「裁判官ガチャの問題が議論されていません」
刑事裁判をやり直す「再審」制度の見直しが進む中、成城大学の指宿信教授はこう懸念を示す。
背景には、昨年発表した論文の存在がある。再審開始決定を出した裁判官は、その後どのようなキャリアを歩むのか──。研究で見えてきた実態を聞いた。(弁護士ドットコムニュース・一宮俊介)
●異動先を分類しスコア化、前後を比較
指宿教授は2024年、ハワイ大学のデビッド・T・ジョンソン教授とともに、戦後に日本で再審無罪となった事件のうち、DNA型鑑定や真犯人の判明で再審となった事件を除く17事件を対象に研究を実施した。
決定を出した裁判官51人のうち、再審開始決定直後に退職するなどして分析対象外になった8人を除いた計43人の人事異動を追跡した。
異動の評価にあたっては、転勤先のポストを4つのグループに分けて、異動の前後を比較して1〜5のスコア(1=劣る、2=やや劣る、3=普通、4=良い、5=優れている)を割り当てた。
Aグループ・・・高等裁判所がある8都市に異動 Bグループ・・・50ある地方裁判所に異動 Cグループ・・・支部への異動 Sグループ・・・最高裁の事務総局や調査官、司法研修所の所長・教官職などのエリートコース
その結果、調査した裁判官43人の全体平均は3.56で、ほぼ中間的な水準だった。
さらに「裁判官が出した再審開始決定が上級審でも維持されたかどうか」によって、人事への影響があるかを調べたところ、開始決定が維持された裁判官の平均スコアは3.65、決定を覆された裁判官の平均は3.44だった。
このスコアの差について、指宿教授は論文で「裁判官が後に上級審で覆されるような再審開始決定を下した場合、職業上の代償を支払う可能性があることを示唆している」と指摘している。
●裁判長と陪席で評価に差
また、再審開始決定が上級審で覆された5つの事件についても分析した。
決定を出した裁判官15人のうち、取り消し決定後に退職した3人を除いた12人を調べたところ、平均スコアは3.58で、再審開始決定を出した裁判官の平均(3.56)とほとんど差がなかった。
一方で、裁判長を務めた3人(3.66)と陪席の裁判官9人(3.0)の平均スコアには大きな差がみられた。
ただし、指宿教授は「再審開始決定を取り消す裁判長は、部下よりも報われる可能性があることを示唆しているものの、サンプル数が少ないため、彼らが優遇されていると断定することはできない」と慎重な見方を示している。
●「再審開始」より「取り消し」が有利?
興味深いのはここからだ。指宿教授らは、管理職への異動可能性を比較した。
「再審開始決定を出した裁判官グループ」のスコアは0.139だったが、「開始決定を取り消した裁判官グループ」は0.583と、後者のほうが昇進傾向が強かった。
もっとも指宿教授は「裁判官は再審請求事件以外にもたくさんの仕事をしているので、再審開始決定やその取り消しをしたことだけがその裁判官の人事異動を考慮する要素になることはありえません」と前置きしたうえで、次のように語る。
「再審開始決定を出すのは下級裁判所で、それを取り消すのは上級裁判所の裁判官なので、すでに良いポジションにいる人たちであることを加味しても、両者の差があまりに大きすぎないかというのが私たちの意見です。全体としてみると、再審開始の決定をした裁判官が不利な人事を受けている可能性があるという傾向がデータとして出たと思います」
●「裁判官ガチャ」が議論されていない
再審法改正をめぐっては、超党派の議連が改正案をとりまとめ、法制審議会も見直し案を答申。現在、自民党内で政府案の検討が進んでいる。
こうした動きについて、指宿教授は根本的な問題を指摘する。
「裁判官が、同僚や先輩がした判断を覆す仕組み自体に限界があります。そして、再審法をめぐる議論では『裁判官ガチャ』の問題が十分に扱われていません。
良い裁判官に当たらないと再審請求が通らないことは、業界の中では常識になっていますが、それは今回の法改正の中で適切に言語化することが難しい問題です。
本来は、裁判官こそが変わらないといけません。法律が変わっただけでは再審をめぐる問題は変わらないと思います」
●再審は「雑事件」、評価対象にもならず
裁判所内部の構造にも課題があるという。
「現在、裁判官にとって再審請求事件は『雑事件』として扱われています。処理した件数がポイントになる通常の刑事事件や民事事件と違って、人事評価に関係しません。どれだけ再審事件をこなしても、令状審査と同じ扱いになる。
この違いはあまりにも大きい。再審を担当する裁判官には、組織としての人事上の配慮や再審請求の審査に当たって調査官を付けるなどのバックアップが必要ではないでしょうか」