元タレント中居正広さんの女性トラブルをめぐる第三者調査委員会の調査報告書が公表されて、トラブルは「業務の延長線上の性暴力」と認定された。
報告書によると、中居さんとアナウンサーの女性を結びつけたのは、フジの社員だった。また、問題の報告を受けたフジテレビは、その後の対応で何度も女性を傷つけた。社内にセクハラが蔓延していたという指摘も一般的には驚きをもって受け止められただろう。
ただ、記載された内容を読んでも、テレビ業界で働いている者の多くは、驚きを感じることはなかったはずだ。どこの局や制作会社でもありきたりな話だったからだ。
ジャニーズの性加害問題があってなお、「人権侵害」に真正面から向き合えなかったフジテレビに対して、第三者委員会は「教訓から学びとることができなかった」と指摘している。
人権侵害への対策が急務であることに異論はない。ただ、第三者委員会が指摘しなかったことにこそ向き合う必要がある。(テレビプロデューサー・鎮目博道)
●表面的な言葉に終始したフジ清水社長
調査報告書の公開当日に開かれた記者会見で、フジテレビの清水賢治社長は、第三者委員会から「厳しい指摘を受けた」と何度も答えていた。
たしかに厳しい言葉でフジテレビの対応などを批判してはいるが、それほど厳しいものとは思えない。そこまで本質的な指摘にはなっていないという気がしてならないのだ。
第三者委員会の竹内朗委員長は「これはフジテレビだけの問題ではない。業界全体の問題ではないか」という趣旨の発言を繰り返していた。この言葉はある意味その通りだと思う。
しかし、衝撃をもって受け取るテレビ業界人はいなかったと思う。調査報告書を読めば、ほとんどの業界人は「どこの放送局でもよくありがちなこと」という感想しか持てないだろう。
逆に言えば、そこに書かれていることは「フジテレビ特有の問題」を炙り出すには至っていないのではないか。
どこの放送局にでもあるような、旧態依然のテレビ業界の「普遍的な問題点」を指摘したに留まったという印象だ。
第三者委員会はフジテレビ社内およびその周辺に綿密な調査をおこない、事案の詳細をかなり明らかにしたと思う。その意味では、報告書には一定以上の評価を与えられる。
だが、「性別や年齢を理由とした接待」とか、セクハラが蔓延する社風とか、具体的な類似案件の数々とか、そんなものはぶっちゃけると、どの放送局を調査しても同じような事実が出てくるだろう。
●これまでの指摘をほぼなぞっただけ
第三者委員会に追及してほしかったのは、そんなことだけではない。
「セクハラが蔓延するテレビ業界」で、なぜフジテレビは自局の女性アナウンサーがタレントから性被害を受けても、番組出演すら止めることができず、なに一つ有効な策を取ることができず、むしろ報道を否定したり会見をきちんと開かなかったりというような「まずい対応」に終始したのか。
そこにどんな「フジテレビ特有の企業体質」があって、それをどう変えていけばいいのか、ということはほぼ何もわからなかったというのが正直な印象だ。
結局のところ、事実の経緯とその後の対応について、フジテレビのこれまでの主張や各メディアが指摘していたことを、ほぼなぞっただけだったように見える。
●セクハラしたのに出世したテレビ局員たち
フジテレビの問題が表沙汰になってから、われわれテレビ業界人が向き合うべきことを整理してみよう。
(1)第三者委員会が指摘するような「セクハラを中心としたハラスメントの蔓延」と「ガバナンスのまずさ」という、テレビ業界全体に共通する問題。
(2)テレビ業界の中でもひときわ「おかしさ」が目立つフジテレビ固有の企業体質や問題。
(3)それらを受けてフジテレビとテレビ業界はどうしていくべきなのか。
最後の(3)がもっとも重要だ。
この中で(1)については、今回の報告書に詳細な記述がある。それは各放送局やテレビ業界関係者が反省すべき問題だと思う。
「セクハラの蔓延」については、フジテレビだけではなく、テレビ業界に非常に広く蔓延している。ガバナンスのまずさも業界の普遍的な問題だ。
私は、驚くべきハラスメントにおよびながら、悠然と取締役の地位にある映像制作会社の幹部も知っている。社内を牛耳る「会社のワンマン経営者」のお気に入りという理由で、セクハラしたのに出世しているテレビ局員も知っている。
(2)については、他局と比較して検討してほしかったところだ。そうしないと明らかになるものが少ないのではないか。
すでにコンプライアンスに厳正に対応する体制を整え始めた一部の放送局であれば、中居氏がMCをつとめていた番組『だれかtoなかい』をずるずると継続することはなかったかもしれない。
番組を継続させた決定的な判断ミスを港浩一前社長など一部の人物に責任を押し付けるべきではない。ここに「フジテレビ特有の問題の核」があるはずだ。
それは、他局にくらべて「有名タレントや大手事務所への依存度が高い番組制作の社風」も一つの大きなファクターとなっているだろう。
そして、番組企画の選考過程や制作チームの体質の問題もあるだろう。日枝久氏を頂点とする一部の人間が強大な派閥を作って幅を利かせていた実態といったものも大きく作用していたに違いない。
ここまですべて解明せよ、というのは法律家で構成される第三者委員会には、きっと荷が重いに違いない。だからこそ「第三者委員会から、企業体質に対して非常に厳しいご指摘を受けました」ということで、今回の報告書で指摘されていることだけに問題を矮小化させてはならないと思うし、それでは結局フジテレビは何も変わらないと思われるのだ。
●なんとかすべき根っこの問題は「テレビ業界の経年劣化」
清水社長の言葉を注意して聞いていたが、(3)の「これからどうするか」についての具体性は乏しかった。
いろいろと組織を作ったり、調査をしたり、研修や教育をしていったりするとの方針が語られていたが、問題が起きた際のテレビ局はいつも「こんな対策」を発表するのが常だ。
人権侵害の問題とようやく向き合うことはよい。しかし、「人権侵害に対する対策」だけを対症療法的に打ち出しても、大きな変化は起きえない。
フジテレビに限らず、いま各テレビ局では毎日のように、いろいろな問題が発生して世間を騒がせている。誤報、捏造、そして人権侵害…実はどの問題も元をたどれば、ほぼ同じ根っこに起因していると私は考える。
それは、時代にすでに合わなくなったテレビ番組を時代に合わなくなった中高年が中心となって、時代に合わなくなった制作体制と制作理念で、低予算と人材不足という苦しい環境の中、現場だけに負担を押し付けながら制作し続けていることだ。
そして、それを薄々わかっていながら、高い利益を確保するために抜本的な解決を図ろうともせずに漫然と続けているテレビ局の経営姿勢が根本問題だ。
「自局の女性アナウンサーよりも、中居氏に寄り添った判断をしたのではないか」という趣旨の指摘が第三者委員会からあったが、ちょっと違うと思う。正しくは「自局の女性アナウンサーよりも、自局の番組から得られる収益を優先する判断をした」のではないか。
「人権問題を二度と起こさない」ということを経営トップが断言することは、大きな進歩であり、意義のあることであるとは思う。しかし、それだけでは変革には足りないし、人権問題は再び起きるのではないか。
もっと根源的に、自分たち、すなわち「時代に合わなくなった経営姿勢や番組制作体制」を痛みを伴う次元で見直してほしい。