「人ではなく、ポールにぶつかったと思った」。4月19日未明、千葉県君津市で60代の男性を軽自動車ではねて逃走したとして、ひき逃げなどの疑いで50代の男性が逮捕されたことが報じられました。その後被害男性は死亡が確認されています。
報道(TBS NEWS DIG、4月20日)によると、男性はその場を立ち去った理由について、「人ではなく、ポールにぶつかったと思った」と供述しているとのことです。一方、車体の右前方はヘッドライトが割れ、フロントガラスに広い範囲でひびが入るなど大きく破損していたといいます。
ひき逃げで逮捕されたケースで、被疑者が「人だと思わなかった」と供述するケースは他にも見られます。人だと思わなかった、ということで罪が軽くなったりすることはあるのでしょうか。
●過失運転致死罪は、「人をはねたと気づいたか」とは無関係に成立
まず、前方不注意など運転上の不注意によって人を死亡させた行為について、過失運転致死罪(自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律5条、7年以下の拘禁刑)が成立します。「人をはねたと気づいていたか」は関係ありません。
●ひき逃げが成立するには「気づいていた」ことが必要
ひき逃げとは、正確には「救護義務違反」といいます。
車を運転中に人を死傷させた場合、運転者には救護や警察への報告などの義務があります(道路交通法72条)。この義務を果たさずに逃げた場合、10年以下の拘禁刑または100万円以下の罰金となります(同法117条2項)。
この救護義務違反が成立するには、人の死傷を「未必的にしろ認識した場合に限られる」とされています(最高裁昭和40年(1965年)10月27日判決)。
「未必的」とは、おおざっぱにいうと「確実だと思っているわけではないが、そうかもしれないと思っていた」という程度の意味です。つまり「ポールにぶつかった」と本当に信じていた場合、救護義務違反は成立しないことになります。
●「思っていた」は通じるか
ただし、「ポールにぶつかったと思った」という供述がそのまま信用されるかどうかは別問題です。
まず、フロントガラスの損傷の状態は具体的にどのようなものだったのでしょうか。
人がはねられると、体がボンネットの上に跳ね上げられ、頭部がフロントガラスに激突します。このとき、フロントガラスには「蜘蛛の巣状」のひび割れが生じやすいとされています。
一方、ポールなどの固定物にぶつかった場合は、バンパーや車体の低い部分が凹むのが典型的で、フロントガラスまで損傷が及ぶことは少ないとされています。
フロントガラスは運転者の目の前にあります。走行中にガラスが蜘蛛の巣状に割れれば、運転者はその瞬間に目でも体の感覚でも異常を感じ取れるはずです。
つまり、通常は、フロントガラスの割れ方から人がぶつかった可能性を直感できると考えられるため、フロントガラスの具体的な損傷状況は重要な事実です。
実際に、フロントガラスに蜘蛛の巣状のひびが入るほどの衝撃があったにもかかわらず、降りて確認もせずに立ち去ったとして、「人をはねたかもしれないという認識があった」と認定した裁判例があります(大阪高裁平成23年(2011年)7月19日判決)。
この裁判例も、「人をはねたと確実に気づいていた」とは言っていません。 しかし、目の前のガラスがあれだけ割れているのに、何も確認せずに立ち去るのは不自然です。 「人をはねたかもしれない」とは思いながらも、あえて確かめなかったと考える方が自然でしょう。
本件では、フロントガラスに「広い範囲でひびが入った」と報じられています。「ポールだと思っていた」という供述の信用性は、厳しく問われることになりそうです。
(参考文献)本文中に挙げた裁判例のほか
- 城祐一郎『警察官のための死体の取扱い実務ハンドブック』(立花書房、2022)
- 交通事故・事件捜査実務研究会、澁澤敬造『交通事故実況見分調書作成実務必携 - 交通事故 実況見分のポイント』(立花書房、2023)
監修:小倉匡洋(弁護士ドットコムニュース編集部記者・弁護士)