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親に勝手にSNS投稿され苦痛、子どもに止める権利はある? 西原さんのエッセイめぐり話題に
写真はイメージです(​​polkadot / PIXTA)

親に勝手にSNS投稿され苦痛、子どもに止める権利はある? 西原さんのエッセイめぐり話題に

人気子育てエッセイ漫画「毎日かあさん」の作者で漫画家の西原理恵子さん(57)の娘が、幼少期から母親の作品のために、自身が嫌がっているにもかからず個人情報を公開させられ続けてきたことへの精神的苦痛などをつづった実名ブログが公表された。

娘側の受け止めとのギャップが明るみになったことで、ネット上のコメント欄では、西原さんのような著名人のケースにとどまらず、育児中の親などが、SNSなどで子のプライバシーを第三者に開示することをめぐって、活発な議論が繰り広げられた。

「毎日かあさん」は、毎日新聞紙上で2017年まで15年間にわたって長期連載され、子育てエッセイの先駆け的存在としても知られている。作中に登場する実の娘「ぴよ美」をはじめとする2人の兄妹のユーモラスでほのぼのとしたエピソードや、西原さんが子育てに奮闘する姿は、子育て中の母親のみならず、多くのファンから共感や感動を呼んだ。

その一方で、娘はブログで<お母さんは何を思って私の許可無く、私の個人情報を書いて、出版したんだろう><嫌がっている私を、むりやり、押さえつけて、抵抗が無くなるまで、書かないでといったことを書いた>などと母親を糾弾。幼少期から精神的・身体的虐待を受けたことにより、いじめや登校困難、整形やリストカット、精神科への通院、15年前に他界した父親の苗字に改名したことなども、つづられていた(現在は削除)。

西原さんのケースを踏まえ、子どもの権利や児童福祉に詳しい高島惇弁護士に、親による子のプライバシー開示のあり方について聞いた。(ライター・今川友美)

高島惇弁護士

●西原さんのケースを特殊事例だと言い切れるのか

今回の西原さんと娘との”すれ違い”ともいえる出来事について、高島弁護士は「幼少期から事実上本人の同意なく作品化されたことについて、大きく傷ついたのは十分理解できます」と語る。

「児童虐待と評価すべき事情があれば、保護者として児童の生育へ悪影響を与えた事実をきちんと受け止めなければいけません」としたうえで、「それとは別に、今回のプライバシー開示をめぐって、一般論として法定代理人である親権者が子の個人情報をある程度コントロールする権利があるとしても、インターネット社会において安易に開示することの問題性はもはや看過できない状況です。それが今回の件で顕在化した印象を受けます」と語る。

今回のケースは「著名な方による人気作品というところで、一般の方が育児アカウントとして発信されているケースとは異なる、より深刻な問題があります」と、特殊性に言及した。

だが、同時に、決して特殊なだけにとどまらず、一般市民でも同様の問題が生じ得る普遍性もはらんでいると、高島弁護士は言う。

「こうした現象は、インターネット社会特有のものかというとそうではなく、ネット以前の時代から、世間話の一環として自分の子どもの失敗エピソードなどを地域での保護者間で話すことはあったし、多くの場合、そのようなエピソードは子どもの同意がなく勝手に話されていたと思われます」

●なぜ親は子どものプライバシーを発信したくなるのか

なぜ保護者はわが子のプライバシーを開示したがるのか。高島弁護士は「保護者自身が持っている承認欲求やエゴが原因ではないかと考えざるを得ないケースはやはり存在します」としながらも、個別的な要因によるところが大きく、いちがいには評価できないと説明する。

「承認欲求以外にも、たとえば子への過干渉や家庭的な事情による共依存というケースもあるだろうし、子との境界線があいまいになってしまい、まるで子のエピソードを自分のエピソードのように受け止めて発信しているというケースも見受けられます。

さらにいえば、将来子どもが自身の幼少期を振り返られるようにとの善意から、日記代わりにインターネット上で記録化して公表しているケースも十分あり得るでしょう」としている。

外に発信されてしまう事態が重なるにつれ、「『自分の私生活が周囲に知れ渡っている』という事実が、社会へ参加することに対する恐怖心という形で子の成育に大きな悪影響を及ぼす可能性が大きくなっています。実際、ブログによる私生活の公表が契機となって学校内でのいじめに発展したというケースも報告を受けたことがあります」と、危険性について、高島弁護士は警鐘を鳴らす。

●法で触れられることのなかった「親に開示されたくない権利」

ならば「子が保護者に開示されたくない権利」というものも、果たして存在するのだろうか。

高島弁護士は「子の、親に対する関係での自己情報コントロール権の有無といった議論は、これまで明示的に検討されていなかったと思います」と話す。

その理由は2つ考えられるという。ひとつは、「親による子のプライバシー開示が心理的虐待に該当する可能性について、児童相談所も含めてさほど深刻視してこなかったことが考えられます。典型的な心理的虐待は、児童に対する直接的な暴言や児童の面前での夫婦げんかなどが該当します。しかし、育児ブログやアカウントはネガティブな理由で行っていないのが通常であって、内容としても育児におけるありふれたエピソードが主に展開されるため、子のプライバシーという観点から深刻にとらえにくいのではないでしょうか」ということだ。

もうひとつは「法定代理人である保護者は、子にたいして監護教育権を持っているため」としている。どういうことかというと、「親権者として子に対する監護教育権を適切に行使している限り、児童との関係で利益相反に該当するとは通常推認しにくい」ということだ。

このため、たとえば、学校や病院などに対して学習記録や医療記録といった子の個人情報を開示請求することも、児童の生命身体を害するおそれがあるなど特段の事情がない限り適法であって、むしろ子に関する情報を把握するのは保護者として望ましいとすら考えられる。

高島弁護士は「ただ、なかには、親としては子の個人情報を知りたいものの、子本人は親に知られたくない、仮に知られても第三者に伝えてほしくないという事態は当然想定されるし、それが単なる親子間でのいざこざにとどまらないケースもあり得ます」とし、そうした事例も、近年には実際、増えてきているという。

そのような場合、「保護者の『子に関する情報コントロール権』と子の『自己情報コントロール権』とで権利の衝突が生じ得ますが、そういった衝突が利益相反の枠組みにおいて考慮されるべきかどうか、議論が十分深まってきませんでした」。

とはいえ、「成人年齢の引き下げや、子どもの権利条約批准を踏まえて子の意思を尊重しなければいけないという意向は近年、高まりつつあります。親が法定代理人として子の個人情報をある程度コントロールできる以上、個人情報の公表をもって直ちにプライバシー侵害という話にはならないわけですが、今回の出来事が一つの契機となって、たとえ未成年であっても『自己の個人情報を親に知られたくない』『自己のプライバシーを勝手に公表されたくない』という意思が保護されなければならないという共通認識が生まれてくれば、社会が大きく変化していく可能性はあります」と議論の深まりを期待している。

●情報を発信することで「救われた」人も

一方で、ネット上のコメント欄には、育児アカウントを開設している保護者から<求めるのは共感と応援>などといった声もあげられた。孤立しがちな環境に置かれた保護者がアカウントを開設し、同じような環境にある人に出会ったり情報交換したりすることで、<自分は一人ではない><明日もまたがんばれる>という思いになるのだという。

そうした意見について高島弁護士は「実際に救われたという方も多くいるわけであって、ポジティブな気持ちにもとづく育児ブログの発信行為がもっぱら否定されるべきかといえば、もちろんそうではありません。子のプライバシーを持ち出して一切の育児ブログが許されないという結論になれば、表現の自由に対する制約という観点から著しく社会のバランスを欠いてしまうし、各家庭が孤立して深刻な児童虐待を引き起こしてしまうおそれもあります。

ただ、現実問題として幼少期の個人情報を勝手に公表されることで苦しんでいる未成年者が存在する以上、インターネット社会の発展にともないそのバランスの取り方は再考する余地があると思います」ともしている。

プロフィール

高島 惇
高島 惇(たかしま あつし)弁護士 法律事務所アルシエン
学校案件や児童相談所案件といった、子どもの権利を巡る紛争について全国的に対応しており、メディアや講演などを通じて学校などが抱えている問題点を周知する活動も行っている。近著として、「いじめ事件の弁護士実務―弁護活動で外せないポイントと留意点」(第一法規)。

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