受刑者の選挙権を一律に制限するのは違憲だとして、刑務所に服役していた八木橋健太郎さん(40)が国を訴えた裁判の上告審で10月14日、最高裁(裁判長・今崎幸彦長官)は大法廷で弁論を開いた。
15人の裁判官を前に、八木橋さんは「受刑者という一つの言葉だけで、私たちから権利を奪わないでほしい」とうったえた。
受刑者の選挙権を制限する公職選挙法の規定が憲法に反するかどうかについて、最高裁は今後、判断を示す見通しだ。(弁護士ドットコムニュース・一宮俊介)
●刑務所で見た現実「私が、私として、投票したい」
この日の弁論では、まず八木橋さんが、4カ所の刑事施設で生活した経験を踏まえて陳述した。
社会から隔絶された刑務所の中でも、受刑者たちは選挙や政治について語り合っていたという。
八木橋さんが塀の中で出会ったある受刑者は「再審法の改正に前向きな人を国会に送り込みたい」と明かした。
また別のトランスジェンダーの受刑者は、男性の受刑者と一緒に入浴せざるを得ない環境を苦痛に感じていたといい、「社会は変わりつつあるのに、なぜ刑務所は一切変わらないのだろう」と話した。
八木橋さんは服役中、刑務所での処遇をめぐって弁護士をつけずに国を訴え、勝訴判決を得た経験がある。法律を独学する中で、受刑者に選挙権がないと知り、「なぜ?」と疑問を抱いたという。
「この国は、一度失敗したら終わりなんだな」
八木橋さんは、当時の心境をそう振り返ったうえで、目の前の裁判官たちの顔を見ながら次のようにうったえた。
「受刑者として投票したいのではありません。『私が、私として、投票したい』のです。 どうか、受刑者という一つの言葉だけで、私たちから権利を奪わないでいただきたい。 私たち一人ひとりと向き合ってください」
原告の八木橋健太郎さん(2026年10月14日、東京・霞が関の司法記者クラブで、弁護士ドットコムニュース撮影)
●原告代理人「誰がこの国の市民かを選ぶ権限は私たちにないと認めて」
後を受けた原告代理人の吉田京子弁護士は、憲法15条1項が選挙権を「国民固有の権利」としていることに触れ、「国家が与えたものではないから、国家が取り上げることもまたできない」と述べた。
受刑者が罪を犯したことは事実だが、その責任は「刑罰」によって問われるべきだとし、次のように疑問を投げかけた。
「いったいどうしてさらに国家に重要な権利を差し出さなければならないのでしょうか。理由があるとすれば、それは、彼らはもはや私たちの仲間ではない、つまりこの国の市民ではない、ということしかあり得ません」
また、吉田弁護士は、受刑者の半数以上は窃盗や覚醒剤取締法違反で服役しており、知的障害を持っていたり、学習の機会を十分に得られなかったりする人が多い現状を紹介。
そのうえで、「さまざまな要因が結びついて引き起こされている犯罪を、すべて本人の選んだことだと言って切り捨ててしまうのは、あまりにも物事を単純化しすぎています。この単純化が時として国家の側の責任逃れに使われることがあることを、議論の前提にしなければなりません」と指摘した。
さらに、実際に受刑者に投票を認めても実務上の支障は生じないことや、海外の事例を紹介し、最後に裁判官にこう求めた。
「たとえ刑務所にいても、八木橋さんはこの国の市民のままだと宣言してください。 私たちには、誰がこの国の市民かを選ぶ権限はないのだということを認めてください。 裁判が私たちの社会をより良くするのだと、これからも私たちに信じさせてください」
原告の八木橋さん(中央)と代理人の弁護士たち(2026年10月14日、東京・霞が関の司法記者クラブで、弁護士ドットコムニュース撮影)
●国「受刑者は法秩序を著しく侵害した者」
一方、被告である国側は、受刑者の選挙権制限について、「立法府の合理的裁量の範囲内にあるかどうかで判断されるべき」と主張。
受刑者は「法秩序を著しく侵害した者で、選挙という公務を担う適格性を有しないというべき」などとして、憲法に反しないとした。
また、八木橋さんがすでに刑の執行を終え、選挙で投票できる立場にあるとして、地位の確認を求める部分は不適法で、損害賠償の請求にも理由がないと主張した。
最高裁判所(弁護士ドットコムニュース撮影)
●八木橋さん「憲法の条文に則って判断してほしい」
八木橋さんは期日後、東京・霞が関の司法記者クラブで記者会見を開いた。
「なるべく裁判官全員の目を見てしゃべったが、聞いているなという方もいれば、本当に話を聞いているのかなという人も正直いました」と振り返り、判決への期待を次のように話した。
「憲法の条文そのものに則って判断してほしい。受刑者としてではなく、私たち一人一人として向き合っていただけたらと思います」
吉田弁護士は「最高裁に期待することは、受刑者の選挙権の制限が、今の社会に必要なのかということをご判断いただきたい。特に、本当の意味での選挙の公正を、ぜひ最高裁に実現してもらいたい」と述べた。