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2020年09月14日 15時31分

死ねない「リスカ」のうちに手を差し伸べる 精神科医・松本俊彦さんに「自殺対策」を聞く

死ねない「リスカ」のうちに手を差し伸べる  精神科医・松本俊彦さんに「自殺対策」を聞く
精神科医・松本俊彦さん(撮影:渋井哲也)

日本の年間自殺者数は減少傾向にあるものの、若年層の自殺者は、減少の幅がせまい。生きづらさを抱えた若者たちの中には、リストカットや過量服薬などの自傷行為の延長で、結果として死に至る場合もある。自殺か事故死か判断がつかないことも少なくない。近年では、市販薬やエナジードリンクへの依存も若者の間に広がっている。薬物依存の視点から自殺の問題に取り組んでいる精神科医・松本俊彦さんに聞いた。(ライター・渋井哲也)

●駆け出し時代の「苦い経験」

――自殺対策に関心をもったきっかけは?

松本: もともと、精神科医として、依存症の分野にとり組んでいました。アルコールにしても、薬物にしても、依存症の患者さんは自殺が多いんです。駆け出しのときに、苦い思いを経験しました。ある患者の姿がしばらく通院してこないなと思ったら、警察から捜査情報照会があって自殺したことを知らされたり、院内でトラブルを起こした別の患者を強制退院させたところ、帰り道にシンナーを吸引した状態で橋から転落して亡くなったりしたことがありました。

医師によっては、患者の自殺を経験すると、自殺の多い分野から身を引いたり、基礎研究の道に進んだりします。しかし、僕の場合は、「自分には臨床しかできない。なんとかしなきゃ」と思ったんです。なんとか防ぐことはできないかと。そんな中で、自殺の研究をすることになっていきます。自殺予防の専門家は、こういう経験をしている人が多いのではないでしょうか。

――"自殺を防がなければ"という思いがあったのですか?

松本: 「自殺は防げるのか?」と思ったことがあります。「防げないのではないか」と虚無的な気持ちになったこともあります。当人が本当に苦しみの中にいるとき、どうしようもないんではないかと。患者が自殺をしたときに、僕ができる治療では、自殺を防げないのではないかと思ったこともあります。「防げない自殺もある。それを含めて、寿命なんだ」と自分を納得させた時期もありました。一方で、医療の側が、自殺などの面倒なことに巻き込まれたくないという思いがあったり、リスク評価を怠ったことで、自殺に至ることもあるという考えもありました。

リストカット(リスカ)など自傷の研究を始めた当初、不思議に感じたことがありました。彼・彼女たちは「死にたい」と言うんですよ。しかし、自殺を遂げる手段としては、リスカは難しい。最初は意味がわかりませんでした。死にたいのなら、なぜ確実に死ねる方法ではないのかと。でも、そうじゃなくて、彼・彼女たちは、死にたいくらい辛い感情に苛まれているんですよね。そして、そうした感情を一時的に和らげて、自殺を延期するための対処療法として、リスカをしているんです。

こう言い換えてもよいでしょう。死ぬために切っているわけではないが、切っていないときには頭の中は死ぬことでいっぱい、切っているほんの短い瞬間だけ、少しだけ死の考えから遠ざかっているのだ、と。その意味では、この段階でなんとかしないといけないのではないかと思うようになりました。

われわれは、都合のよい解釈をする傾向があります。たとえば、患者としては、本当は「死にたい」と思って過量服薬(オーバードーズ/OD)をしたはずなのに、医療者としては「アピールのためにやった」とか、「リストカットをしているようでは、死ぬ気はないよ」とかですね。たしかに、患者本人も「リスカで死ねる」と思っていないかもしれませんが、手首を切るまでには「死にたい」と思っているんです。医療者として「都合のよい解釈」をしているということは、自分なりに勉強する中で気がつきました。

●亡くなる直前まで悩んでいる

――たしかに、リストカットなどの自傷行為自体では、死なないことも多いですが、自傷行為をしている人が自殺するのは稀なケースではありませんよね。

松本: リストカットをしていた患者さんの追跡調査をしたことがあります。すると、けっこうな割合で、その後亡くなっているんです。一見、自傷行為をしている人は、自分を大切にしない行動を"楽しんでやっている"ようにも見えます。また、"周囲に嫌がらせをしている"ようにも感じさせます。しかし、やはり、死にたいという気持ちがある。こうした患者を助けられるのは、"嫌がらせのような行動"をしているときなんです。というのも、そこには多少とも他者に対する期待感があるからです。

「自殺予防総合対策センター」で、心理学的剖検(亡くなった人と生前に関係ある人からの聞き取り)の調査をしたことがあります。自殺をした人の家族に自殺に至るまでの話を聞くのです。すると、自殺するまで、迷っている人がいることがわかりました。ある中年男性は、亡くなる日の朝早くに遺書を書いていました。ところが、その日の昼には、ドラッグストアでボディシャンプーを買っていました。また病院にも行き、持病の薬をもらっています。いずれも、その日に自殺をする人には要らないものばかりでした。

亡くなる直前まで迷い、ネットを見ていることもあります。ALS(筋萎縮性側索硬化症)と診断された患者さんは、自宅マンション内で自殺をしました。その直前までネットサーフィンをしていたことがわかりました。ネットの閲覧履歴を調べると、ALSの患者会のサイトと、自殺系サイトを見ていたのです。

ある自殺が多い場所では、防犯用のビデオが常設されています。その映像を見たことがありますが、自殺をした人たちは、直前まで携帯電話を見ていました。いわゆる"覚悟の自殺"というのは、われわれが予想するよりも少ない気がします。そのため、自殺を防ぐためには、医療者として、その枠の中でも「もうちょっと何かすることがあるのでは?」という思いがあります。

一方で、心理学的剖検も、中高年男性を想定している調査票になっているため、女性や子どもは危険因子がわかりにくのです。そのため、情報収集の方法も変えないといけません。女性や子どもの場合は、身近な人に傷つけられたことがきっかけになるケースがあります。そうなると、身近な人から情報収集をする心理学的剖検は妥当性を欠きます。

――若年層の自殺と中高年の自殺はどんな違いがありますか?

松本: 自殺しようと思い立ってから、行動に移すまでの"時間の長さ"が違います。大人の場合は、考えに考え抜いた結果ということが多いのです。そのため、自殺予防の手立ても講じやすいのですが、強い意志で死ぬと決めた場合は、考えを変えるのは難しいでしょう。一方、若者の場合は、本当に行動に移すときは一瞬です。思い立ってから行動の時間が短いのです。そのため、瞬間的な介入が難しいです。一方で、介入できた場合、比較的容易にその考えを変えることがあります。自殺をやめさせたり、死を延期させることがそれほど難しくないのです。

――子どもの自殺の原因は「インターネットが普及したから」という見方もあります。

松本: 私たちが医者になりたてのころは、ひきこもりの人たちは、ずっと家にひきこもっていました。今では、ひきこもりの人たちは、オンラインゲームを通じて、交友関係を広げて、結婚することだってあります。そう考えると、ネットが進歩してよかったじゃん、と思ったりします。

新型コロナ感染拡大による非常事態宣言がありましたが、期間中、ひきこもりの患者さんたちは、落ち着いていました。いろんなことを焦らずに済むからです。しかし、精神科の外来では、リスカやODをしたという訴えが増えました。学校へ行かないということは、家の中が"密"になるということです。不要不急の外出ができないということは、ストレス解消のための夜遊びもできません。そんな状況から逃げるために薬を飲んで、意識をとばしているのです。ステイホームが誰にでも幸せにつながるわけじゃありません。

●かならずしも"ネットは罪"とはいえない

――インターネットの功罪はどう見ていますか?

松本: 2017年、座間市内のアパートで男女9人が殺害された殺人事件がありました。被告人は、希死念慮(死にたいという願い)のある女性たちとツイッターでつながり、呼び出しています。こうした事件もあったため、世間的には「ネットには罪が多い」と言われることがあります。しかし、僕が医者になったときには、『完全自殺マニュアル』(太田出版)がベストセラーになりました。自殺の情報に触れるのはネットがない時代からあったのではないでしょうか。そのため、かならずしも"ネットは罪"とは思えません。

"功"で言うと、学校を超えたつながりが持てる可能性があることです。情報を持っていない子、生き方の選択肢を持っていない子がいて、子どもの中にロールモデルが少ないのです。ネットがない時代にはもっと少なかったでしょう。一人っ子とか、親戚付き合いがないとなおさらです。しかし、インターネットを通じて、ロールモデルを得ることができる。家族や親戚の中になくても、社会の中でロールモデルを見つける子がいるのです。もちろん、生きるか、死ぬかのときに、死に対するハードルを下げる情報もありますが・・・。

――座間事件では、被告人が持っていたアカウントは複数あり、その中で自殺の話をするのは一つのアカウントでした。被告人からすれば、自殺の話題は、ネットナンパの手段でした。自殺の話題をする人をソーシャルメディアで探したことで、悲劇が生まれました。なぜツイッターで自殺についてつぶやくのでしょうか。

松本: リアルの関係のしんどさがあるんでしょうね。リアルな関係で、自殺の話をすれば助かる面もあるでしょうが、リアルな関係の相手を大事にしたいからこそ、あえて自分の一番しんどい部分を言わない場合もあります。それに、「死にたい」とつぶやく人は、四六時中、死にたいわけではありません。リアルな関係を維持するには、見せない部分もあります。それはそれで健康的でもあります。

しかし、少数ではありますが、(座間事件の被害者のように)騙されるリスクもあります。こうしたリスクはゼロにはなりません。そのため、相手がどんな相手かを判断するリテラシーが必要になります。ただ、そうしたリテラシーは学校では教えられません。ネットを利用する中で試行錯誤するしかありません。

――松本さんの専門である薬物依存と自殺の関係で、最近の関心はどんなものですか?

松本: 10代の子どもの問題としては、市販薬の乱用です。違法薬物に特化した薬物乱用防止教育は意味がありません。処方薬の乱用も問題ではありますが、その場合には医療にアクセスするという手続きが必要です。その意味では、最も身近な薬物はなんといっても市販薬なのです。

それから、依存症の人によく見られるのは、ODをしたあとに別の行動をして亡くなるというパターンです。ODによる酩酊状態で首を吊ったりしています。もしかすると、完全に前後不覚の状態で、いわば意図しない事故としてそうした行動におよんでいるのかもしれません。そのため、依存症の人は、事故か自殺かわからないケースが少なくありません。

市販薬の問題が生じたのは、いろんな要因がありますが、国の医療費削減も一因です。依存している人たちが、市販薬に求めているのはカフェインです。2013年ごろから、カフェイン中毒で救急搬送されるケースが増えています。この年は、エナジードリンクが自動販売機で発売された年です。

ネットでの市販薬販売も間接的な要因にもなっていると思います。生きづらさを抱えて、プレッシャーを感じる子たちは、カフェインに依存してしまいます。これらの商品が「ゲートウェイ・ドラッグ」になっているのではないでしょうか。

●生きづらさを感じている方々へ(厚生労働省)

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/seikatsuhogo/jisatsu/r2_shukan_message.html

●いのち支える相談窓口一覧(自殺総合対策推進センターサイト)

http://jssc.ncnp.go.jp/soudan.php

●日本いのちの電話連盟

https://www.inochinodenwa.org/

●いのちと暮らしの相談ナビ(NPO法人 自殺対策支援センター ライフリンク)

http://lifelink-db.org/

【プロフィール】松本俊彦(まつもと・としひこ) 国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所・薬物依存研究部部長 。医学博士。1993年佐賀医科大学医学部卒業。横浜市立大学医学部附属病院などを経て、2015年より現職。著書に『自分を傷つけずにはいられない』(ちくま新書)などがある。

【筆者プロフィール】渋井哲也(しぶい・てつや) フリーライター。中央大学文学部非常勤講師。東洋大学大学院文学研究科教育学専攻博士前期課程修了。教育学修士。若者の生きづらさをテーマに、自殺・自傷行為、いじめや指導死、ネット犯罪などの取材を重ねる。著者に「学校が子どもを殺すとき」「ルポ平成ネット犯罪」など。

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