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"おじさん”の自殺はなぜ減ったのか? 元自殺予防総合対策センター長・竹島正さんに聞く
元・自殺予防総合対策センター長の竹島正さん(撮影:渋井哲也)

"おじさん”の自殺はなぜ減ったのか? 元自殺予防総合対策センター長・竹島正さんに聞く

警察庁によると、ことし8月の自殺者数(速報値)が大幅に増加した。新型コロナウイルスの感染拡大の影響があったのかどうか、これから分析をすすめるということだが、一方で、昨年2019年の年間自殺者数は、統計をとるようになってから最少となっていた。1998年から2011年にかけての「急増期」は、年間3万人台だったものの、東日本大震災の翌年から3万人を下回っている。はたして、どんな要因があるのだろうか。

国立精神・神経センター精神保健研究所で、自殺予防総合対策センター長をつとめ、現在は一般社団法人「自殺予防と自死遺族支援・調査研究研修センター」の理事である竹島正さんにこれまでの日本の自殺対策について聞いた。(ライター・渋井哲也)

なお、自殺統計は、警察庁の自殺統計原票を集計した「自殺統計」と、厚生労働省の「人口動態統計」があるが、この記事では、原則として、警察庁の「自殺統計」に基づく。

●急増期に比べると自殺対策の基盤ができている

――新型コロナウイルス感染拡大で社会不安が増大して、「自殺者が増えるのではないか?」と言われていますが、現在のところ、警察庁統計を見る限りでは、今年は昨年よりも自殺者が減少しています。

竹島: コロナ禍では、一般の人のメンタルヘルスが悪化し、経済的に困窮したり、すでに希死念慮(死にたいという願い)を抱えている人ほど、心理的に影響していることは間違いないでしょう。しかし、1998年からの急増期に比べると、自殺対策の基盤ができているところが違うと思います。この間、自殺対策基本法以外にも、生活困窮者自立支援法ができたり、アルコール健康障害対策基本法ができたりしています。

もう一つ違う点は、あの当時は、"自殺の原因は中高年男性の生活苦"ということが、メディア上でステレオタイプ化して、繰り返し報道されたことも影響していたのではないでしょうか。今はそういう情報発信は控え目な印象です。

――日本では1998年から14年間、年間自殺者3万人が続きました。それ以前の政府の自殺対策はどのようなものでしたか?

竹島: 1998年以前、政府は、自殺対策や自殺予防に関心が高いとは言えませんでした。それまで、日本人の死因順位で、自殺が「7位」くらいであり続けましたが、がんに比べると少ないし、特に変化がなかったことが大きかったのでしょう。それと、自殺対策をどう進めるべきかがわからないでいたのだと思います。そのため、行政としての取り組みは薄かったのでしょう。

――まったく取り組みがなかったわけではないですよね?

竹島: 民間のものを含めれば、自殺予防に役立つものはありました。歴史的にみれば、1971年に東京で「いのちの電話」が発足しました。1977年には「日本いのちの電話連盟」が結成されます。1983年には「大阪自殺防止センター」の活動が始まりました。

一方、学術的にも、1970年には、現行の「自殺予防学会」の前身となる「自殺予防行政懇談会」ができます。1974年には、自殺研究を専門にしていた精神科医の大原健士郎さんが編集した『自殺学』が出版されました。

また、行政的な取り組みとしても、1985年、新潟県松之山町で、高齢者のうつ病調査をモデルに保健医療福祉介入がおこなわれました。「松之山モデル」と言われました。しかし、国全体としての機運は、やはり、年間自殺者3万人になってから高まりました。

●中高年男性の自殺死亡率が低下した理由

――1980年代は、アイドルの岡田有希子さんが自殺して(1986年)、学校のいじめ自殺も話題となり、若年層の自殺がクローズアップされました。1990年代には過労自殺も注目されました。それでも、関心が高まらなかったのでしょうか?

竹島: 一時的に関心は高まりましたが、国民全体として、共通する問題とするのが難しかったのではないでしょうか。当時はまだ、自殺と自分たちの日常とどうつながりがあるのか見え難かったのだと思います。ただ、1993年にカナダのカルガリーで、国連(UN)と世界保健機関(WHO)が主催する「自殺予防のための包括的戦略ガイドライン」を作るための専門家会議が開催されました。ガイドラインの内容は、2006年の自殺対策基本法にも引き継がれています。

――そんな中で1998年に年間自殺者3万人を超えましたね。前年と比較すると、8472人増加しています。同年の女性の年間自殺者9850人に匹敵するくらいの規模です。偶然ですが、私も、この年から、子どもや若者たちの自殺について取材を始めています。

竹島: 私は1997年に「国立精神・神経センター精神保健研究所」に入職しました。翌年、自殺者が急増したのです。この年には、山一証券や北海道拓殖銀行が倒産するなど、大きな変化がありました。しかし、当初、前年よりも8千人の自殺者増加は、疑問視されていました。「統計上の扱いが変化したのか?」と思った関係者もいました。しかし、たしかに自殺者は増加していたのです。

この問題が社会の中で共有されていくのは、タイムラグがありました。厚労省としては、心の健康づくり運動を推進することになり、2000年に「21世紀における国民健康づくり(健康21)」ができ、「自殺者の減少」が項目として挙げられました。2001年に自殺防止対策事業を始め、予算がつけられました。

2002年には厚労省に「自殺防止対策有識者懇談会」が設置されました。当時の報告書を作った技官に話を聞いたことがありますが、「厚労省だけではできない」という認識があったようです。そして2003年には、藤田利治さん(国立公衆衛生院)らによる「1998年以降の自殺死亡急増の地理的特徴」「自殺と社会的背景としての失業」が、「厚生の指標」(厚生労働統計協会)に掲載されました。大都市の中高年男性の自殺が多く、完全失業率との関係が取り上げられたのです。これらは対策を進めるうえで大きな意味がありました。

――当時、大都市の中高年男性に集中した原因はなんでしょうか?

竹島: 自殺者が減少したときに、内閣府の自殺対策推進室がその背景を振り返っています。中高年男性の自殺の主な原因は「経済・生活問題」ですが、大きかったのは2006年に貸金業法が改正されたことです。借金の規制がされるようになり、中高年男性の自殺死亡率の低下に寄与したと言われています。また、高齢者の自殺者も減少しました。2000年に施行された「介護保険制度」が影響しているのではないかと言われています。医療や介護が以前よりも強化されました。

一方で、1998年になぜ、急増したのかは簡単には言えません。1998年前後に、社会の中で急に何かがあったというよりは、それまで潜在的に起きていた変化があったのでしょう。それが1998年に表面化したと言えるのではないでしょうか。日本の自殺者数は、戦後、急増期が3回あります。1953〜59年と、1983年〜86年、そして1998年〜2011年です。特に98年以降は14年連続3万人を超えましたが、これだけ長く続いた背景はわかっていません。

――2006年に自殺対策推進法が成立します。「NPO法人ライフリンク」や「あしなが育英会」、「東京自殺防止センター」、「生と死を考える会」の関係者が発起人となり、署名活動を始めました。若年層の自殺や、インターネットと自殺をテーマに取材をしていた私も当時、賛同者に名を連ねました。法律ができたことの功績はどんなことが言えますか?

竹島: 法律ができたことによる最大の功績は、自殺対策を政府が進めるための法的根拠ができたことでしょう。2006年、国立精神・神経センター精神保健研究所内に「自殺予防総合対策センター」ができて、私がセンター長になりました。具体的にどう進めるのかは試行錯誤の連続でした。最初は、全国の精神保健センターの所長たちと話し合いを持ちました。センターとしては研究事業を始めると同時に、自治体は対策事業を始めました。2007年には内閣府から初めて『自殺対策白書』が刊行されました。

●いろいろな人の知恵を寄せ集める必要がある

――なかなか自殺者が減少しませんでしたが、2011年には東日本大震災が起きます。影響はありましたか?

竹島: 被災したことで、自殺リスクがある人は多くいたのは事実です。しかし、同時に、社会的支援も発展してきました。その両面があります。大きな災害があると、自殺者は減るとも言われていますが、その反面、長期的に見れば、自殺のリスクが高まる人がいることも事実です。前出の「健康21」でも健康づくりの中に、自殺予防が入っています。当初から、自殺は、健康悪化の結果という考えがあります。ただ、自殺リスクが高まることは必ずしも、自殺者が増えるということでもありません。

――そもそも「自殺者が本当に減ったのか?」という疑問を聞くことがあります。

竹島: たしかに自殺者は減っているでしょうが、より確実な自殺だけが統計にあがるようになった可能性があります。事件性の有無は警察が判断しますが、自殺か事故かは、生命保険にかかわります。たとえば、ビルから転落して死亡したとします。直前に飲酒していたとしたら、酩酊状態での転落死となるでしょうが、それが自殺か事故かは慎重な判断になります。強い確信がない場合、自殺とは扱いにくいと聞いたことがあります。

また、断定的に言えませんが、希死念慮が明確でない場合、基本的に踏切内の事例は軌道事故として、まずは交通課が交通事故統計で処理されると聞いたことがあります。さらには、解剖率が低いから、「自殺と判断できないのでは?」との指摘もあります。たしかに、解剖率そのものは高くありません。しかし、解剖率が上がっても、自殺か事故死かの解明に大きな影響はないと言われています。解剖では直接の死因はわかりますが、自殺かどうかは、心理学的剖検(亡くなった人と生前に関係ある人からの聞き取り)のほうがいいのではないでしょうか。

――今後はどのような取り組みが必要でしょうか?

竹島: 自殺対策は、いろいろな考え方の人・団体が関係しています。そのため、いろいろな人たちが平場で意見を出し合う必要があります。現在は、新型コロナ感染拡大の問題があります。そうした社会の変化の中で、いろいろな人の知恵を寄せ集める必要があります。

私は2015年3月、国立精神・神経センター精神保健研究所を退職しました。その年の4月、自殺対策基本法が改正されて、自殺対策の業務が、内閣府から厚労省に移管されました。「自殺予防総合対策センター」も「自殺対策総合推進センター」に改組されました。さらに、現在は、大臣が指定する民間団体が自殺対策の業務をおこなうという法律ができました。

政治は、結果とも言われています。自殺者の減少は、経済状況の改善が影響は大きいとも言われていますが、自殺者減少と自殺対策がどのように関係しているのかは検証しなければなりません。所管を、内閣府から厚労省に移したことも検証の必要があります。

●生きづらさを感じている方々へ(厚生労働省)

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/seikatsuhogo/jisatsu/r2_shukan_message.html

●いのち支える相談窓口一覧(自殺総合対策推進センターサイト)

http://jssc.ncnp.go.jp/soudan.php

●日本いのちの電話連盟

https://www.inochinodenwa.org/

●いのちと暮らしの相談ナビ(NPO法人 自殺対策支援センター ライフリンク)

http://lifelink-db.org/

【プロフィール】竹島正(たけしま・ただし)
一般社団法人「自殺予防と自死遺族支援・調査研究研修センター」理事。1980年自治医科大学卒業。2006〜2015年国立精神・神経センター精神保健研究所自殺予防総合対策センター長。共著に『自殺予防の実際』(永井書店)などがある。

【筆者プロフィール】渋井哲也(しぶい・てつや)
フリーライター。中央大学文学部非常勤講師。東洋大学大学院文学研究科教育学専攻博士前期課程修了。教育学修士。若者の生きづらさをテーマに、自殺・自傷行為、いじめや指導死、ネット犯罪などの取材を重ねる。著者に「学校が子どもを殺すとき」「ルポ平成ネット犯罪」など。

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