「赤ちゃんポスト」や「内密出産」が、日本でも少しずつ広がりを見せ始めている。予期せぬ妊娠に直面する女性と子どもの命を守るための取り組みだが、いずれも法的な裏付けがないまま、民間の医療機関が主導して進めているのが現状だ。
生まれたばかりの子どもが遺棄される事件は後を絶たない。なぜ日本では制度化の議論が進まないのか。家族法の視点から研究を続けてきた奈良大学の元教授で、現在は非常勤講師をつとめる床谷文雄さんに聞いた。(弁護士ドットコムニュース・一宮俊介)
●根強い正論「子どもは自分で育てるべき」
──日本では「赤ちゃんポスト」や「内密出産」について、社会的な議論が深まっていないように見えます。現状をどう見ていますか。
一部に関心を持つ人はいますが、社会全体での関心はまだ低いと思います。背景には、この問題を表立って議論しにくい雰囲気があるのではないでしょうか。
「子どもを殺すことは許されない」という認識は誰もが共通していますが、「公的な支援を受けてでも自分で育てるべきだ」という一種の"正論"も根強い。そのため、赤ちゃんポストや内密出産を法制度化しようという積極的な動きが広がらないのだと思います。
批判する側も、擁護する側も「赤ちゃんを救いたい」という気持ちは同じです。だからこそ、議論を深めるためには問題点を整理していくことが必要です。
写真はイメージ(OrangeBook / PIXTA)
──熊本の「こうのとりのゆりかご」が始まって18年、今年3月には東京でも「ベビーバスケット」が設置されました。しかし、いまだに法的な裏付けは整っていません。
子どもが成人するほどの年月が経っても立法化されなかったのは、行政対応の不十分さの表れだと思います。
制度化されない以上、赤ちゃんポストは「グレーゾーン」のままです。運営側は刑事責任などを追及されるリスクを常に負い、強い覚悟がなければ実際に導入できません。
利用する母親たちにとっても、国の法律に裏付けられていない制度には不安が伴います。法的基盤があってこそ、運営側も利用者も安心して関われるのです。
●「利用せざるを得ないほど追い込まれているかを知ることが重要」
──「安易な育児放棄を助長する」との批判も根強いです。
先に赤ちゃんポストの導入が始まったドイツ(「ベビークラッペ」と呼ばれる)でも、当初から同じ批判がありました。しかし実際の利用者の大半は、経済的困窮や家族からの虐待など、本当に追い詰められた人たちです。
安易に子どもを預けるケースはゼロではないかもしれませんが、全体から見れば多くはないのではないでしょうか。重要なのは、どんな人が赤ちゃんポストや内密出産を「利用せざるを得ない」のか、その実態を知ることです。
──ドイツの制度との違いはどこにありますか。
赤ちゃんポストが法制化されていない点では、実はドイツも同じで、合法でも違法でもありません。
ただ、大きな違いは、母親が匿名のまま医療機関で出産できる「内密出産」が法律で制度化されていることです。ドイツでは、母子の生命・健康のリスクを減らすため、赤ちゃんポストの利用を抑制する方向で議論が進みました。内密出産制度では、子どもが将来自分の出自を知るための手段も確保されています。
●大阪・泉佐野市の参入「大きな動き」
──これから日本はこの問題にどう向き合い、何を目指すべきでしょうか。
「赤ちゃんポストを公認すべきだ」という動きは、社会的理解を得にくく、現実的ではないと思います。そのため、ドイツのように内密出産を法律で制度化する方向が望ましいのではないでしょうか。
まずは、赤ちゃんポストや内密出産の必要性を社会が共有することが重要です。賛成・反対という表層的な対立で終わらせず、議論を深めることが法制化への第一歩になります。
また、民間医療機関には経営的な限界がありますから、公的機関が取り組むべきです。その点で、大阪・泉佐野市が行政として赤ちゃんポスト設置を検討すると表明したことは大きな動きです。自治体が関心を示し、導入に手を挙げたことには大きな意味があります。