常は「配達証明郵便」が使われている。最低でも1通822円(82円+310円+430円)だ。
●個別の懲戒請求については郵送費が発生している
ブログを発端とした懲戒請求は2017年6月頃から届き始めた。日弁連は同年12月、中本和洋会長(当時)の声明を発表。各弁護士会の会長に、これらを懲戒請求として扱わないよう伝えたと明かした。
各弁護士会もこれに呼応して声明を発表。この手の懲戒請求が届いても、綱紀委員会に上げない対応を取った。調査開始・結果の通達は必要なくなり、郵送費用がかからなくなった。
ただし、これはあくまでも「所属弁護士全員を懲戒することを求める」書面についての対応だ。個々の弁護士に送られた懲戒請求については、制度に沿って運用されているようだ。提訴を予定している佐々木・北両弁護士が所属する東京弁護士会は「個人宛てのものであれば、手続きに乗せている。手続きは手続きなので粛々とやっている」と話す。
●「弁護士自治」のため、強く出られない弁護士会
懲戒請求の中には、弁護士本人のツイートを貼り付けるだけという明らかな不当請求もある。なぜ、そんなものも懲戒制度に乗せるのか。
キーワードは「弁護士自治」だ。弁護士は、仕事の性質上、権力と対峙することもある。そのため、戦後にできた弁護士法では、懲戒は国ではなく、弁護士会内部で判断することになった。
自治を保つ上では、厳しい倫理が求められる。その趣旨からすれば、組織的だからといって、機械的に跳ねつけてしまうと、弁護士自治への信頼が揺らぐ懸念がある。
日弁連内部では、中本前会長の声明を出す際にも議論があったという。懲戒請求者に対する提訴の動きについても、「懲戒請求したら、弁護士に訴えられる」という誤ったメッセージが世間に伝わり、萎縮効果を生むのではないかと心配する向きもあるそうだ。
ブログにそそのかされた人にとっては軽い気持ちだったのかも知れない。しかし一連の懲戒請求によって、「弁護士自治」という根幹を人質にとられた弁護士会は、悩ましい選択を求められることになったのだ。
【5月17日12:20】費用について、「1単位会当たり数百万円」と表現を改めました。